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『グレン・ミラー物語』(1954年・ユニバーサル・アンソニー・マン)

6月17日(金)の娯楽映画研究所シアターで、ジェームズ・スチュワート&アンソニー・マン監督の傑作”The Glenn Miller Story”『グレン・ミラー物語』(1954年・ユニバーサル)をスクリーン投影。

音楽伝記映画数あれど、これはパーフェクトな作品。1940年代、ビッグ・バンド・リーダーとして全米を席巻したトロンボーン奏者にして、サウンドメイカーのグレン・ミラー(1904〜1944年)のライフタイム・ストーリーを、虚実入り混ぜて、感動的に描いたマスター・ピース。ジェームズ・スチュワートがグレン・ミラーに扮し、大学時代からのガールフレンドで愛妻となるヘレンを”アメリカの恋人”ジューン・アリスンが演じて、日本でも大ヒットした。

アメリカでは1954(昭和29)年2月10日にニューヨーク公開されたが、日本では先行して1月8日にロードショー公開。フィクションではあるが「ムーンライト・セレナーデ」「真珠の首飾り」「ペンシルバニア56000」などの名曲誕生の瞬間が描かれ、ラストの「茶色の小瓶」で観客の感涙を誘う。

しかも、ミラーのキャリアのスターとなったバンドのリーダー、ベン・ポラックはじめ、ルイ・アームストロング、ジーン・クルーパ、ベーブ・ラッシン、トラミー・ヤング、アーヴェル・ショウ、コージー・コール、ジョニー・ベスト、レイ・コニフ、バニー・ビガード、フランセス・ラングフォード、モダネアーズたちが本人役で登場する。ぼくは、この映画でジャズ・ジャイアンツたちご本人の姿を初めて見た。まさにメタバースの世界!

僕は1974(昭和49)年、小学4年生となる春にフジテレビ「ゴールデン洋画劇場」で初めて観た。この時のジェームズ・スチュワートの声は柳生博さん、ジューン・アリスンの声を藤田淑子さんがアテていた。

ジューン・アリスン ジェームズ・スチュワート

グレン・ミラーは、1915年、11歳のとき、ミズーリ州グラントシティでトロンボーンを始めた。1923年、コロラド大学ボルダー校に入学するが、演奏に夢中でほとんど学校へは行かずに中退。ニューヨークでトロンボーン奏者になるも、さっぱり売れず、ミュージカルのオーケストラなどで糊口をしのいでいた。その頃、トミー・ドーシー、ベニー・グッドマン、レッド・ニコルズといった、いずれも伝記映画が作られる、ジャズマンたちと親交を深めた。お仕着せや流行を追ったものではない、自身のサウンドを追求して、1937年に”グレン・ミラー楽団”を結成。

RCA系列のブルーバード・レコードで1939年にリリースした「ムーンライト・セレナーデ」「茶色の小瓶」「イン・ザ・ムード」「チャタヌーガ・チューチュー」など次々とヒットを連発。管楽器主体のオーケストラ編成による”ミラー・サウンド”はスイング・ジャズの新しい時代を開いた。

第二次世界大戦、自分も何か貢献したいと1942年、アーミー・エアフォースに入隊。慰問団を率いて演奏を続け、アメリカ国内だけでなく、”United Service Organizations, USO(米国慰問協会)のキャンプ・ショーに積極的に参加。コーラス・グループ、モダネアーズやハリウッド映画で活躍した歌手・フランセス・ラングフォードたちを率いてゴージャスなミラー・サウンドを演奏した。第二次大戦末期の1944年12月15日、イギリスからフランスへ慰問演奏のため乗っていた専用機UC-64が、ドーバー海峡で消息を絶ってしまう。

その生涯をバレンタイン・デイヴィスとオスカー・ブロドニーが脚色。実際のグレン・ミラーより、ジェームズ・スチュワートのスクリーン・イメージに寄せている。『スミス都へ行く』『素晴らしき哉、人生』などジェームズ・スチュワートが演じた「真面目だけど風変わりな青年のひたむきなチカラ」が、自分が望んだ仕事を成功させて、愛妻を幸せにする。典型的なハリウッドの”ヒューマン・ストーリー”の王道である。MGMからフリーとなったジューン・アリスンの夫を支える”良妻賢母”ぶりは、何度観てもチャーミングで素晴らしい。『姉妹と水兵』(1944年・MGM)のヒロインがそのまま”奥さん”になったよう。

米版ポスターヴィジュアル

初期のジャズ・バンドでのアレンジの成功。ブロードウェイ「ガールクレイジー」のオーケストラピットでの演奏。始めてのバンドの失敗、そして「ムーンライト・セレナーデ」に代表される「ミラー・サウンド」の確立と成功。第二次大戦でのアーミー・エアフォース・バンドの活躍などポイントを抑えて、グレン・ミラー・サウンドをふんだんに散りばめながら描いていく。音楽はユニバーサルの音楽監督・ジョセフ・ガーシェンソン。グレン・ミラーサウンドを映画用にアレンジしたのは、当時、ユニバーサルの音楽部に在籍していた若き日のヘンリー・マンシーニ。

物語は1929年から始まる。サンフランシスコ、若きトロンボーン奏者、グレン・ミラー(ジェームズ・スチュワート)は、自分のサウンドを生み出したいと、質屋通いの苦労の日々。親友のピアニスト、チャーミー(ヘンリー・モーガン)とともに、質屋の親父の紹介でベン・ポラック楽団のオーディションに。そこでグレンの編曲が、バンドリーダーでドラマーのベン・ポラックの目に留まり、トロンボーン奏者兼、編曲助手として全米ツアーに参加することになる。

故郷、デンバーでの演奏後、深夜、グレンは大学時代のガールフレンド、ヘレン(ジューン・アリスン)を誘って、自分の両親に紹介するからと実家へ。この強引だけど憎めない、まるで子供のようなグレンに呆れながらも、惹かれていくヘレン。このラブストーリーが楽しい。

というわけで、ジェームズ・スチュワートお得意の「思い込みの強い青年」のエネルギーで、グレン・ミラーのアーリー・デイズが描かれていく。ニューヨークで「編曲の勉強がしたい」とベン・ポラック楽団を退団、デンバーのヘレンを電話で呼び出し「結婚しよう」と強引にゴールイン。断るつもりでグランドセントラル・ステーションに到着したヘレンを、抱きしめてキスをするグレン。背の高いグレンのキスに背伸びをして応じるヘレン。この瞬間、彼女は結婚を決意する。これもハリウッド・マジック!

小さな教会で結婚式を挙げて、二人はブロードウェイのエイブリン・シアターへ。グレンは、ジョージ・ガーシュインとアイラ・ガーシュインのミュージカル「ガール・クレイジー」(1930年)のオーケストラ・ピットでトロンボーンを吹いていた。バンドリーダーは、コルネット奏者のレッド・ニコルズ(セリフのみの登場)。バルコニー席で夫が演奏する"Bidin' My Time"を楽しそうに見つめているヘレン。ジューン・アリスンは、1943年、このミュージカルの映画化『ガール・クレイジー』(MGM・バズビー・バークレイ)のためにブロードウェイからハリウッド入りをした。そんなことを考えながら眺めるのも楽しい。

劇場プログラム

新婚の夜、ドン・ヘインズ(チャールズ・ドレイク)夫妻やミュージシャンたちがブライダル・スイートに集まってお祝い。そのままハーレムの秘密酒場へ(まだ禁酒法時代)。そこではサッチモことルイ・アームストロングが”Basin Street Blues”を演奏している。グレンと同行してきたドラマーのジーン・クルーパ、ベイブ・ラッシン、そしてグレンも参加してのジャム・セッション。このシーンが前半の白眉!

というわけで、ここから夫唱婦随の音楽生活が始まる。贅沢な暮らしはいらないからオケピットでの演奏をやめて、編曲の勉強をして、とヘレンがアドバイス。やがて、ピアニストのチャーミー、ドン・ヘイルズたちと相談して自分のバンドを持つことになるが、必要な1800ドルの資金が全くない。ディナーを出しながらヘレンは「大丈夫」と貯金通帳を見せるとなんと1800ドル! 

そこで”グレン・ミラー楽団”を結成、最初は順調だったが、半年後ボストン公演に向かう途中、大雪のために到着できずにステージはキャンセル。バンドは解散の憂き目に。さらにヘレンは過労がたたって入院してしまう。

その窮状を知ったボストンのボール・ルームのオーナー、シュリブマン(ジョージ・トビアス!)が、グレン夫婦のために新バンド結成資金を提供。管楽器を中心とした編成だったが、初日前夜、リードトランペットが唇を切ってしまい、またもやピンチに。そこでグレンは、トランペットのパートをクラリネットに変更。そこで演奏した”In the Mood”は観客に大受け、新生ミラー楽団は成功への階段を上り始める。といったサクセスストーリーが、ミラー・サウンドとうまく絡めて、さまざまなエピソードで綴られていく。

バレンタイン・デイヴィスの脚色が見事なのが、ヘレンの描き方。子供の頃から良いことがあると、首の産毛が逆立つ。つまり「ムズムズする」のだ。グレンとの結婚も、「ムーンライト・セレナーデ」誕生も、バンドの成功もこの「ムズムズ」が予兆となる。

そうした描写を重ねて、結婚10周年パーティでの”Pennsylvania 6-5000”のサプライズ演奏シーンなど、ミラー・サウンドとヘレンの「ムズムズ」がリンクする。ちなみに「ペンシルバニア65000」は、ニューヨーク時代、グレンの下宿の電話番号。二人の結婚のきっかけとなったラッキーナンバーとして登場。

ヘレンは前半から、グレンに、大学時代、グリークラブが歌っていた「茶色の小瓶」のアレンジを頼んでいたが、グレンは、その曲が嫌いで、ずっと先延ばしにしていた。結婚10周年パーティでも曲は未完成で、グレンはヘレンに本物の「茶色の小瓶」をラッキーチャームとしてプレゼント。

その「ムズムズ」が、ラストの「茶色の小瓶」エピソードに集約されて、観客の感涙を誘う。グレンは亡くなってしまったが、最後に残された「茶色の小瓶」はスタンダードとなっていく。そのサウンドはいつまでも人々の心に残っていく。ジューン・アリスンがラジオ中継で「茶色の小瓶」を聞いたときに、首にそっと手をやって「ムズムズ」したところでエンドマーク。これは泣かされますよ。傑作!

本作の脚色で高く評価されたヴァレンタイン・デイヴィスは、続いてユニバーサルが手がける『ベニイ・グッドマン物語』(1956年)で脚本、監督に抜擢、監督デビューを果たした。ジェームズ・スチュワートとアンソニー・マン監督のコラボレーションの集大成であり、最高傑作はやはりこの『グレン・ミラー物語』だろう。二人は、引き続き、ジューン・アリスンを妻役にして『戦略空軍命令』(1955年・パラマウント)を手がけることになる。

ジェームズ・スチュワート

この『グレン・ミラー物語』をぼくが初めて見たのは小学校四年になる春、フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」だった。すぐに家にあったグレン・ミラー楽団のレコードをかけてそのサウンドに夢中になった。本作にはルイ・アームストロングやジーン・クルーパなどの伝説のジャスマンが出演しているが、こうなるとグレン・ミラー本人の「動く姿」が見たくなる。関光夫先生のラジオで『銀嶺セレナーデ』(1941年)『オーケストラの妻たち』(1942年)というFOX映画はグレン・ミラー楽団が主役だと聞いて、長年、恋い焦がれていた。

今のように検索すればすぐに映像や音楽にヒットするなんてことは夢のまた夢。その2本の映画のサントラ盤を手に入れて繰り返し聞いていた。ようやく『銀嶺セレナーデ』を観ることができたのは二十歳すぎてから。16ミリフィルムの上映会だった。”Moonlight Serenade””In the Mood”を演奏するグレン・ミラーの姿に感激。白眉はリハーサル場面での”Chattanooga Choo Choo”のセッション! 本作にも登場するモダネアーズとテックス・ベネキー、ポーラ・ケリーのヴォーカルに「ああ!本物だ!」と感激した。

しかも『グレン・ミラー物語』でのハリウッドスタジオでの”Chattanooga Choo Choo”のレコーディングシーンで、黒人コンビと女の子がダンスを踊っているフィルムに音を入れているのは、この映画の仕上げシーンという意味だったと得心。

その後、『オーケストラの妻たち』(未公開)はアメリカで購入したVHSで観ることが叶った。ここでの”I've Got a Gal in Kalamazoo”の演奏シーンで、ドロシー・ダンドリッジとニコラス・ブラザースが超絶タップを披露してくれる。


オリジナルポスター

【ミュージカル・ナンバー】

♪ベイスン・ストリート・ブルース Basin Street Blues

作詞・作曲:スペンサー・ウィリアムズ
パフォーマンス:ルイ・アームストロング、ジーン・クルーパ

♪虹の彼方に Over the Rainbow

作曲:ハロルド・アレン 作詞:E.Y. ハーバーグ
演奏:オーケストラ

♪アイ・ノウ・ホワイ I Know Why (and So Do You)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン
演奏:グレン・ミラー楽団(新聞のモンタージュ)

♪真珠の首飾り String of Pearls

作曲:ジェリー・グレイ 作詞:エドガー・デ・ランジ
演奏:グレン・ミラー楽団(グレン・アイランド・カジノのシーン)

♪ペンシルバニア56000  Pennsylvania 6-5000

作曲:ジェリー・グレイ 作詞:カール・シグマン
演奏:グレン・ミラー楽団(結婚10周年記念パーティ)

♪タキシード・ジャンクション Tuxedo Junction

作曲:エルスキン・ホーキンス、ウイリアム・ジョンソン、ジュリアン・ダッシュ 作詞:バディ・フェイン
演奏:グレン・ミラー楽団(レコーディング・セッション)

♪セントルイス・ブルース St. Louis Blues

作詞・作曲:W.C.ハンディ 編曲:グレン・ミラー
演奏:アーミー・エアフォース・バンド「セント・ルイス・ブルース・マーチ」として

♪イン・ザ・ムード In the Mood

作曲:ジョー・ガーランド 作詞:アンディ・ラザフ、ウインギー・マローン
演奏:グレンがピアノで編曲する場面、ボール・ルームでのオーケストラ演奏、ラジオ放送での演奏

♪チャタヌガ・チュー・チュー Chattanooga Choo Choo

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン
パフォーマンス:フランセス・ラングフォード、モダネアーズ、バンド

♪アメリカン・パトロール American Patrol

作曲:F.W.ミーチャム
演奏:バンド(戦闘シーン・フィルムのモンタージュ)

♪茶色の小瓶 Little Brown Jug

作詞・作曲:ジョセフ・ウィナー
演奏:グレン・ミラー楽団

♪トゥ・リトル・タイム Too Little Time

作曲:ヘンリー・マンシーニ

♪ アット・ラスト At Last

作曲:ハリー・ウォレン

♪ムーンライト・セレナーデ Moonlight Serenade

作曲:グレン・ミラー 作詞:ミッチェル・パリッシュ

♪グッドナイト・レディース Good Night, Ladies

演奏:ベン・ポラック楽団(ニューヨークのボールルーム)

♪サンタ・ルチア Santa Lucia

作曲:テオドーロ・コットラウ

♪ブライダル・コーラス Bridal Chorus From "Lohengrin"

作曲:リヒャルト・ワーグナー

♪バド・イン・タイム Bidin' My Time

作曲:ジョージ・ガーシュイン 作詞:アイラ・ガーシュイン
パフォーマンス:「ガール・クレイジー」のキャスト

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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