音楽家と歴史・社会 -28: ピタゴラス音律(音階の歴史その1)
主にクラシック音楽に係る歴史、社会等について、書いています。
今回から、音楽理論の歴史とその神秘に迫ります。最初の人物は、作曲家でも演奏家でもなく、自分でも音楽家と思っていなかったと想像されます。
約2500年前、古いギリシアの国に、一人の賢人が住んでいた。数学と哲学を専攻?いや抽象的なことを考えることが好きな男。名をピタゴラスという。後に三角形に関する定理で名を成すが、音に関する理論も打ち立てた。
ピタゴラスが鍛冶屋の前を通るとき、職人たちが打つ鉄の音が美しく聴こえることがある。しかし、常にそうではない。どうやら、複数の鍛冶の音が互いに響きあうときがあるらしい。彼は、それらの鉄の重さ(本当は容積)が、ある整数比率であるときに、そうなることに気づいた。
早速、モノコードという簡易的な弦楽器で実験し、弦の長さが2:1、3:2、4:3の時に共鳴することを発見した。ピタゴラスが天才たる所以は、弦の長さが1/2の時の音を元の弦の音と同じものと考えたことだ。これが、音楽におけるオクターブの概念の始まりであると考えられる。
そして、弦の長さを1/3にしたときの音と2/3にしたときの音を同じものとするとともに、この音は、元の音(弦の長さが1)とは異なるものの、美しく共鳴するとから、元の音(弦の長さが1)と重要な関係があると考えた。これが、現代人が知る「ソ」と「ド」に当たる(勿論、彼が基準とした元の音(弦の長さが1)は正確な「ド」ではなかった)。
次に、「ソ」の弦の長さを1/3にすると勿論共鳴するのだが、ピタゴラスは、その長さを4倍にした。元の弦の長さの8/9倍(1×2/3×1/3×4)となる。「レ」の誕生だ。さらに、「レ」に、2/3をかけて、元の弦の長さの 16/27倍(1×2/3×1/3×4×2/3)として、「ラ」とした。
(注)本稿では、わかりやすいように、「ドレミファソラシド」の表記を使うが、これは11世紀の中世イタリアのグイード・ダレッツォが考案したものと言われている。
ピタゴラスは、この計算を繰り返し、1オクターブ(音波の波長が1/2になり、周波数が2倍になる)の中に、12の美しい音を発見した。12番目の音は「ファ」。そして、「ファ」の弦の長さを4/3倍(2/3×2)すると、最初の弦「ド」の長さに極めて近くなることを発見した。電卓を使って計算すると0.986540369倍となる。
なぜ、2の累乗と3の累乗が12回の計算で近い値になるかは、私にはわからない。しかし、ピタゴラスにより、1オクターブの中に12の音が発見され、後に「ピタゴラス音律」と呼ばれた。また、13番目の音は、元の音に極めて近いのだが同じではないので、同時にならすとうなりを生じる。この差を「ピタゴラスコンマ」という。
ところで、ピタゴラスが最初に発見した「ド」と「ソ」の関係は、完全五度と呼ばれるが、音楽理論ではとても重要。「ソ」の音波の波長は「ド」の波長の2/3と覚えるのがよいだろう。「ド」、「ソ」、「レ」、・・・の組合せによる和音(コード)は、音楽の基礎。クラシック音楽は勿論、ジャズ等を勉強する場合にも、不可欠な知識だ。
しかし、ことはそう簡単ではない。キリスト教世界における聖歌において「ピタゴラス音律」は、1000年以上用いられたが、中世の終わり頃から、様々な音律が生まれてくる。(続く)