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音楽家と歴史・社会 -32: ポリーニのショパン練習曲集

主にクラシック音楽に係る歴史、社会等について、書いています。
今回は、先般亡くなられたイタリアのピアニスト、マウリツィオ・ポリーニ(以下「ポリーニ」)による伝説の録音「ショパン作曲のエチュードOp.10&25全24曲盤」について、書きます。

2024年3月23日、82歳で逝去したポリーニは、正確無比な技巧に粒が立ったタッチと透明な音色で、第2次世界大戦後のピアニストの最高峰に立った音楽家である。
ミラノ出身のポリーニは、1957年、15歳でジュネーブ国際コンクール第2位、その他多くの国際コンクールの上位入賞者として脚光を浴びた。
1960年、第6回ショパン国際ピアノコンクールにおいて、審査員全員一致での優勝。審査委員長のアルトゥール・ルービンシュタインが「私たち審査員の中で彼よりも巧く弾ける者がいるであろうか?」と述べた。

ただ、ポリーニは、その最大級の賛辞を、単に技巧面での評価と受け取ったらしく、その後8年間、表立った演奏活動から遠ざかる。ピアノの練習よりも楽譜を読む解くことに時間を費やし、真の音楽の実現のため自分に足りない何かを探そうとしたポリーニ。やはり、並みの天才を超える天才だったのだろう。

1972年、彼が満を持してドイツ・グラモフォンからリリースしたショパンの練習曲集は、世界的な大ヒットとなった。日本で発売されたレコードには、「この上に何をお望みですか?」との宣伝文句が付けられた。
当時、私は、親友のS君の家で、当時まだ珍しかったステレオで聴かせてもらった。粒がそろった、透明感ある冷徹な演奏で、技巧的にも完璧であることが、子供にも理解できた。他に、比べる演奏家もなく、レコード演奏をカセットテープに録音させてもらってもらって、夢中になって聞いた。

好きな曲について、いくつか書くと、、、

■練習曲集作品10
【第1番ハ長調】
・初っ端から難易度が高い曲が出てくるのがショパンらしい。
・ポリーニは圧倒的な技術で弾きこなし、聴く者の度肝を抜く!
・アニメ「ピアノの森」のオープニング主題歌の原曲となった。
【第3番ホ長調】
・独特な情緒を感じさせるメロディアスな曲。A-B-A´の3部形式で、かつ、旋律がシンメトリックに作られており、当時20歳のショパンが既に精巧な作曲技法を有していたことがわかる。自筆譜では、ペダルに関する指示が一切なく、A部分は、真にレガートで弾くとともに、遅く弾きすぎないことが求められる。さらに、B部分は、減七の和音が劇的な展開を示す。
・ポリーニの演奏は完璧かつ正確無比。なお、日本では、本曲はドイツ映画の邦題から取った「別れの曲」として知られている。私にとっては、40数年を超える因縁の曲であり、本年12月の発表会でリベンジを果たす予定。
【第4番嬰ハ短調】
・第3番の平行調である本曲は、とても激しくドラマチック。ポリーニは、嵐のような速度で弾ききり、とても格好がよい。私も中学生の時にカセットテープが擦り切れるほど聞いた。21世紀に入って「のだめカンタービレ」のヒロインが苦労したようだ。
【第5番変ト長調】
・♭(フラット)が6つもあって、右手が黒い鍵盤しか弾かないので、「黒鍵のエチュード」と呼ばれている。本曲がドイツで発表されたとき、クララ・ヴィーク(後にロベルト・シューマンと結婚)が単独で弾いたことを、ショパンは残念がった。前後の曲と合わせて弾くことに、意味があるらしい。
・ポリーニの出す音は、黒鍵から、まるで宝石がこぼれてくるようだ。 
【第8番ヘ長調】
・とても明るい、速度が速い軽快な曲。英語圏では”Sunshine”と呼ばれているらしい。
・ポリーニの演奏は勢いがあるが、突っ込みすぎることもなく、安定している。
・私は、2020年6月に、本曲のショパンの自筆譜を、展覧会で撮影できたことが本当に嬉しかった。

【第12番ハ短調】
・「革命のエチュード」(フランツ・リストが名付けたとの説)と称される本曲は、劇的で、何といってもかっこいい。しかも、一通り弾くだけであれば、難易度は他の曲ほどには高くない。
・ポリーニは、強弱を明確につけて、無難に着地。

■練習曲集作品25
【第1番変イ長調】
・「エオリアン・ハープ」(ロベルト・シューマンが名付けたとの説)と称される本曲は、3連符で構成されており、独特のリズム感が必要(弾いたことないが)。
・ポリーニは、難曲であると感じさせすに、普通に演奏。
【第7番 嬰ハ短調】
・低声を高声とが別々の動きを示し、寄り添ったりしながら続いてゆく。オペラの二重唱のようであり、表現力が求められる。劇的な中間部をはさみ、夜想曲のようなロマンチックな曲である。
・ポリーニの演奏は、聴くものの心を打つ。
【第11番イ短調】
・「木枯らし」と称される本曲は、作品10の第12番と比較されることが多いが、左手と右手の使い方が違う。ショパンも意識して、技法を変えたのだろう。
・米国映画「グリーンブック」(2018年)の重要なシーンで使われた。
・勿論、ポリーニの演奏は完璧だ。

さて、ポリーニは、古典派、ロマン派の曲だけではなく、ブーレーズ、ノーノ、ウェーベルンといった現代音楽にも積極的に取り組んだ。晩年は、青少年のための安価なチケットを設定したコンサートを企画するなど、音楽の普及に尽力した。
私をピアノ好きに導いてくれた、ポリーニ様のご冥福を祈りします。






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