【英国判例紹介】Cavendish Square Holding BV v Makdessi ー違約罰として無効な条項ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Cavendish Square Holding BV v Makdessi事件(*1)です。近年の著名な事件であり、単にCavendishと呼ばれることもあります。
本件は、損害賠償額の予定と対比される違約罰について有用な規範を示したもので、英国法を契約準拠法とする契約のレビューの際にも、いくらか役に立つのではないかと思っています。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
Makdessi氏(被告)は、Cavendish Square Holding BV(原告)との間で、自身の広告・マーケティング会社の支配権を売却することに合意しました。この交渉は、双方とも、経験豊富なソリシターを代理人につけて、綿密に行われました。売却価格は、価格調整の計算如何では、最大1.47億4ドルにもなる大型契約でしたが、その大部分は「のれん」でした。
被告は、契約上、成約後一定期間の競業避止が義務付けられており、①違反した場合はそれ以降の支払いを受ける権利はないこと、及び、②原告がのれんを無視した価格で残りの株式を買い取るオプションを取得することを定めた条項(以下「本件条項」)が規定されていました。
その後、原告は、被告に競業避止義務違反があったとして、残額支払義務がないことの確認と残りの株式の売却を求めて、訴訟を提起しました。
第一審では、原告が勝訴したものの、控訴審では、本件条項は執行できない条項であるとし、被告の主張を認めました。
これに対して、原告が控訴し、事件は最高裁に持ち込まれます。
争点:本件条項は「違約罰」か
損害賠償額の予定と違約罰
次のような契約条項があるとします。
このような条項を設けておくことで、買主は、売主の履行の遅滞により被った損害をいちいち立証しなくても済みますし、売主としても、履行の遅滞に係るリスクを定量化できます。このような取り決めは、損害賠償額の予定(liquidated damages)といいます。
もっとも、150万円ではなく、「1兆円を支払う」という内容だったらどうでしょうか。それがどれだけ重要な取引であっても、買主が被り得る損害よりもはるかに高額な場合に、上記のような合意を認めるべきでしょうか。
この点に関して、英国法は、当事者の一方に過酷であると思われる一定の合意について、違約罰(penalty)(*2)にカテゴライズし、その効力を否定してきました。
本件では、まさに本件条項が、違約罰なのかが争点となりました。
Dunedin卿のガイドライン
実は、本判決以前、Dunlop事件(*3)と呼ばれるケースにおいて、Dunedin卿が、違約罰の判断にかかるガイドラインを示していました。
どれも、説得力があるように思えますが、特に一番目の規範は、「想定される最大の損失額」と「設定された賠償額」を比較して論じるものです。
本件条項は、後者が前者を超えるものであるようにも解されるため、原告と被告が激しく議論を戦わせました。
裁判所の判断
裁判所は、本件条項が違約罰であるという控訴裁判所の判決を覆しました。
Sumption卿の次の説示が特に有名です。
考察
Dunedin卿のガイドラインは厳格なものではない
上記のSumption卿の説示は、Dunedin卿のガイドラインの有用性を認めつつ、「想定される最大の損失額」と「設定された賠償額」を比較する枠組みは絶対的なものでないとしています。
つまり、相手方に契約違反された者の守られるべき利益は、必ずしも単なる賠償金の回収に限定されるものではないということです。
この考えは、違約罰となる条項の範囲を更に狭まることを意味します。
本事件を経て、「商人同士の契約において違約罰となるものはほとんどない」とまで言われています。
一次的義務と二次的義務
Sumption卿は、違約罰を、一次的義務(例えば、代金を支払う、競業行為を行わないなど)の履行に対する潔白の当事者の正当な利益に全く比例しない不利益を契約違反者に課す二次的義務であると述べています。
つまり、一次的義務がいくら過剰かつ法外だからといって、違約罰の問題とはなりません。
また、契約「違反」でない場合も違約罰の問題とならない可能性もあります。例えば、契約違反以外の事由が一定金額の支払のトリガーとなる場合には、その金銭の支払いは一時的義務であり、違約罰とはならないと考えることもできそうです。
もっとも、一次的義務と二次的義務を区別するのは、容易ではなさそうです。そもそも、本件条項は価格調整条項であり、一次的義務なようにも思えます。しかし、裁判所は、本件条項が二次的義務ではないことを理由に原告の主張を排斥しておらず、実質的な検討を行っています。
要するに、取り決めの実態が見られるというわけですが、やや当事者の予測可能性に欠けるのではないかとも思います。
「正当な利益」とは何なのか?
本件は、潔白な当事者の「正当な利益」の意味するところには触れられていないように読めました。
ある条項が、潔白な当事者の正当な利益に全く比例しない不利益を契約違反者に課す場合に、違約罰となることを考えると、契約締結時にいかなる条項が違約罰となるのかを予測しなければいけない当事者にとって、正当な利益の内容は重要です。
その意味で、本判例は、違約罰の議論に終止符を打つものではなさそうです。
まとめ
いかがだったでしょうか。
本日は、違約罰の判断基準に関する近年の重要な判例を紹介しました。
以下のとおり、まとめてみます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 El Makdessi v Cavendish Square Holdings BV [2016] AC 1172
*2 なお、日本法の下では、違約罰と呼ばれる賠償に関する合意であっても必ずしも効力が否定されるものではないという理解です。そのため、penaltyを違約罰と訳するのはミスリーディングかなとも思いましたが、多くの文献で、英国法におけるpenaltyも違約罰と訳されているので、今回もその例にならいます。
*3 Dunlop Pneumatic Tyre Co Ltd v New Garage and Motor Co Ltd [1914] UKHL 1
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