『喜劇 泥棒大家族 天下を盗る』(1972年10月28日・渡辺プロ・坪島孝)
深夜の娯楽映画研究所シアターは、東宝クレージー映画全30作(プラスα)連続視聴。5月14日(土)は、『喜劇 泥棒大家族 天下を盗る』(1972年10月28日・渡辺プロ・坪島孝)をスクリーン投影。これも、後期クレージー映画同様、渡辺プロダクション作品で、未ソフト化である。クレージー映画最終作となった『日本一のショック男』(1971年12月31日・坪島孝)から10ヶ月後、昭和47(1972)年のゴールデンウィーク、東宝創立40周年記念作品として製作公開された。
クレイジーキャッツで「東宝創立40周年記念作品」を、ということで企画された。しかし時代は大きく変わり、昭和36(1961)年6月1日スタートした日本テレビの「シャボン玉ホリデー」も、この映画の封切り前、10月1日に最終回を迎えた。この年に入ってからはクレイジーキャッツが揃っての出演はなくなり、ハナ肇か谷啓の出演となった。さらに5月からは、谷啓とザ・ピーナッツ、そして元スパイダースの井上順之(井上順)が司会の公開番組となった。『喜劇 泥棒大家族 天下を盗る』に井上順之さんが郵便配達役で特別出演しているのはその縁でもある。
昭和36年、「シャボン玉ホリデー」から「スーダラ節」がヒットして、それが映画界に拡がって『ニッポン無責任時代』(1962年・東宝・古澤憲吾)が生まれて「東宝クレージー映画の時代」が始まったことを思えば、クレイジーキャッツが、ある時代の役割を果たし終えたのが、1972年という年だった。
なので久しぶりにクレイジーのメンバーを集めての「東宝創立40周年記念作」もかつての「クレージー作戦」シリーズのような華やかなコメディではなく「もっと現代的な喜劇を」ということで選ばれた題材が、前年、東京新聞に連載された「こちら特捜部・泥棒村潜入記」だった。東京新聞の加藤延之記者によるルポルタージュは、北九州筑豊の炭鉱が廃坑になり、仕事を失った炭住の住人たちが万引きグループを結成して、全国のデパートで組織的に「生活のため」窃盗を繰り返していたというもの。
この実話は、結城昌治さんにより小説化されて、昭和43(1968)年に、松竹で、渥美清さんと倍賞千恵子さん、藤岡琢也さん主演で『白昼堂々』(野村芳太郎)として映画化されている。つまり渥美さんの『白昼堂々』と植木等さんの『泥棒大家族 天下を盗る』は、同じ実話を、別なアプローチから映画化した「犯罪コメディ」である。また『白昼堂々』は、のちに森崎東監督が、松坂慶子さんと役所広司さん主演で『女咲かせます』(1987年・松竹)としてリメイクしている。なのでこの3本を見比べると、60〜80年代の時代の差異も感じられて、風俗描写やモラルの変化も楽しめる。
さて『喜劇 泥棒大家族 天下を盗る』は、田波靖男さんと中西隆三さんがシナリオを執筆、撮影はベテラン岡崎宏三さん、音楽は佐藤勝さんなので、これまでのクレージー映画とは少しテイストが異なる。むしろ東宝で、昭和30年代から、森繁久彌さん、小林桂樹さん、三木のり平さんたちが詐欺師を演じた「狸」シリーズのような味わいでもある。
植木等さんが演じるのは、万引き集団を率いる大親分・猪狩時之助。初めての老け役である。戦前に、強制労働で炭鉱に徴用され、そこで重労働を強いられ足を大怪我。恨み骨髄で宝石専門の泥棒となり、炭住を拠点にして荒稼ぎを続けていた。戦後、筑豊炭田が廃坑となり、離職者たちの生活を支えるために泥棒組織を結成。集落の全ての人々が血縁で結ばれた一大万引き集団のボスで、九州訛りのガンコ親父を好演している。植木さんのヘアスタイルは、角刈り白髪のカツラ。舞台の扮装のような出立ちであるが「あたし」を「あたき」と発音するのがカッコいい。
その弟で、大学出のインテリ、猪狩紋次郎には谷啓さん。「木枯し紋次郎」ブームのまっただなかなので谷啓さんは、いつも長楊枝をくわえているのがおかしい。挑発にパーマというのも1970年代らしい。
クレージー映画として、これまで認定されなかったのは、時代が変わったこと、犬塚弘さん、桜井センリさん、安田伸さんは出演しているものの、ハナ肇さんが未出演だから、だろう。改めて見るとやはり「クレージー映画のその後」であり、作り手たちは「新たな時代のクレージー映画」として取り組んでいたことがわかる。
渡辺プロ製作らしいキャスティングもクレージー映画的である。なべおさみさん、小松政夫さん、岸部シローさん。いずれも「シャボン玉ホリデー」でお馴染みの面々。さらに、ブレイク遥か前の阿藤海さん。この四人が若手として「泥棒会社」を支えていく。
《実は、この村はひそかに泥棒村と呼ばれ福岡県K町に実在している。村民二百余人は全て血縁で結ばれ その前科は〆て三百九犯、年に二億円の荒稼ぎを誇る日本一の万引き集団なのである。
また彼らの言う「ひと航海」華麗なる出稼ぎが開始されたのである。》
トップシーン字幕スーパーと、谷川昇作(なべおさみ)の小学生の弟・ノボル(石井聖孝)のナレーションで、この「泥棒村」の概略が説明される。坪島孝監督らしくタイトルバックも、静かに物語の始まりをランディングするように展開される。
この血縁というのが面白くて、親分・猪狩時之助(植木等)の別れた女房で副親分の大鹿タツノ(ミヤコ蝶々)が産んだ四人の娘たちが、それぞれ村の主要人物と結婚をしていて、集団の結束力を高めている。長女・冬子(山東昭子)は、時之助の弟・紋次郎(谷啓)の女房。次女・春子(太地貴和子)の亭主・長一(犬塚弘)は一味の中堅だったが仕事中に逮捕されて服役中。三女・夏子(江夏夕子)は独身で、本作のヒロイン的なポジション。伝説のスリ・仕立て屋銀次の流れを汲む若者・草田進(岸部シロー)と恋に落ちる。ちなみにネットの映画データベースなどで、石立鉄男さんの名前があるが、これは石立和男さんの誤記である。
で、四女・秋子(紀比呂子)だけが、筑豊を出て東京で日航のキャビンアテンダントに。紀比呂子さんがJALのスチュワーデス(当時の呼称)で羽田空港のデッキに立っているだけで、ぼくらは「あ!美咲洋子だ!」と思ってしまう。前年3月まで放映されていた東宝製作のドラマ「アテンションプリーズ」(1970〜1971年)のヒロインそのままに登場。後半、彼女の婚約者が登場するが、演じるは峰岸隆之介さん。峰健二名義で、クレージー映画第1作『ニッポン無責任時代』に出演しているので、結果的ではあるが見事な額縁出演となった。
さて男性陣は、インテリの紋次郎(谷啓)、番頭格の馬上千吉(藤田まこと)、若者たちのリーダーだが間抜けな谷川昇作(なべおさみ)、気弱な若者・大西恒夫(小松政夫)、大岡昭男(阿藤海)たちが、女性陣とチームを組んで仕事をする。ちなみに時之助は、タツノと別れたあと、若くてお色気たっぷりのアケミ(八並映子)と再婚。そのアケミの兄が、大阪から流れてきた馬上千吉である。
村には駐在所があり、彼らの犯行を知りながら、全国の大手デパートがメンツのために被害届を出さないために、逮捕することができないので監視役をしている老巡査・森川(伴淳三郎)。時之助と昔馴染みである。ところが、泥棒村一斉摘発を自分の使命とばかりに、志願して赴任してきた血気盛んな藤山巡査(米倉斉加年)によって、森川巡査と時之助の微妙な均衡が崩れ始める。で地元警察の署長が、「男はつらいよ」シリーズのタコ社長こと太宰久雄さん。米倉斉加年さんは「寅さん」映画でも青山巡査や轟巡査を演じることになるので、ヴィジュアル的には山田洋次作品的でもある。
『日本一のショック男』(1971年)で、キャバレー「ポルノ」のナンバーワンホステスを演じた太地喜和子さんが、本作でもお色気パートを担当。性欲が強いのに、亭主・犬塚弘さんが服役中なので、欲求不満をなべおさみさんを引っ張り込むことで満たしている。勝手に浮気をされると「泥棒村」の均衡が崩れるので、村の掟で、服役中の夫と離婚、親分が認めた男と再婚することになる。それを聞いた亭主・長一は泣きの涙。若者たちはこぞって志願をする。長一が離婚の条件として出したのが、自分よりも「粗チン」であること。そこで博多から特出しストリッパーを村に呼んで、若者たちのオーディションを開始。結局、一番となったのが、小松政夫さん演じる恒夫。「粗チン」なら数をこなして欲しいと、一日中、春子から責め立てられるのがおかしい。まあ、クレージー映画には一切なかった「艶笑パート」ではあるが。
いざ仕事となると、村から総出で状況。池袋の東武百貨店、新宿の京王百貨店、銀座と浅草の松屋などで、次々と仕事を展開。1日の売り上げ(?)はなんと八〇〇万円にも昇るのは、当時、呉服売り場で高級な反物を扱っていたから。この仕事をするシーンは『白昼堂々』とほぼ同じ手を、わかりやすいヴイジュアルで展開。しかもロケーションは東武百貨店、浅草松屋で行っている。当時、万引きシーンの撮影を、フツーに許可していたのには驚く。『白昼堂々』『女咲かせます』もクライマックスは松屋浅草で撮影していた。
で、彼らが盗んできた品物を持ち帰る宿屋があるのが荒川区の日暮里。これも『白昼堂々』と同じ。坪島監督に伺ったら、実際に取材したら「泥棒村」の人々の定宿が日暮里だったとか。日暮里駅の跨線橋で、売上金を持ち逃げした三吉(小沢直平)とヨシ子(本田みち子)と、昇作たちがバッタリ会って、三吉から口止め料を貰うシーンがある。
この跨線橋は『白昼堂々』にも登場するし、その階段を降りた辺りは是枝裕和監督『万引き家族』(2018年)でもロケーション。つまり「万引き映画」のロケ地としてはデフォルトなのだ。さらに、昇作、恒夫、昭雄が、その口止め料を持って、上野不忍池近くのトルコ風呂(現在のソープランド)に行く。電車で自分の財布をスった草田進を追いかけて来た夏子が、進を捕まえるのがこのトルコの前。ロケーションは、上野オークラ劇場、上野スター座の前である。東宝映画にピンク映画の聖地が出てくるとは! まさに1970年代である。
というわけで坪島孝監督、さすがなのは、これだけの登場人物を見事に捌いて、それぞれのドラマ、見せ場を用意しながら、喜劇、いやコメディとしての見せ場も次々と展開してくれる。盗品を買い取って売り捌く、故売屋のボス・山森松蔵に三木のり平さん、泥棒村の顧問弁護士・大門米太郎に藤村有弘さん。ベテラン喜劇人がしっかり、それぞれのキャラクターをユニークに演じている。
坪島監督らしい「仕掛けの笑い」もある。泥棒村の住人は全員、生活保護受給者だけど、その暮らしは贅沢で、各家々が電化され電子レンジやクーラー、ベッドなどが完備されている。しかし、時々、民生員・桜田(桜井センリ)が生活実態の調査に来るので、その時は、村の入り口の雑貨屋「大鹿商店」のタツノがボタンで知らせ、各住宅でスイッチを入れると、豪華住宅のかべが反転して、電気製品が隠され、ベッドが壁に収納されて、荒屋、下家に早変わり。『クレージーだよ天下無敵』(1967年・坪島孝)の「オール電化住宅」の笑いのリフレインでもある。
さて、順風満帆に行っていた「泥棒村」の運営も、たった一枚の記念写真から足がついて、主要なメンバーが逮捕されて危うくなる。彼らを万引き集団と気づくデパートの店員を演じているのが「帰ってきたウルトラマン」(1971〜1972年)の丘ユリ子隊員こと桂木美加さん!
このままでは裁判費用も保釈金も用意できない。そこで、時之助親分は一念発起、今まで封印してきた「宝石泥棒」を再開することになる。それまで老人キャラだった植木等さんが、ここでシャンとして、初老の泥棒紳士に変身する。つまり「無責任男」の復活である。デパートの宝石売り場で、大会社の会長になりすました時之助親分、妻・タツノに「ダイヤモンドを買ってやりたい」と売り場主任・山田(安田伸)と商談するが… この最後の大仕事が鮮やかで、そこからの逃亡劇は、クレージー映画の復活ともいうべき楽しさ。
足が悪かったはずの時之助が、逃亡する時にはシャンとして、まさに無責任男! この落差の笑いは『日本一のワルノリ男』『日本一のショック男』で、坪島監督が仕掛けた、ズーズー弁の田舎者が真っ赤なストライプのスーツを着た途端に「無責任男となる」笑いの手でもある。
そこからさらにひと盛り上がりあっての鮮やかなラストは、かつて『クレージー大作戦』(1967年)などでクレージー版『黄金の七人』を目論んだ田波靖男さんらしい。一見、ドメスティックで土着的な物語だけど、やはりクレージー映画が纏っていたスマートさを感じさせてくれる。
これで本当の意味で、東宝クレージー映画の時代が終わった。以降、クレイジーのメンバーは、それぞれ個性派俳優として、映画、ドラマ、舞台で活躍していくこととなる。メンバーが再び顔を合わせるのが、七年後、植木等さんが製作途中から陣頭指揮を取って完成させた『本日ただいま誕生』(1979年・降旗康男)となる。