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『見世物王国』(1937年6月1日・P .C .L.・松井稔)

 古川緑波一座で上演の「見世物王国」は、ロッパが若き日に遊び、「笑の王国」で一家をなした“懐かしの浅草”(といっても2年前まで浅草を拠点にしていたが)の、いかがわしい見世物小屋や、テキ屋たちの風俗を探訪するという発想で作られた。もちろんロッパのアイデアである。原案・森暁紅、原作・古川緑波である。それを、岸井明と藤原釜足の「じゃがたらコムビ」で映画化しようというのもロッパの企画。『純情の都』(1933年・木村荘十二)ではモダンなレビュー、『踊り子日記』(1934年・矢倉茂雄)では懐かしの浅草レビューの世界に、岸井明と藤原釜足を登場させてきたP. C .L.映画だが、ここではグッと庶民的に「見世物小屋」の世界を舞台にしている。

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 しかも物語といっても至ってシンプル。秀ちゃん(高峰秀子)が、小学校を卒業した祝いに、田舎から、父ちゃん(小島洋々)、母ちゃん(清川虹子)と一緒に東京見物へやってくる。しかし、浅草奥山の見世物小屋が立ち並ぶ雑踏で、父ちゃんは、スリの万吉(藤原釜足)に財布をスラれ、気のいいモダンボーイ・亀さん(岸井明)にスリ追跡を頼む。その騒ぎの隙に、秀ちゃんがフラフラと人混みに紛れて迷子になる。秀ちゃんからすれば「とっちゃんとかっちゃんが迷子になった」である。

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 娘と逸れてパニック状態の母ちゃんは、親切な学生・堀田(大川平八郎)とその恋人・キヨちゃん(神田千鶴子)に、秀ちゃんを探して欲しいと頼む。堀田はキヨちゃんに両親と一緒にいて欲しいと、一人で雑踏の中へ。この賑わいの中で、逃げるスリの万吉、追う亀さん。見世物小屋を満喫する秀ちゃん。彼女を探す堀田。そしてキヨちゃんと、秀ちゃんの夫婦が、バラバラになって、それぞれが「見世物王国」に迷い込む、という趣向。

 昭和12年の東京、浅草でのロケーションが楽しい。冒頭、田舎から出てきた秀ちゃん一家が、東京案内のハトバスに乗るシーン。銀座四丁目・服部時計店→東京駅前・丸ビル→有楽町・日劇と巡っていく。日劇では「映画と実演・ロッパ春の國」と題してP. C .L.映画『ハリキリ・ボーイ』(1937年4月14日・大谷俊夫)の上映、ロッパ一座の実演「歌ふ金色夜叉」、そしてこの映画の原作「見世物王国」を上演している。その看板が、バスの車窓から見える。

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 さらにバスは、桜田門・警視庁→永田町・国家議事堂(前年に竣工)→九段・靖國神社と巡っていく。清川虹子も高峰秀子も、スルメイカをしゃぶり、お上り感満載でぼーっとしている感じがいい。バスはやがて中央通りを通って上野広小路へ。そして浅草奥山・伝法院へと向かう。その賑わいを見た秀ちゃん「お祭りよ、ね、おとっつぁん、あたいお祭りに行きたい。ここで降りようよ」と強引にバスを止めて、浅草奥山へ・・・

 晴天の空には花火の白い煙、広告のビラを巻く飛行機が飛んでいる。ものすごい賑わいの屋台。実際にロケーションをしているので、その賑わいに驚かされる。木村伊兵衛や桑原甲子雄の写真を見ているようで、当時の浅草の猥雑な空気が、目の前に広がる。ああ、楽しき哉、浅草探検!

 その賑わいのなか、秀ちゃんは、玩具の屋台の人形を父ちゃんにねだる。その値段に一瞬怯むが、今日はなんでも秀ちゃんの好きなようにさせてやろうよと母ちゃんの優しさで、とうちゃんは、懐から太い紐のついた財布を出す。それをじっと見ていたのが、巾ちゃっ切りのスリの万吉(藤原釜足)。大きな鋏を取り出してニヤリ。まんまと父ちゃんの財布を盗んでしまう。

 逃げる万吉が、偶然ぶつかったのがハンチングにストライプのスーツの粋なモダンボーイ・亀さん(岸井明)。藤原釜足が着物で、岸井明がスーツ。二人のタイプの違いが明確。ぶつかった拍子に、万吉がスった財布を落とす。亀さん「おい、君、君」と拾って、万吉、礼を言う。

 これがルーティーンとなり、その後迷子になった秀ちゃんを探す、学生・堀田(大川平八郎)も、その恋人・キヨちゃん(神田千鶴子)も、それぞれ万吉とぶつかり、その都度、財布を落としたことを伝える。クライマックスには、万吉から父ちゃんがタバコの火を借りる! それでも気づかない。これぞアチャラカの楽しさ!

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 で、最高なのが秀ちゃん。万吉と出会い、親切なおじさんと思って、見世物小屋をねだったり、一銭洋食(具のないお好み焼き)を奢らせる。結局、父ちゃんの財布から出ているのだが(笑) 秀ちゃん、呼び込み(柳谷寛)の「顔は可愛い女の子、上半分は人間に生まれながら、足から下は魚だよー!どんなに珍しくても、死んでいたらなんにもならない。これは本当に生きてるよ!花ちゃんやーい!」と半魚人の見世物に興味津々。「おじちゃん、あたい見たい!」とねだる。その花ちゃんは、上半身は可愛い女の子、下半身は人魚のようなゴムの作り物。「花ちゃんやーい!」の掛け声に「あーい!」と答えるのが可愛い。それを暴いてしまう万吉。お客たちが大騒ぎ、その隙に、秀ちゃん、花ちゃんを助け出して、一緒に遊ぶ。

 誠に呑気な展開。その後「ろくろ首」や「筑波山中で昭和8年に捕獲した怪物」などの怪しげな見世物が次々と登場。特に後者の呼び込みは、ノンクレジットながら、左翼劇場時代、若き日の大森義夫さんが演じている!「事件記者」の八田老人じゃよ! この怪物、目が三つで尾が二つ、大きな歯が二本!という触れ込み。中に入ると、大きな下駄の作り物。なんのことはない下駄の正目が三つ、鼻緒が二つに別れ、下駄の歯が二本という訳である。古今亭志ん生師匠の落語のマクラに登場する「伝説の怪物」(笑)である。

 というわけで、スリを追いかけ、秀ちゃんを探しながらの「見世物王国」めぐりがのんびりと展開していく。いわば体感型アトラクション・ムービー(笑) 

・半魚人の見世物
・ろくろ首の見世物
・筑波山中の怪物の見世物
・活動写真の見世物

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 などなど。特に活動写真。弁士が恭しく登場して説明するのは、完全新作のサイレント喜劇「デブちゃんの泥棒の巻」。ロスコー・アーバックルやチャップリンのキーストン喜劇のようなテイストで、なんとデブちゃん(岸井明)の警官と、泥棒(藤原釜足)のドタバタ映画を新撮! これは楽しい。岸井明は和製アーバックルなので、本家の真似をここでしているとは!

 一方、秀ちゃんと花ちゃんは、女剣戟一座の子守をしている女の子と、小屋の裏で「かごめかごめ」をして遊んでいる。その舞台では、女剣戟の座長(清川玉枝)が女・丹下左膳を熱演中。昭和初期に、浅草で女剣戟ブームが巻き起こっていたことを、こうしたパロディで体感できるもの、この映画のいいところ。

 舞台では、独楽回し芸人・松井源水が、大小の独楽回し、刀の刃に大独楽を乗せ、芸はクライマックスへ! この小屋の楽屋に紛れ込んだ、スリの万吉が刀を構え、亀さんは御用提灯に十手で捕物。そんなことしてたら幕が空いて、曲のイントロ伴奏が始まる。ラリー・シェイ作曲、岸井明作詞「月に告ぐ」(月光価千金)である。亀さん、立ち上がり「♪お月さま いくつ 十三七つ〜」とホンワカした歌声で歌い出す。そのあいだに、万吉は舞台袖に逃げてしまうが、歌が盛り上がると、再び現れて踊りだす! これぞニッポン・エンタティンメント! ああ愉しい!ここが、この映画のハイライト!

 秀ちゃんを探し疲れた両親はベンチで、一休み。明治チョコレートのタイアップベンチ。隣にはなんと万吉が一服。お父ちゃん、万吉に火を借りる。そこへ堀田、キヨちゃんは?とお母ちゃんに聞いている。立ち上がった万吉、雑踏でキヨちゃんとぶつかり、盗んだサイフを,落とすルーティンギャグ。親切な万吉、キヨちゃんをベンチまで連れてきて、両親に引き合わせる。

 空から飛行機が宣伝ビラを巻いている。見上げる人々、亀さんも上を向いている。で、またまた万吉がぶつかってきて、追いかけっこの再開となる。万吉、とある小屋に逃げる。亀さんも入ろうとすると、人魚の花ちゃんの親方にどやされる。舞台では、大魔術師・ロッパが「題しまして、美人の交換」大魔術を始めるところ!

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 この撮影は、昭和12年4月10日(土曜)に行われた。古川ロッパ日記には<「見世物王国」の奇術師は、扮装ヒゲの、毛をまん中から分けの、「さらば青春」の先生の型で、東北弁でやる」とある。前日、4月9日の日記によると<千歳船橋の東洋発声の撮影所へ行き、「見世物王国」の奇術師の役を撮る。P C Lよりひどい俳優部屋―なんだかくさくて、全くいやんなっちまふ。>東京発声映画撮影所で行われたのだ。

 東京発声映画製作所は、昭和10(1935)年3月、日活資本により、松竹蒲田・日活多摩川の監督だった重宗務を所長、脚本家・八田尚之を企画本部長にしてスタートした撮影所。豊田四郎監督『若い人』(1937年11月17日)などを製作、昭和16(1941)年11月、東宝映画と合併。その後、昭和19(1944)年に、この撮影所は、円谷英二を工場長に「東宝特殊技術課」の特撮専用スタジオ「航空教育資料製作第二工場」となった。

 客席には、お父ちゃん、お母ちゃん、堀田、キヨちゃんが、秀ちゃんを探しにやってくる。さらに亀さんも、スリの万吉を追ってくる。その頃、万吉は、小屋の縁の下でウロウロして、楽屋へ。なんと奇術のハコに入ってしまう。で、いよいよロッパの奇術! 「ビストルを撃ちますれば」とロッパ、ストルをストルと訛るのがおかしい。右の箱の少女、消えている。隣の箱に移ったことを説明しながら「これでは面白くないので」ともう一回、ビストルを発射! 少女は右の箱に戻っている。という人を食ったもの。で、左の箱には、万吉が入っていた。慌てて舞台に上がって万吉を追いかける亀さん。ロッパ、さらにビストルを発射!すると、左の箱から、秀ちゃんと花ちゃん! ここで感動の再会。花ちゃんの親父も娘と再会!これで「人魚」の見世物小屋が再開できる!

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 舞台では気を失った、万吉のポケットから、亀さんが次々と盗品を出す。花ちゃんの「人魚の尻尾」も! 最後にはお父ちゃんの財布も出てきて、お父ちゃん、お母ちゃん、ほっとする。映画はこれで終わりではなく、夜が更けて、秀ちゃん一家は、ゆっくりと見世物小屋で曲馬団を満喫する。

自転車曲乗りの「演芸大曲馬団」では、超絶の自転車テクニックが披露され、続いては「新マストン一座」空中軒江川マストン、江川チエ子、江川小マストンが、玉乗りのバランス芸を展開。秀ちゃん、ラムネを飲みながら大満足!

 そして帰りの汽車、お父ちゃんもお母ちゃんもグッスリ眠っている。秀ちゃんの腕には(行方不明にならないように)紐が結ばれていてで、父ちゃんと繋がっている(笑)夜の車窓を眺めながら、キャラメルを頬張る秀ちゃん。思わず「花ちゃーん!」と叫ぶ。カット変わって浅草の見世物小屋の中から、「あーい!」と花ちゃんの声。ロッパらしい、粋なサゲで映画はエンドマークとなる。

 

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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