【英国判例紹介】Hadley v Baxendale ー契約違反に起因する損害の遠隔性ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Hadley v Baxendale事件(*1)です。
昨年末ごろから英国の判例を紹介し始めて、これが25件目の記事です。ジュリストの判例百選に因んで記事を100件書くことを密かな目標としているところ、ようやく4分の1まで来ました。
ぼくが紹介してきた判例は、有名なものもあれば単にぼくが興味を持ったという理由で紹介したものもあり、本家の百選のように、重要判例が網羅されるかというと正直、自信がありません。
ただ、この事件に関しては、英国契約法の中でおそらく最も重要な判例であり、実は、後述のとおり日本の民法にも多大な影響を与えています。その意味で、間違いなく百選にエントリーされるべき判例だと思っています。
今日は、そんな重要判例をご紹介したいと思います。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
本件の原告は、グロスターで製粉業を営む事業者です。
ある日、原告の工場が、蒸気機関のクランクシャフトの故障により操業不能となってしまいました。そのため、原告は、ケントにある製造業者に対して、新たなシャフトを注文することにしました。もっとも、新たなシャフトを製造業者に作成させるにあたり、壊れた古いシャフトが製造業者に引き渡される必要がありました。
このような事情から、原告は、運送業を営む被告に対して、古いシャフトを製造業者に届けることを依頼し、被告は、2日後に届けることを約束しました。なお、被告は、この運送契約の締結当時、新しいシャフトがなければ工場が稼働できないことを知りませんでした。
その後、被告は、古いシャフトを原告から預かりますが、製造業者にこれを届けたのは、受領から2日後ではなく、7日も経過した後の話でした。
そのため、原告は、蒸気機関を復旧して工場を再稼働させるまでの期間が5日間延びてしまい、納入先に替わりの小麦粉を他から購入することを余儀なくされ、また、本来であれば得られた利益を得られませんでした。
そこで、原告は、被告に対して、かかる損害に相当する金額である300ポンドの支払を求めて訴訟を提起しました。
そして、事件は、Exchequer Chamber(現在の控訴裁判所)まで持ち込まれます。
争点:契約違反に基づく損害賠償の範囲
既に述べたとおり、被告は、契約締結時、シャフトのデリバリーが遅れることによって工場の稼働が遅れて、原告に深刻な損害が生じ得ることを知りませんでした。
本件の請求額は300ポンドで、現在の価値に換算すると約24,000ポンド(≒450万円)だそうです。今回問題となったシャフトの大きさや輸送の難易度はちょっと分かりませんが、それでも、被告が受け取った運送料を遥かに超える金額であることは間違いないはずです。
なお、現在の貨幣価値としての計算はこちらのサイトを利用しました。イギリス政府は、こんなものも作っているんですね。
話を戻します。本件で、被告は予想外に高額な請求を受けていますが、契約違反をしたことには違いありません。契約の違反者は、相手方に対して、どの程度まで損害賠償義務を負うべきでしょうか。
まず一つの考え方としては、相手方に対して契約として義務の履行を約束したのだから、それが果たされなかった以上、契約違反により生じた損害については全て責任を負うべき、というものです。
もう一方の立場として、相手方は、契約の履行の具体的な重要性を伝える機会が十分あったはずであり、その点も考慮すべきという考えもあり得ます。また、英国法の下では、契約違反に基づく責任は、基本的に厳格責任(strict liability)であり、過失の有無は問われません。つまり、やむを得ぬ事情により契約を守れなかった場合であっても、違反者は賠償責任を負う可能性があります。
これらの点を考慮すると、あらゆる損害を違反者に帰責すべきというのは、倫理的に妥当ではなく、経済学的にも合理的ではないように思われます。
早速、裁判所の判断を見ていきたいと思います。
裁判所の判断
裁判所は、原告の損害全額の賠償を認めず、陪審に差し戻しました。
Alderson判事は、次のように述べました。
この部分は、おそらくどの契約法のテキストにもそのまま載っている、非常に著名な規範です。とある事件の判決(*2)では、「契約法を学ぶ者なら誰でも知っており、ほとんどの者が諳んじることができると主張するだろう」と述べられるほどです(ぼくは無理です)。
考察
遠隔性に関する2つのルール
上記のAlderson判事が立てた規範は、だとか、遠隔性(remoteness)に関する2つのルール、だとか、そのまま事件名からHadlery v Baxendalte remotenessなどと言われます。
具体的には、次のようなものです。
民法416条との関係
本事件の遠隔性のルールですが、法律を学んだ人であれば、きっと見覚えがあるはずです。民法416条ですね。
日本の民法は、フランス民法典をベースに起草されていると言われますが、この損害賠償の範囲については、本事件の遠隔性のルールが採用されています。したがって、民法416条は、数少ない英国法由来の規定と言えます。
こちらの法律事務所さんのコラムによれば、1870年代にイギリスに留学した日本の民法の起草者たちが、本事件の遠隔性のルールを学び、持ち帰って民法に反映したとのことです。
日本の民法との異同
ただし、日本の民法における損害論と、英国におけるそれは全く同じではありません。とても重要な点として、英国法では、本事件の遠隔性のルールは、契約違反に基づく損害賠償の場面でのみ適用されます。逆に、不法行為の判例で、本事件の遠隔性のルールが適用されることはありませんし、不法行為の教科書にも本事件は全く登場しません。
日本では、不法行為における損害賠償の範囲についても、民法416条が類推適用されると考えるのが一般的であり、英国から拝借した考えが本国よりもより広い範囲で利用されているのは、興味深いですね。
ぼくは、英国法の勉強を始めた当時、このことが理解できておらず、不法行為の分野で他の色々な規範が頻出してきたことで、混乱してしまった記憶があります。英国法では、不法行為は不法行為で(結果的には同じ結論になることが多いものの)異なる規範に基づいて判断することになるので、注意されてください。
例えば、この二次的被害者の精神的損害の議論は、不法行為プロパーの話で、契約違反に基づく損害賠償の場面では出てきません。
まとめ
いかがだったでしょうか。
本日は、契約違反に基づく損害賠償の範囲に関する判例を紹介しました。
以下のとおり、まとめてみます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 Hadley and Another v Baxendale and Others (1854) 9 Exchequer Reports (Welsby, Hurlstone and Gordon) 341
*2 Jackson v Royal Bank of Scotland plc [2005] UKHL 3
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
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