これを観ずにギャング映画は語るなかれ!
1930年代は、ミュージカル映画とギャング映画の時代でもあった。ギャングやシンジケートの抗争が連日の新聞を賑わしたローリングトウエンティーズを題材にしたダーク・ムービーがハリウッドでは数多く作られていた。その嚆矢となったのが、エドワード・G・ロビンソンのスクリーン・イメージを醸成した『犯罪王リコ』(1930年)だろう。田舎町のチンピラが暗黒街のボスにのし上がるというストーリーで、実話をベースに非情なギャングの世界をセンセーショナルに描いてギャング映画のフォーマットを完成させている。というか、極端な言い方をすれば『ゴッドファーザー』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』などのマフィア映画のほとんどが『犯罪王リコ』の拡大再生産でもある。
ちょうどこの頃、ハリウッドでは「マルタの鷹」の原作者ダシール・ハメットがハリウッドに招聘されて書いたパラマウントの『市街』(1931年・ゲイリー・クーパー出演)、ハメット原作の最初の映画化『マルタの鷹』(1931年・リカルド・コルテス主演)などが作られ、ファーストナショナル社(ワーナー)から、ジェームズ・キャグニーの傑作『民衆の敵』(31)が登場し、ユニバーサルはポール・ムニ、ジョージ・ラフト主演、ハワード・ホークスの『暗黒街の顔役』(1932年)を製作。タイトルを書いているだけで胸が踊って来る!
この時代のギャング映画は、実在のギャングをモデルにした「実録もの」中心。そのほとんどが当時のモラルでもあった「犯罪者必罰」のセオリーに乗っ取っており、だからこそ壮絶な「死」を迎えるラストがセンセーショナルに描かれている。あんまりカッコいいんで、こうした映画に必ず出る「犯罪撲滅メッセージ」が、ただのお約束に過ぎないようにも感じられる。
30年代、ワーナーばかりがなぜ暗黒街映画を量産していたか? ワーナー系の劇場はテキサス中心に数多くあったため、ダイレクトな刺激を求めるブルーカラーが観客層の中心だったから。そのあたり60年代から70年代にかけての東映やくざ映画が果たした役割と良く似ている。盛り場にはワルが似合うのだ。ワーナーが豪華絢爛たるミュージカルとギャング映画を得意としたのは、そうした背景がある。ミュージカルって裸に近いねえちゃんがいっぱい踊るし、ギャング映画はワイルドな描写がいっぱいだし。
というわけで、ロビンソン、キャグニー、そしてハンフリー・ボカートが生きの良いチンピラや凶悪な親分を喜々として演じているギャング映画。その惚れ惚れとする侠気! その非情な末路! 世界中の暗黒街映画の原点に触れる喜びを噛み締めよう!
ワーナーのギャングスター映画ベスト作品!
犯罪王リコ
エドワード・G・ロビンソンの代表作にして最高作。監督は職人派のマービン・ルロイ。地方都市にくすぶっていたくないと、ニューヨークの暗黒街で男を上げて行く「リトル・シーザー」ことエンリコ(ロビンソン)。少年時代からの仲間でダンサー志望のチンピラ、ジョー(ダグラス・フェアバンンクスJR)との友情を信じる侠気。しかし、それが仇となるクライマックス。ドヤ街に身を沈め、ジリジリと追いつめられて行く。ジョーのモデルは『暗黒街の顔役』のジョージ・ラフトだとか。ラスト、ダンサーとなったジョーの看板の裏で蜂の巣となるエンリコの哀れさ。これぞギャングスター! これぞ原点!
ジェームズ・キャグニーの 民衆の敵
『犯罪王リコ』と双璧をなす傑作。シカゴの下町のチンピラから、あらゆる非情な手を使い、暗黒街にのし上がるトム(キャグニー)。禁酒法を逆手にとりブローカーとして縄張りを広げて行く。母親想いだが、女には冷たく、セックスの相手ぐらいにしか見ていない。ガタガタうるさい女のツラにグレープフルーツをグシャリ、という名場面は本作にある。とにかく残忍でワルい。ギャングの鑑のようなトムだが、親分に裏切られ、親友を殺され、さらには満身創痍の状態で病院から拉致されてしまう。戸口に立つ死体のトムがバッタリ倒れるラスト、キャグニーって凄いなぁと毎度関心。ジーン・ハローのエロも楽しめる。
化石の森
アリゾナ。ドライブインの娘ベティ・デイビスが、ヨーロッパ帰りで無一文の作家レスリー・ハワードに心惹かれたり。気の良いじいさんがビリー・キッドに撃たれたという昔話をしているのどかな前半。そこにハンフリー・ボガートの六人殺しの凶悪強盗犯がやって来てから事態は一変する。後の『キーラ・ーゴ』とか『恐怖の岬』タイプだが、これまたボガートが実にワルい。あのハードボイルドの鑑のような格好良さとは違う、粗野でシニカル凶悪犯たちに、ヒロインやヒーローの夢が陵辱されて行く容赦のなさは、ワーナー映画の味。レスリー・ハワードのダメなインテリぶりと、ボギーのただならぬ悪役ぶりが好対照をなす。
汚れた顔の天使
男の友情、そして非情な暗黒街の掟。マイケル・カーティス監督のキリリと引き締まった演出。歯切れの良いキャグニーの口跡。パット・オブライエンの牧師との友情。極悪弁護士ハンフリー・ボガートの悪辣さ。しかし、我らがキャグニーは、ボスたちの奸計を逆手にとって、まんまと十万ドルをせしめてしまう。その痛快さ! 不良少年たちにワルのイロハを、身を以て教えるキャグニーは、理屈抜きに男の色気に満ちている。とはいっても、犯罪者を美化してはならずと、死刑台に立つ主人公が最後に少年達へ向けたメッセージとは? ギャング映画の成熟と俳優のコラボが実に楽しめるベスト・オブ・ベスト。
彼奴は顔役だ!
1930年代最後の年に、ラオール・ウォルシュ監督が、ワーナーのギャング映画の集大成的に作った快作。第一次世界大戦でともに戦った三人の男、キャグニー、ボギー、そしてジェフリー・リンが、激動の20年代に暗黒街を生き抜いて行く年代記。『ゴッドファーザー』や『ワン・アメ』スタイルだが、戦争の中の友情や、大恐慌による不景気の描写など、実にディティールが豊か。三人の男たちがやがて仲違いし、頂点まで上り詰めたキャグニーが転落していく様。スタンダードナンバーもふんだんで、まさに原題の「ローリング・トウェンティーズ」の気分を味わえる。ラストの映画史上に残る名シーン! キャグニーの侠気にひれ伏そう!
白熱
第二次大戦後の1949年、ラウォール・ウオルシュ監督が作り上げた、実にハードで、実にワイルドで、実に面白いギャングスター映画。冒頭の列車強盗、そこからの逃亡劇。マザコンで、しかも精神的な障害を持つ、非情なボス、キャグニーの面構えには円熟味が加わり、実に良い。その情婦ヴァージニア・ メイヨのエロさ。刑務所で、情婦が子分と密通していると知るや、脱獄して、その男を殺す。アクションとハードボイルドの絶妙の按配。娯楽映画としては、最近のノンストップアクションのスタイルなのに、断然面白いのは、人間が実に魅力的に描かれているから。見ているうちに、自分の内なる暴力の血がたぎり、かなりのワルになった気分になれる。
クラシック・ギャングスター列伝
エドワード・G・ロビンソン
不細工で、いつも唇に唾液がしたたっているイメージのロビンソン。例えばキャプラの『波も涙も暖かい』でシナトラのプレイボーイぶりに手を焼く兄貴役、『十戒』のデーサンなど、実に多彩。だが、『深夜の告白』の保険会社の上司役などを見ていても、「この人ギャング?」と思ってしまうほど、ギャングスターのイメージが強い。なんといってもボギーの『キー・ラーゴ』の悪役ぶり! マックイーンとの『シンシナティ・キッド』など戦後の代表作も多い。
ジェームズ・キャグニー
ワーナーは豪華絢爛たる『フットライトパレード』(33年)などレビューも得意としていた。その中で「上海リル」のナンバーで超絶のタップを披露していたのが、歌って踊れるギャングスターキャグニーだった。30年代から340年代にかけてのギャングスターNO.1といえばキャグニー。今回リリースの4本は全て代表作だが、同時期に出演したミュージカル『ヤンキー・ドゥードル・ダンディー』も是非! その至芸が堪能できる。
ハンフリー・ボガート
『カサブランカ』や『マルタの鷹』、そして『三つ数えろ』などのハードボイルド・スター、ボギーは遅咲きだった。30年代、ワーナーのギャング映画で、非情かつ凶悪なキャラクター(ほとんどが悪役)を演じ続けている。そういう意味では、男の鑑=ボギーという図式は通用しない。『汚れた顔の天使』の仲間を裏切る弁護士や『化石の森』の凶悪犯など、「本当は良い人だったり」というファンの妄想も空しく、実にワルい。でもそれが魅力。
「映画秘宝」2005年3月号より