活きがよくてがっちり売れてる若い出版社は案外あるんだけど、あんまり話題にならなかったりするんだよね。
アルファベータブックスの代表取締役になった春日さんがnoteを始めました。面白いので、続きを楽しみにしています。
飯田橋の小さな出版社の社長です。
https://note.mu/iidabashi_shacho
しかし、最新の記事「出版業界が若返るために」の中で、「日本は出版社の起業が大変な時期が続いて(中略)いろいろとハードルが高くて新規参入を阻んでいます」、「出版業界が斜陽産業になってしまったのは(中略)若い版元、若い出版人がなかなか起業できない環境があったせいでもある」とあるのですが、うーん、そこはどうかなあ。
まず、「出版業への新規参入は本当に難しいのか」と、「活きがよくてがっちり売れてる若い出版社は無いのか」という話題に分けます。前者については、後日、改めて。今回は後者について。
思うに、活きがよくてがっちり売れてる若い出版社はあるんですが、あまり話題にならないのではないでしょうか。もう少し正確に言うと、そういう出版社は「ネットでは話題になりにくい」ようです(理由はありそうです)。
具体的な例を挙げていきます。
■ 幻冬舎(1993年創業)
まだ25年の新しい会社です。25年は十分古いという意見もあるかもしれませんので、「出版産業が頂点を迎えその後低迷を続ける1997年より前に創業した新しい社」の例として。ちなみに、小学館1922年、講談社1909年、集英社1925年、新潮社1896年、文藝春秋1923年、角川書店1945年、岩波書店1913年。
幻冬舎が1994年に6点同時刊行で華々しく打って出た頃、自分は書店でバイトしていました。レジで「領収書を」と言われて伺った社名が幻冬舎で、思わず、「頑張ってください」と声をかけてしまった記憶があります。後にも先にもそんな経験はありません。見城社長は創業当時42歳、角川書店の気鋭の編集者として知られていましたが、それにしても鮮やかな立ち上げでした。その後の活躍は、皆さんご存知の通りです。
2003年の文教堂の新年会に招かれた見城社長がスピーチの中で、創業当時の不安や心細さを振り返って様々な思いを噛み締めている場面がありました。そして、「売れてる本はいい本だ。売れてない本は悪い本だ。売れる本が作れなかったらまた売れる本を作るんだ」と、嫌味でもなんでもなく、真摯に語っていた姿を覚えています。
■ 星海社(2010年創業)
グッと時代は新しくなって、2010年。1997年から10年以上続く日本の出版産業の衰退の中、爆誕したのが星海社です。
日本の小説に新しい潮流を作った雑誌『メフィスト』『ファウスト』の編集者太田克史氏(1972年生)を抱え、西尾維新、奈須きのこなど、若い世代から圧倒的な支持を受けるフィクション、『武器としての決断思考』の瀧本哲史氏といった、まさに旬の著者の著作を連発する星海社新書、「活きがよくてがっちり売れてる若い出版社」の代表格です。
でも、講談社の子会社だろ? という意見もあるかもしれませんが、古い体質の講談社が、星海社を生み出すことで新たな風を吹かせ、若い才能に活躍の場を作っているわけで、正直、なかなかできることではありません。すごいですよ。
上記2社の方々とは面識はございません。仕事でもプライベートでも、接点は無いです。なので、過度にヨイショしているつもりはありません。
以下の4社の皆さんとは、面識が多少あります。
■ ベレ出版(1998年創業)
自分が今の会社に転職したのと、ほぼ同じタイミングで、ベレ出版は創業しました。出しているジャンルも重なっているのですが、ベレはどこのお店でも弊社より強い。平積みはもちろん、いい場所を必ず確保している。
弱りました。社内でも「どこに差があるのか」という話になり、自分が知り合いの書店店長に聞いて歩いたところ、「内田さんに頼まれたら(断れない)」という意見が多数。ベレ出版創業社長の内田さんは、創業以前、別の社の営業部長として書店営業にあたり、人柄・知識その他諸々によって書店から絶大な信頼を得ていました。
残念ながら、自分も含めて、そこが弊社とベレ出版の差でした。つまり、「ベレには内田さんがいるが、弊社には内田さんはいない」ということです。悔しいですが、自社と自分の力不足を痛感させられました。
その後、内田社長(現在は相談役)とは、地方での会合など含め、あちこちで顔を合わせることになりましたが、その度に色々と教わっています。自分の中では、心の師匠とさせていただいております。
■ ジェイ・リサーチ出版(創業2001年?)
語学書大手の営業部長だった福田さんが創業したジェイ・リサーチ出版(Jリサーチ出版)は、大手の編集力と営業力そのままに一気にシェアを伸ばしました。編集長兼副社長でもあった成重寿さんの著作を中心に、安河内哲也氏などカリスマ性のある著者を発掘し、書店店頭では平積みを専有せんばかりの陳列で他を圧倒していきます。弊社も随分やられました。ジェイ・リサーチ出版はベレ出版とは違う意味で書店営業に強い会社で、と、同時に、ちょうど世の中的に盛り上がっていたTOEIC関連でのラインナップを重視していたこともあり、語学書の中でも確固とした地位を占めるに至っています。世代交代に成功したベレに次いで、ジェイもそろそろ世代交代を考えているはず。新たな動きがあるかもしれません。
■ アスク出版(創業2008年)
アスクの出版部門として創業されたアスク出版は、取次を通さない直取引で、かつ語学専業という出版社です。創業当時の社長は、この度、独立して新たに株式会社オープンゲートを立ち上げた天谷修平さん(天谷さん、まだ40代でしたよね?)。
「出版社の書店営業は書店の限られた時間を奪っているのではないか」という自分の懸念に対して、「店頭の状況まで把握した有益な情報交換が出来るのは現場を訪問しての営業のみ。だからこそ書店営業が出版社の最重要課題」とする天谷さんの信念もあり、きめ細かい書店営業で、ベレやジェイの登場の時を上回るようなペースでシェアを固めていきます。直取引なので、販売報奨などの設定もわかりやすく、さらに返品が少ないというメリットを活かし、進撃を続けていきます。
諸々あって、今は心機一転、新しい道を歩み始めましたが、再び台風の目になる日は必ず来ると見ています。
ここまで、直接の競合。皆さん、すごくて、弊社はやられっぱなしです。逆襲したい(いつかは)。
最後は弊社の競合ではないですが、皆さんご存知の、超がつくぐらい「活きがよくてがっちり売れてる若い出版社」です。
■ 文響社(2010年創業)
最初の刊行物『四つ話のクローバー』は、2011年、震災の直後の刊行。タイミングはよくなかったかなあ。それでもいきなり、けっこうな部数を売り上げていました。社長の山本さんは当時30代で、出版社での勤務経験はなし。2018年の今でも43(でしたか?)。若いです。
ベストセラー作家水野敬也氏の全面的なバックアップがあったとはいえ、創業から数年で『人生はワンチャンス!』で50万部超え(50万部超えは『人生はワンチャンス!』で、それの第二弾が『人生はニャンとかなる!』ですね。取り違えていました。すみません)、2017年の『うんこ漢字ドリル』は、社会現象にまでなるブームを巻き起こす。
出版社での経験がない山本社長ですが、「売れる」については、そこらの出版社の人間より遥かに感度が高いのは間違いありません。創業前に『四つ話のクローバー』のゲラを見せていただいた際、自分にはまったく良さが分かりませんでしたが、山本社長は売れることを確信されていました。その後、10万部を超えましたが、本人は「こんなもんじゃない、もっと売れるはずだ」と思ってたんじゃなかろうか。
文響社は「書店に置く」をとにかく重視しているので、「返品を恐れるより増刷や出荷をためらったことでの売り損じが許せない」という考えのもと、市中を飽和させるような展開を仕掛けてきます。最近は、うんこ先生のキャラクター展開なども手がけ、さらなる高みへと進みつつあるようです。
ここまで挙げた社の多くは編集力の強さと営業力の強さを兼ね備えています。そして、(アスク出版を除くと)今までの出版流通の枠組みを徹底的に使い倒しつつ、店頭での露出を最大化すべく、書店に対して(それぞれ方法は違っても)継続的なアプローチを欠かしません。
「そうじゃない、そうじゃないんだ!」と言いたい気持ちの方がいるのは分かります。分かりますが、それじゃあ、何が違うのか。それってなんなんでしょうか。
「活きがよくてがっちり売れてる若い出版社」が、あまり話題にならない理由ですが、これにはひとつだけ、条件があります。実は、「活きがよくてがっちり売れてる若い出版社」は、ネットではないメディアでは頻繁に取り上げられています。なので、ネットでの存在について、それほど力を入れる必要がなかった(今までは。そして、最初からネットに前向きだった星海社を除く)。つまり「あまり話題にならない」のは、あくまでネットの中の話で、世の中的には話題になっていたし、その結果として確実に売れていたんです。
ネットやWebは、それ以外のメディア(新聞・雑誌・テレビなど)での展開に苦しむ小零細にとっては福音でした。なにしろ、無料で世界に発信できる。ですが、ネットではない世界は間違いなく存在しています。そして、ここ数年で、ネットと距離を置いていた旧来のメディア上のメジャーリーグ級の巨人が、一気にネットの世界になだれ込みつつあります。パソコン上のワールド・ワイド・ウェブの世界でなんとかかんとか発信していた小零細は、モバイルの世界に対応できなければ置き去りにされかねません。
そして、新しいものは「小さいもの」「弱いもの」から生じてくるとは限りません。「強くて大きい」ところは、新しいことにも積極的です。往々にして、そういうところから、目も眩むような新しいものが生まれてきたりすることがあります。
ほろ苦いですが、そういう事実を受け止めなければ見えない未来もあるのではないか、最近は、そういうことを思っています。
※この話には続きがあります。
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