【僧侶的よろずレビュー】花と雨(映画)
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僧侶の視点から世の中の色々なものをレビューしていく【僧侶的よろずレビュー】。
まずはメインのブログから一本ご紹介し、方向性をしっていただければと思います。
花と雨
今回レビューする映画「花と雨」はラッパーのSEEDA(シーダ)氏による同名のアルバムを基に、彼の半生を描いたものです。
このアルバム「花と雨」は、SEEDA氏の出世作であり、ヒップホップファンの間では名盤として名高い一枚。
実は私は、この映画を見るまでアルバムの曲全てを聴いたことはなく、タイトルにもなっている「花と雨」という曲だけは知っていました。
他の曲に比べて穏やかで、どこか儚いメロディと、意味深な歌詞が心に刺さったからです。
長くつぼんだ彼岸花が咲き 空が代わりに涙流した日 2002年9月3日 俺にとってはまだ昨日のようだ
2002年9月3日。
はじめはその日付が何を表しているのか、私にはわかりませんでした。
しかし調べてみると、この日付は若くして亡くなった彼のお姉さんの命日だということがわかりました。
実際にはこの日付はあえて本当のご命日から少しずらしてあるようで、その理由についてSEEDA氏は、何度も歌うことになる、あるいは様々場で聴かれる「曲」にする時、事実のまま書くことができなかった、と語っているそうです。
今回ご紹介する映画「花と雨」は、そんなSEEDA氏がラッパーとして一つの成功を収める同名のアルバムを出すまでに経験した悩み・葛藤・お姉さんとの別れの物語なのです。
映画のストーリー
ロンドンで幼少期を過ごし、口下手で悪口を言われても言い返せない少年、吉田(笠松将)。
高校生の頃、両親の仕事の都合で東京へ移住すると、決して明るいとは言えない性格に加え、帰国子女というパーソナリティから、クラスに馴染めずにいました。
そんな彼にとって、姉は数少ない理解者であり、心を開ける相手でした。
そして、彼の心の拠り所になったのが、ヒップホップという文化でした。
ある時、同じくヒップホップを愛する仲間に出会い、彼の人生は大きく変わります。
社会や周囲に対するやり場のない憤りやもどかしさを吐き出す術と、自分の居場所を見つけたのです。
そして彼は英語が話せて、海外の本場のヒップホップを知っている自分は、日本に本物のヒップホップを見せられる、そんな確信に近い夢を抱いて、ラッパーSEEDAとして活動を始めます。
19歳でCDを出し、その道は順調かに思えました。
しかし、世間からは思うような評価を得られません。
しかも、売れているラッパーは彼からすれば偽物のラッパーばかり。
そんなもどかしさと歯痒さを抱えながら、彼はドラッグディール(大麻の栽培と密売)に手を出すようになります。
ラッパーとして上手く行かない中、皮肉にもドラッグディールでは順調に利益をあげる吉田。
金のネックレスを着けながら、常に心にあるのは
「こんなはずじゃない。」
「わかってないのあいつらだ。」
という日本のヒップホップシーン、そして自分への苛立ちでした。
彼は自分の弱さや至らなさを認めることができなかったのです。
一方、姉も夢に向けて勉強しますが、試験に受からないという状況が続き、睡眠薬や精神安定剤に頼るようになっていきます。
それから次々に訪れる、大麻密売による逮捕、そして姉の死という出来事を経て、彼はペンを走らせ、アルバム「花と雨」をレコーディングするのでした。
青春って、辛い
主人公・吉田が過ごす青春時代は高校生にしてラッパーやドラッグディーラーという、決して親近感を覚えるようなものではありません。
しかし、その根底にあるのは、多くの人が一度は抱くであろう、歯痒さやもどかしさといった若さ故の痛みなのです。
ーー自分は特別なはずだ、周りとは違う何かが自分にはある。
ーー自分がダメなんじゃない、周りが追いついていないんだ。
まだまだ多くの可能性を秘める10代だからこそ抱くそんな痛みが、決して豊かとは言えない彼の表情からひしひしと伝わってきます。
それでも歩んでいくという勇気
密売で逮捕された後、彼を待っていたのは、薬の過剰摂取による最愛の姉の死というあまりにも辛い現実でした。
実は、姉が追い詰められ、彼にその胸中を打ち明けようとするもすれ違って聞いてあげられないという場面があります。
その時の様子は曲の中ではこう表現されます。
いつまで経っても テメー事ばっか 分ろうとせず 欠けた思いやりが バタンと閉めた ドアの向こう側 かけなかった やさしさの言葉
あの時、話を聞いてあげられたら…、言葉をかけてあげられたら…。
そんな当時の思いが歌詞から伝わってきます。
全て背負って生きていく
姉の死後、吉田が大きく変わる瞬間が描かれたシーンがあります。
密売から足を洗い、両親に心配をかけまいと就職活動をはじめる吉田。
ラップはやめてしまうのか、本当に夢を諦めるのか。
そんな彼は亡くなった姉の机の上に白紙の履歴書を見つけるます。
そして無言で鉛筆を取ると、東京都練馬区光が丘…と経歴を書き始めたかに思えたその直後、そのまま一心不乱に履歴書に歌詞を書き続けるのです。
それはアルバムに収録される「Live And Learn」という曲の冒頭部分でした。
ペンを走らせる彼の目からは一筋の涙が流れます。
彼が自分の弱さもお姉さんとの別れも全て背負って、ラッパーとして生きていくことを決意した瞬間でした。
人の死を受け容れることは、その人を失ってもこれからを生きていく辛さを受け容れることでもあります。
彼はその辛さを、ラッパーという生き方によって背負っていくことを覚悟したのです。
最後にさよならは言えない
そして、私が映画を観た帰り道で、何度も反芻した歌詞があります。
最後になるなら そればっか
最後にさよならは 言えないさ
ー「花と雨」
大学生の頃、中学までの同級生が交通事故で亡くなりました。
彼とは別々の高校に進んだのですが、一度道でバッタリ遭ったことがあります。
なんとなく近況を話し、「じゃあ、次会うのは成人式かな」という冗談を言って別れた彼は、成人式の場にはいませんでした。
2度と会うことができない人に、さようならと言えたことがどれだけあるでしょうか。
今日の別れ際の一言は、常にその人との最後の言葉になる可能性を含んでいます。
しかし、人間なかなかそんな風には考えられないものです。
私も、このままお別れになったら悔やまれる人がどれだけいることか。
そんな自分を顧みながら、家路につくのでした。
(NYLON JAPANより引用)
総評
感情表現の少ない主人公・吉田と、多くを語らない描写で、鬱屈とした空気が流れ続けるこの作品。
挫折や別れに傷を負いながらも、それでもラッパーという道を歩んでいく。
自らが選んだ生き方によって救われていくその様子に、私は胸を打たれました。
上映館は限られているものの、ヒップホップファンに限らずオススメできる作品です。
アルバムを聴いてから観るもよし、観てから聴くもよし。
映画とアルバムをセットで鑑賞することをオススメします。
☆こんな人にオススメ☆
・少し暗めの青春映画を観たい人
・胸の奥がヒリヒリするような刺激が欲しい人
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