『ロバータ』(1935年3月8日・RKO・ウイリアム・A・サイター)
ハリウッドのシネ・ミュージカル史縦断研究。フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースコンビの第3作となるエレガントな傑作Roberta『ロバータ』(1935年3月8日・RKO・ウイリアム・A・サイター)をAmazonプライムビデオの字幕版でスクリーン投影。
僕が20代の頃、ようやくRKOのアステア&ロジャース映画がビデオ化され、スクリーンでのリバイバル上映もされた。しかし日米ともに続々とリリースされるミュージカルのビデオの中に、この『ロバータ』だけはラインナップされずに「観たい!」という気持ちが募る一方だった。アメリカ在住の友人に、ケーブルでテレビ放映されたのをβ(ベータマックス)のビデオに録画してもらってようやく観ることができた。ビデオ化が遅れたのは、MGMが1952年に”Lovely to Look At”としてキャサリン・グレイスン、レッド・スケルトン、ハワード・キールでリメイク。映画の権利がMGMに移行していたため。なので、のちにMGMの権利を持っていたターナー・エンターテインメントからソフトパッケージ化された。
さて、アリス・デュア・ミラーの小説をもとに、オットー・ハーバックとジェローム・カーンが劇化、ジェローム・カーンが作曲を手がけたブロードウェイ・ミュージカル「ロバータ」は1933年、295回上演された。映画でアステアが演じた主人公・ハックルベリー・ヘインズをボブ・ホープ、アイリーン・ダンが演じたステファニーをタマラ・ドラシン、ランドルフ・スコットが演じたジョン・ケントをレイ・ミドルトンを演じた。
このミュージカルからは「煙が目にしみる」や「イエスタディズ」「ラブリー・トゥ・ルック・アット」などのスタンダードが生まれ、ジャズの定番曲となっている。RKOは、このヒットミュージカルの映画化権をアステア&ロジャースのために獲得。アイリーン・ダンとランドルフ・スコットのラブロマンスを絡めたミュージカル・コメディとして鳴り物入りで製作した。二組のカップルをメインに展開するのは『空中レヴュー時代』(1933年)と同じパターンである。
監督のウィリアム・A・サイターは、サイレント時代から活躍、トーキー時代になるとコメディ・チーム、ウィラー&ウーズリーの「頓珍漢コンビ」の売り出しに成功。その中の『頓珍漢嫁探し』(1932年)はのちにジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニー主演でMGMでリメイクされるブロードウェイ・ミュージカル”Girl Crazy”の最初の映画化だった。
なお、イタリアのファッション・ブランド「ロベルタ ディ カメリーノ」は、1945年にヴェネツィアで創業されたが、創業者ジュリアーナ・カメリーノは、本作の大ファンでブランド名を”Roberta”と名付けた。ジュリアーナが社交界デビューした時のファーストダンスの曲が”Smoke Gets In Your Eyes”「煙が目にしみる」だったという。
クライマックスのファッションショーのシーンで、プラチナ・ブロンドの美女が登場。羽根のマントを優雅に纏った彼女は、これがRKO初出演となったルシル・ボール! もちろんノンクレジットだが、その美しさ、キャメラ映えには息をのむほど。
ハーバード大学の元花形フットボール選手・ジョン・ケント(ランドルフ・スコット)は、親友・ハック・ヘインズ(アステア)と、彼のジャズバンド”ワバッシュ・インディアニアンズ”と、船でフランスへ。ルアーブルの港で、パリの一流ナイトクラブのオーナー、アレクサンダー・ボイダ(ルイ・アルバーニ)は、本物のネイティブアメリカンのバンドと思って契約をしたのに、ヤンキーがやってきたと一方的に怒る。
そこでハックは、バンド連中に目配せをして「パイプオルガン芸」を披露する。メンバーが鍵盤の手袋をして、パイプオルガンのような配置となる。アステアがタッチするとそれぞれが音を出して”(Back Home Again In) Indiana”を演奏する。なかなかの見ものだが、それでも「契約は中止!アメリカへ帰れ!」とボイダの意思は変わらない。
パリに行けば「おばさんがいる」からなんとかなるとなジョン。ハックも、かつてのヴォードヴィルの相方でガールフレンドだった女の子が踊り子をしているから、その伝でなんとかなる。二人とも楽天的である。一行は、汽車へパリへ。早速、ジョンの叔母・ロバータ(ヘレン・ウェストリー)の「ロバータ」ショップへ。甥との再会を喜ぶロバータ叔母さん。店は、ロシア系のステファニー(アイリーン・ダン)がチーフアシスタントとして仕切っていた。
自宅兼ショップの執事は、ロシアからの亡命貴族のラディスロー(ヴィクター・ヴァルコーニ)。「ロバータ」の建物にはエレベーターがあって、その操作もラディスローの役割。ジョンが最初に乗った時に、中途半端な位置に止まって、閉じ込められるギャグがある。これがラストのハッピーエンドの伏線となる。ラディスローはギターの名手。ロバータが昼寝をする時に、彼のギター演奏で、ステファニーが”Russian Lullaby”を唄うシーンがいい。アイリーン・ダンの歌声が心地よい。
さて、ジョンは、おばさんになんとかバンドの面倒を見てもらおうと、裏庭で待たせてあるハックたちに演奏をさせる。軽快なスイングの”Let's Begin”を演奏しながらステップを踏むアステア。それを聞いて思わず踊り出す「ロバータ」にクレームをつけにきたシャルウェンカ伯爵夫人(ジンジャー・ロジャース)。彼女はパリの社交界に食い込むために、伯爵夫人を語っているが、実はハックの元彼女のヤンキー娘、イブだった。
身分をバラされたら元も子もないと、シャルウェンカはバンドにナイトクラブの仕事を紹介する。なんとそれは、最悪の出会いをしたボイダの店だった。そのオーディションでバンドが演奏して、ロジャースが唄い、アステア&ロジャースがステップを踏むI'll Be Hard to Handle”の軽快さ。ボイダは断ろうとするが、シャルウェンカはならライバルのクラブへ破格の条件で移籍すると脅かして、まんまと契約。専属バンドとなる。
さて、アメリカから可愛い甥がやってくるし、ステファニーの切り盛りで「ロバータ」ブランドはますます人気になり、幸福なロバータ叔母さんだったが、彼女は重篤な病気だった。いつものように、執事・ラディスローのギター伴奏で、ステファニーが”Yesterdays”を唄う。この”Yesterdays”は原作ミュージカルから生まれたスタンダードの傑作で、ジャズ・ミュージシャンが好んで取り上げた美しいバラード。アーティ・ショウ、ビリー・ホリデイ、エロール・ガーナー、バド・パウエル、ケニー・ドリューなど、それぞれ名演を残している。まさに夢見心地のメロディ。数あるジャズ・スタンダードの中でも、最も多く取り上げられている曲である。ステファニーの美しくも哀調を帯びた歌声を聴きながら、ロバータは静かに息を引き取る。
そこでジョンが相続人となり「ロバータ」の経営も任されることになるが、元フットボール選手で、アメリカで彼女・ソフィー(クレア・ドッド)から「野暮な男」とバカにされていたジョンは、ファッションブランドなんて持ってのほか。店をステファニーに譲ろうとする。実はこれまでもステファニーが「ロバータ」のファッション・デザインしていたのだ。ジョンを愛し始めていたステファニーは「共同経営なら」と条件を出す。古いタイプの倫理観を持つジョンは、背中が露出したドレスは「良くない」とNGを出すが、ステファニーは、ビジネス・パートナーとして、それに従う。
本来ならここでハッピーエンドとなるのだが、好事魔多し。なんとアメリカからソフィーがバカンスでパリへ。新聞でジョンの相続を知って「ロバータ」へ。しかもジョンはそれを喜んで、デートの約束をする。失恋した気分のステファニー。鼻持ちならないソフィーが大嫌いなハックは一計を案じて、ジョンがNGを出した「背中が露出したドレス」をソフィーに勧めて、ジョンの前で恥をかかせようという作戦に出る。
いよいよ、ソフィーとジョンのデートの当日。ナイトクラブで、例のドレスを着たソフィーに驚いたジョン。ソフィーと大喧嘩。さらにはそれを売ったステファニーに対しても激怒してしまう。全く手がつけられないわからんちんである。
さて、その夜、ステージでは、アステアのスピーディなピアノから始まる”I Won't Dance”。ピアノから立ち上がったアステアが指揮を始めると、ロジャースが乱入してきて、アステアをダンスに誘う。しかし「踊りたくない」と拒むアステア、なんとか踊らせようとするロジャース。この掛け合いが楽しい。やがて、屈強なウエイターたちに、ステージ中央に担ぎ出されたアステアが超絶タップを披露する。
ステファニーは実は亡命した帝政ロシアの王女で、かつての側近たちと一緒にナイトクラブでプライベートの晩餐会に出席。そこでリクエストに応じて唄うのが、舞台「ロバータ」のショー・ストッパーとなった名曲”Smoke Gets in Your Eyes”「煙が目にしみる」。王女のティアラをつけたアイリーン・ダンは、まさにプリンセスの風格。彼女が静かに美しい声で唄う「煙がめにしみる」はまさに絶品。舞台の上演中、ガートルート・ニーセンが最初のレコードをリリース。戦後は1946年、ナット・キング・コールのカヴァーがヒット、さらに1958年、コーラス・グループのザ・プラターズによるリバイバルヒットで、ポップスでもスタンダードとなった。
このプライベート・パーティに乱入したジョンは、ラディスローとステファニーが結婚するものと思い込んで、大荒れ。本当は単なるいとこなのに。ここでもヤンキー男の早合点で、事態はややこしくなる。
結局、ジョンは雲隠れ。「ロバータ」はハックが切り盛りするが、音楽やダンスのプロでもファッションはさっぱりわからない。しかも新作コレクション発表のファッションショーが1週間後に迫っている。店を辞める決意をしたステファニーだったが、ハックのデザインがあまりにもヒドイので、シャルウェンカとハックの説得で、ステファニーはデザイナーとして復帰。ハックのアイデアで、ファッションショーは、ナイトクラブでバンド演奏の音楽演出で展開することに。
ジョンは不在のまま、いよいよファッションショーの当日。ステージではバンドのゴージャスな演奏。美しく着飾ったモデルたちが階段を降りてきて、招待客の前で、新作ファッションを披露。ファッション・ショーとミュージカルの相性は抜群で、このシークエンスに、世界中の女性は魅了された。ここでプラチナ・ブロンドのルシル・ボールも登場。クライマックス、白い毛皮のガウンを纏ったアイリーン・ダンが美しい声で唄は、ジェローム・カーンの名曲”Lovely to Look At”。このシーンあればこそ、イタリアのブランド「ロベルタ」が誕生したのである。
ここで、黒いガウンを纏ったロジャースが登場。ガウンを脱がすアステア。ジンジャー・ロジャースの黒いドレスが実に美しい。そこでアステアが”Lovely to Look At”を甘く囁くように歌いかける。そこからアステア&ロジャースの”Smoke Gets in Your Eyes”「煙が目にしみる」の流麗なデュエット・ダンスとなる。ジンジャー・ロジャースの黒いドレスが実に美しい。タキシード姿のアステア。まさに映画のダンスのために生まれたベスト・カップルである。
ショーに駆けつけたジョン。ここからすったもんだがあって、ラスト・シークエンス。ようやく、誤解が解けて、ジョンがステファニーに告白をして、二人はハッピーエンドを迎える。
【ミュージカル・ナンバー】
♪インディアナへ帰りたい (Back Home Again In) Indiana(1917)
作曲:ジェームズ・F・ハンレイ
パフォーマンス:ザ・ワバシュ・インディアンズ
♪レッツ・ビギン Let's Begin(1933)
作曲:ジェローム・カーン 作詞:オットー・ハーバック 補作詞:ドロシー・フィールズ
唄・ダンス:フレッド・アステア、キャンディ・キャンディード、ジーン・シェリドン、ジンジャー・ロジャース
♪ロシアの子守唄 Russian Lullaby
作詞・作曲:ジェローム・カーン
唄:アイリーン・ダン
♪アイル・ビー・ハード・トゥ・ハンドル I'll Be Hard to Handle(1933)
作曲:ジェローム・カーン 作詞:オットー・ハーバック 補作詞:ドロシー・フィールズ
唄:ジンジャー・ロジャーズ
ダンス:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース
♪イエスタディズ Yesterdays(1933)
作曲:ジェローム・カーン 作詞:オットー・ハーバック
唄:アイリーン・ダン
♪アイ・ウォント・ダンス I Won't Dance(1934)
作曲:ジェローム・カーン オリジナル歌詞:オスカー・ハマースタイン2世 補作詞:ドロシー・フィールズ、オットー・ハーバック、ジミー・マクヒュー
*オープニングでの演奏
*唄:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース
*ダンス:フレッド・アステア
*ダンス(リプライズ):フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース
♪煙が目にしみる Smoke Gets in Your Eyes(1933)
作曲:ジェローム・カーン 作詞:オットー・ハーバック
*オープニング・クレジットでの演奏
*ダンス:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース(ファッションショーのフィナーレ)
*唄:アイリーン・ダン
♪ラブリー・トゥ・ルック・アット Lovely to Look At(1935)
作曲:ジェローム・カーン、ジミー・マクヒュー 作詞:ドロシー・フィールズ
*オープニング・クレジットでの演奏
*ファッションショーのラスト近くの演奏
*パフォーマンス:アイリーン・ダン、フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース
♪煙が目にしみる Smoke Gets in Your Eyes(1933)
作曲:ジェローム・カーン
*インストゥルメンタル(リプライズ)
*ダンス:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース
♪アイ・ウォント・ダンス I Won't Dance(1934)
作曲:ジェローム・カーン
*インストゥルメンタル(リプライズ)
*ダンス:フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース
よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。