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「夜明けのすべて」:ほんとうのやさしさとは
日曜日の家族のリラックスタイムには、よくプライムビデオやU-NEXTで映画を見ます。そんな日々の中で、以前観た「そして、バトンは渡された」に心が温まりました。この映画の原作を手掛けた瀬尾まいこさんの作品に惹かれ、今回手に取ったのが「夜明けのすべて」です。
この本は、PMS(月経前症候群)に苦しむ藤沢美沙と、パニック障害を抱える山添君、二人の主人公を中心に物語が進みます。精神疾患のつらさは、本人にしか分からないことが多く、またその周囲にいる人々も見えない苦しみにどう寄り添えばよいのか悩むことが多いと感じます。
私自身、息子が「軽度精神遅滞」と診断されてから10年が経過し、精神的なサポートの重要性を日々実感しています。そのため、この物語で描かれる「ほんとうのやさしさ」とは何かについて深く考えさせられました。以下では、この物語の感想を交えながら、精神疾患に関わる経験や気づきを掘り下げていきます。
精神疾患は「見えないけれど確かに存在するもの」
「夜明けのすべて」の主人公は、PMS(月経前症候群)に苦しむ藤沢美沙と、パニック障害を抱える山添という二人の視点から物語が展開します。この二人は見た目には普通に見えるけれど、心の中には他人には見えないつらさや不安、もどかしさを抱えています。これらの精神疾患は、目に見える怪我や病気とは異なり、外からは分かりにくいものです。そのため、周囲の無理解や偏見に苦しむことが多いのが特徴です。
私も息子が診断を受けた当初、同じような壁にぶつかりました。周囲から「わがままに見える」「甘えているだけ」と言われることがありましたが、本人がどれだけ自分の状況を理解し、対処しようと努力しているのかを見てきたので、そのような言葉に胸が痛む思いでした。この物語を通じて、同じような苦悩を抱える人々の姿に共感を覚えました。
それぞれの「夜明け」を探す二人
藤沢美沙の視点:PMSに悩む日々
藤沢美沙はPMS(月経前症候群)という疾患に苦しんでいます。この疾患は女性のホルモンバランスの変化によって引き起こされるもので、イライラや憂鬱感、集中力の低下などが伴います。美沙は日常生活でこうした症状に振り回されながらも、なんとか自分のペースを見つけようと奮闘します。
彼女の姿を見て、私は息子のことを思い出しました。彼も自分の障害と向き合いながら、どうすれば症状を和らげられるのか、どんな行動が効果的なのかを日々考えています。ただ、思うようにいかないことも多く、周囲の無理解に苦しむこともあります。美沙の抱える「どうしようもないもどかしさ」は、読んでいて胸が締め付けられるような思いでした。
山添君の視点:パニック障害との共存
一方の山添は、パニック障害という疾患を抱えています。この疾患は突然の強い不安や恐怖感に襲われ、呼吸が苦しくなったり、動悸が激しくなったりするものです。山添は自分の症状を周囲に隠しながらも、発作が起きないよう慎重に日々を過ごしています。
物語を通じて描かれる山添の苦悩には、多くの人が共感を覚えるのではないでしょうか。「普通でありたい」と願う一方で、自分の症状によってその願いがかなわない現実に直面する。この葛藤は、息子が経験してきた日々とも重なります。私自身、彼の症状をどう理解し、どのように支えれば良いのか試行錯誤してきたので、山添の視点を通じて、家族としてのあり方を改めて考えさせられました。
「ほんとうのやさしさ」とは?
物語の中で、二人の主人公が交わすやり取りや、周囲との関係性を通じて浮かび上がるのが、「ほんとうのやさしさとは何か」という問いです。
理解することの大切さ
藤沢と山添の周囲には、彼らを完全には理解できないまでも、支えようとする人々が登場します。それは、家族だったり、友人だったり、職場の同僚だったりします。この物語が伝えているのは、「完全に理解することは難しいけれど、寄り添おうとする姿勢が重要だ」というメッセージです。
私も息子と一緒に心療内科に通いながら、彼がどのように世界を感じ、どのように対処しているのかを理解しようと努めています。このプロセスを通じて感じるのは、「理解しようとする姿勢」が本人にとってどれだけ心強い支えになるかということです。
相手を責めないこと
精神疾患に限らず、誰しも他人の行動や態度に苛立ちを覚えることがあります。しかし、「夜明けのすべて」では、相手を責めず、受け入れる姿勢が強調されています。これは簡単なようで難しいことですが、本当の優しさはそこにあるのではないかと感じました。
寛解を目指す日々とこの物語の教え
精神疾患には「寛解」という目標がありますが、それがどのような形で訪れるのか、具体的に分かりづらいのが特徴です。息子も10年という時間をかけて少しずつ対処法を見つけ、今では自身で感情をコントロールしようと努力しています。ただ、いつもうまくいくわけではなく、失敗することもあります。
「夜明けのすべて」の中で、藤沢と山添もまた、完璧にうまくいくわけではありません。しかし、失敗を通じて少しずつ自分のペースを見つけ、周囲との関係を築いていきます。この姿を見て、「焦らずに一歩ずつ進めば良い」と思えるようになりました。
この本が教えてくれる希望
物語の中で描かれる夜明けは、完全に症状が治ることや、すべてが解決することではありません。それでも、ほんの少し光が差し込むような瞬間が訪れることで、人生は変わっていきます。その一瞬一瞬を積み重ねていくことが、私たちが目指す「夜明け」なのだと気づかされました。
息子と過ごした10年間を振り返ると、「夜明け」という言葉がいかに象徴的かを改めて感じます。息子にとっても、私たち家族にとっても、すべてが順調に進んできたわけではありません。むしろ、何度も壁にぶつかり、どうすれば良いのかわからなくなる日々の連続でした。
しかし、その中にも小さな希望の瞬間がありました。例えば、彼が自分の気持ちを初めて言葉にして説明してくれたとき、心療内科の先生と信頼関係を築けたとき、新しい対処法を試してうまくいったとき――こうした一つひとつの出来事が、私たちにとっての「夜明け」でした。それは決して大きな変化ではありませんが、小さな光が差し込むことで、次の一歩を踏み出す力になりました。
理解しようとする姿勢がつながりを生む
物語では、精神疾患を抱える二人がそれぞれの苦悩を抱えながらも、周囲の人々とつながりを持つことで少しずつ変化していく姿が描かれています。その過程で重要だったのは、周囲の人々が彼らを完全に理解しようとするのではなく、「理解しようと努める姿勢」を持って接することでした。
たとえば、藤沢の同僚が彼女の症状について深くは理解していなくても、「大変だね」と声をかけ、気遣う姿勢を見せる場面があります。それだけで藤沢は自分が一人ではないと感じ、少しだけ前向きになれるのです。同じように、山添も職場での小さな気遣いを受け取りながら、信頼関係を少しずつ築いていきます。
この部分を読んで、私は息子に対する自分の接し方を振り返りました。完全に理解することが難しい状況でも、ただ「あなたのことを知りたい」「支えたい」と伝えるだけで、相手の心に届くことがあるのだと再確認しました。それは簡単なことではありませんが、やろうとする努力こそが、本当のつながりを生むのだと思います。
物語から感じた希望と癒し
「夜明けのすべて」は、重いテーマを扱いながらも、どこか温かさを感じさせてくれる作品です。それは、登場人物たちが互いに支え合う姿や、ユーモアを交えた日常の描写が、読者に前向きな希望を与えてくれるからです。
笑いと涙の絶妙なバランス
物語には、思わずクスリと笑ってしまう場面や、心にじんとくる場面が交互に訪れます。この「笑いあり涙あり」の展開は、人生そのものを象徴しているように感じました。特に最後のほうで、藤沢と山添が見せる小さな成長の瞬間は、読後感をより温かいものにしてくれます。
読後に感じる癒し
この本を読み終えた後、心がふっと軽くなった感覚がありました。それは、物語が「人は完全ではないけれど、それでも誰かとつながって生きていける」というメッセージを届けてくれたからだと思います。私も息子とともに歩む日々の中で、完璧を求めず、できる範囲で寄り添っていくことの大切さを再認識しました。
「夜明けのすべて」が映画化
瀬尾まいこさんの作品は、すでに映画化されたものも多くあります。「そして、バトンは渡された」では、温かくも切ない家族のつながりが描かれ、多くの人の心に響きました。「夜明けのすべて」もまた、映画化されたことで、さらに多くの人々に届く作品になるのではないかと感じています。
この物語の持つやさしさや、ほんの少しの希望を見つける力は、多くの人に勇気を与えるはずです。
いま、Netflix、U-NEXTで観ることができます。
最後に
「夜明けのすべて」は、精神疾患という見えにくい問題に向き合いながら、ほんとうのやさしさや人間関係の温かさを描いた作品でした。この本を通じて、私は息子や自分自身、そして周囲の人々との関係について深く考える機会を得ました。
物語が教えてくれた「夜明け」は、完璧な解決や成功ではなく、小さな光が差し込む瞬間の積み重ねです。これからも息子とともに、一つひとつの「夜明け」を見つけていきたいと思います。そして、この物語が多くの人々に届き、やさしさの連鎖を広げるきっかけとなることを願っています。
日常の中で、ほんの少しのやさしさを大切にしていく。それが、私たちが歩むべき道なのかもしれません。
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