北海道「静養滞在の旅」 エピソード1 さながら お上りさんの如く
目的は静養
人生70余年にして、今回初めて「何もしない静養の旅」を行ってみた。行先は北海道のほぼ中央に位置する歌志内(うたしない)市にある、我が友人の建物「かもいホッフ」。
ここは人口が日本一少ない2,700人の市である。もともと炭鉱の街だったが石炭産業の斜陽と共に人口が減少。しかしここにはアルペン競技スキー選手養成の東大ともいえるカモイ岳レーシングがあり、その名を全国に轟かせたところだ。
そのカモイ岳レーシングを主宰してきたのが、我が50年来の親友でもある斉藤博君である。かもいホッフは、スイスやオーストリー・チロル地方の文化の香りを漂わせる合宿所として使っていたが、今は営業をしていない。友人や知人だけが彼の了解のもと、実費を負担して滞在が可能な建物である。
地下1階と地上3階のヨーロッパ風の建物で、薪ストーブもあれば、冷蔵庫も洗濯機も全て揃っており、誰に遠慮もなくギターも弾ける。調味料をはじめ「無いものは無い」と言え、食材だけを持参すれば生活できる。
さてここからが本題。
6月頃から、今年の夏はどう過ごそうかとぼんやり考えていたが、「そうだ、管理人付きの北海道の別荘で過ごそう」と決めた。他人の持ち物を勝手にそう呼ぶことにしたが、50年来の友だから、その呼び方を笑顔で受け入れてくれた。
コロナ禍もありここ5年ほど出かけることもほとんど無かった。
そんなことから、飛行機の手配からつまずいた。そして我が生活圏の東京の立川エリアから成田空港行のバスも無くなっていた。まぁそれでも当日は何とか成田空港には到着した。
つまずき その1
やれやれと思い、荷物をカートに乗せ、ピーチエアーのカウンターに行った。荷物を預け、身軽になって「空港で飛行機をみながら朝食」の予定だった。
ピーチエアーはLCCなので、預け荷物には1個○〇〇○円と費用が掛かる。
電話で確認の上、バック1つとギターの2個を預ける予約をしておいた。お金も支払い済みだ。だからサッと行くと思いきや、カウンターのお姉さまからビックリする言葉があびせられた。
「荷物は1個しか受けておりません。2個は預けられません」
「えっ、そんなことは無いでしょう。事前に貴社に連絡し、ギターも預かると言われ、お金も払いましたよ。」
「でも記録は1個です。貴方の言う追加支払いの料金は、その荷物を到着空港で早く受け取るためのオプション料金です」
「そんなオプションは、頼んでもいないし、頼む気も全くなかったのになぁ~」
だが、どうすることもできない。
「そうですか、ではもう一個預け荷物にするには、幾ら払えばよいのですか?」
「3,040円です」(金額は記憶によるもの)
これにはビックリした。そして少々理不尽を感じた。
それで、事前に電話して確認した経緯や、状況を説明したら、「では責任者と相談します」となったが、結論は同じでダメ。
そこで私は、「では責任者をここへ呼んで下さい。私が直接話をしますから」というと、奥から女性責任者が出て来た。しかし結果は同じ。時間だけがどんどん過ぎていく。その辺から妙な一体感が生まれ始め、一緒になって「どうするのがベストか」を二人で考え始めた。
ギターを手荷物で機内に入れないか・・・サイズを測ったら大きすぎてダメとなった。次に二つの荷物を1個に纏められないかと二つ合計の重量を測った。するとそれは可能な範囲だった。ではどうやって二つを一つにするか。 彼女は「向こうにヤマト運輸がある。そこで段ボールを貰おう。私も一緒に行く」という。二人で足早に行ったが、その二つが入る大きな段ボールは無かった。だが、梱包用のエアーパッキンが目に入った。ン、これなら入るかもしれないと思い「それ下さい」と言い、入れてみた。すると何とか入った。梱包用のエアーパッキンだから無料かと思ったら甘かった。ヤマト運輸の係員は「ハイ、400円です」と言いレジをチンした。
ともかく、それを養生テープでグルブル巻きにして、ようやく預け入れることが出来、ホット一息。
私の感じる所、問い合わせした時の担当員の説明が適切でなかったことが8割、私の入力ミスか何かの部分が2割あったのだろうと思った。
そんなこんなで時間が無くなり、朝食抜きで飛行機に乗らざるを得なくなり、搭乗のセキュリティチェックに向かった。
つまずき その2
セキュリティチェックのゲートで、金属類は出してくださいと言うから、愛用のスイスアーミーナイフを出した。すると係員は開いてみて良いかと聞くから「ハイどうぞ」と返事をすると「これは没収します」と言う。
確かにナイフもハサミも、小さいながらその中にセットになって入っている。完全に私のミスだ。でもお気に入りの愛用品だから、没収されては困る。
そこで「何か方法はないですか」と訊くと、係員は「預入荷物に入れれば可能」と言うが、荷物は預け入れた後だから無理だ。さらに訊くと「では・・・宅急便で送る方法がある。でも搭乗は間もなく始まるから時間管理はご自身で行ってください」という。
つまり、「乗り遅れても知らないよ。やるなら走れ」と言うことだ。
通常そこは逆走禁止だから、係員は途中まで私と一緒に走ってくれた。そのあとは先程行ったヤマト運輸のカウンター目掛けて、まっしぐらに走る。
だが、料金表を見ると、手のひらに入る小さなナイフ一つ送るのに千数百円もするではないか。郵便局のレターパックなら370円で送れる。だから私はすかさず「郵便局は在りませんか」と尋ねると、「あります。向こうです」
それから再び、陸上ランナーの如くダッシュ。滞在先の住所はスマホをみないと分からない。そんな時間はない。だから自宅の住所を書き投函。そして再び猛ダッシュ。だが今度は戻る経路やエレベーターの位置がすぐに分からない。とにかく記憶をたどりながら搭乗ゲートへ向かって走りに走った。
優雅に朝食などとは程遠く、朝食抜きの運動会をして飛行機に何とか乗り込んだ状態だ。加えて寝不足だった。これらが3つ目の問題を引き起こすことになった。
色んな事で世界を飛び回っていた頃は、添乗員に間違われたことも度々あったが、今や「お上りさん」状態だなぁ・・・と身に沁みて感じた。
つまずき その3
成田から新千歳空港までは、約1時間30分のフライトだ。離陸して1時間も飛んだ頃だった。
「今、津軽海峡上空当たりだろうなぁ~」と思っていたら、急に目の前に白い幕が掛かった状態になった。今まで何百回と飛行機に乗ったが、こんなことは初めてだ。すぐに自分の状態がおかしいと気が付いた。冷や汗も出てくる。吐きそうになるから、目の前のある前席背もたれのポケットにある飛行機酔いの袋を出すが、袋が上手く開かない。焦れば焦るほどダメだ。CA(キャビンアテンダンド=客室乗務員)さんを呼びたいが、この飛行機の椅子にはCAを呼ぶスイッチがない。
後から2番目の通路側だった私は、すかさずCAに手で合図した。すると状況を察知した2人のCAが飛んで来て、すぐに袋を開け、脈を測り、首の後部に冷却用のものを入れてくれた。
私は喘ぎながら「水を欲しい」と言った。だがLCCは水も買わなくてはならない。財布から小銭を出す元気がない。どうしたものかと頭の中で考えていたが、すかさずそのCAは冷えたペットボトルの水を持ってきてくれた。
二人のCAは実に手慣れたものだった。 5分、10分と時は経った。幸いそんな辛い状態は徐々に良くなり、冷や汗も止まった。 人の優しさに心からの有難みを感じた。
飛行機は無事着陸した。
ほぼ元気を取り戻した私は、降り際に飛行機最後尾のギャレーに行き、深々と頭を下げ、丁重にお礼を述べた。そして水のお金も払わなくてはと思い、財布を出した。「先程のお水はお幾らでしょうか?」と言うと、CAはにっこり笑って「いいえ、結構です」と答えた。
このペットボトルはお守りのごとく、中身の水は適宜取り換えながらも、北海道滞在中ずっと持ち歩いた。
(滞在記は次のエピソードへと続く)
後日談:
① つまずき その3にある機内での出来事は、後日かかりつけ医の診断で「脳貧血」と分かった。
② これは、過労、寝不足、食事抜いたことが主原因。
さらには空港内での猛ダッシュしたこと、そして年齢的なものが追い打ちをかけたようだ。
③ 飛行機に乗るときは、これらに注意して乗らなくてはならないなぁ~と改めて思った。
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