溜池随想録 #3 「SaaS (Software as a Service)」 (2009年8月)
SaaSとは何か
SaaS(サース)とは、ソフトウェア・アズ・ア・サービスの略で、直訳すれば「サービスとしてのソフトウェア」となる。簡単に言えば、ソフトウェアが提供していた機能を、インターネットを通じてサービスとして提供(あるいは販売)する仕組みのことである。
これまではソフトウェアを自分のパソコンや社内のサーバーにインストールして利用していたが、SaaSの場合には、ソフトウェアはインターネットの「向こう側」にあって、それをインターネット経由で使うことになる。通常、そのソフトウェアのデータもインターネットの「向こう側」にある。また、利用者は、ブラウザを使ってそのサービスにアクセスするのが一般的である。
SaaSをユーザー側からみれば、ソフトウェアを「所有する形態」から、ネットワークを介して「利用する形態」への変化だと考えればよい。
電力に例えるとわかりやすい。大規模な製造業を別にすれば、社内で使う電力を社内の発電所で作っている企業はほとんどない。家庭でも、太陽光発電などで自家発電をしている家を除けば、電力はコンセントから必要な時に必要なだけ利用するのが一般的である。この電力と同じように、情報システムも自分で保有するのではなく、必要なときに必要なだけネットワークを介して利用するというのがSaaSである。
利用者側からみたメリット・デメリット
SaaSは、利用者側から見れば、初期投資がほとんど不要であること、導入までの期間が短いこと、試験的な導入が可能であること(したがって、新規システム導入に伴うリスクが小さくなる)、情報システムのコストを経費扱いできる(ROA(総資産利益率)の向上になる)こと等、数多くのメリットがある。
一方、インターネットを経由して利用するため、そのサービスの可用性やデータの完全性を利用企業側では完全にコントロールできないという問題や、サービスの継続の保証がない、カスタマイズや既存システムとの連携に不安があるという声がある。
特に、セキュリティや信頼性の問題については、SaaS普及の最大の障害になるという意見が多いが、一方では、逆にSaaS普及の追い風になるという見方もある。(社)コンピュータソフトウェア協会では、2008年1月に、従業員300人以下の企業の経営者や情報システム関係者を対象にSaaSに関するアンケートを実施したが、「信頼できるベンダーであれば、自社でデータを持つより SaaSを利用した方が情報セキュリティ面で安心である」という考え方に対して、回答者の約1割が「そう思う」と答え、約5割が「ややそう思う」と回答している。つまり、約6割が、信頼できるベンダーなら、自社でデータを持つより SaaSを利用した方が情報セキュリティ面で安心だと思っているのである。
情報セキュリティ対策や情報システムの信頼性向上のために十分な経費をかけることが難しい中小企業からみれば、自社内に情報システムを抱えて情報資産を守るより、信頼できるベンダーに情報資産を預けてしまった方が安全性は増すだろう。
そう考えると、情報セキュリティ問題は、SaaS普及の阻害要因ではなく、むしろSaaS普及の追い風になると考えられる。
ソフトウェア・ビジネスの救世主
前回と前々回に述べたように、パッケージ・ソフトウェアの世界はコモディティ化とオーバーシューティングという大きな脅威にさらされている。もし、ユーザーが既存製品の性能や機能に十分満足しているのであれば、それ以上に優れた性能や新機能を持った改良版を開発しても商売にならない。
しかし、それがSaaSであれば、根本から問題は解決されてしまう。SaaSのビジネスモデルの基本はサブスクライブ型である。つまり、利用者一人当たりの月額料金を決めておき、アカウント数に応じて毎月の利用料金を徴収するタイプのSaaSが最も一般的である。こうしたビジネスモデルであれば、ソフトウェアのコモディティ化やオーバーシューティングを心配する必要はない。
また、SaaSはOSSとの相性がよい。SaaS利用者の関心は、SaaSの機能やサービスレベルにあり、SaaSベンダーが利用しているハードウェアやOS、ミドルウェアには興味はない。つまり、SaaSベンダーは、もっともコストパフォーマンスのよいシステム構成を選択できることになる。当然、SaaSベンダーの選択肢の中にはLinuxなどのOSや、MySQL、PostgreSQLなどのミドルウェアが含まれる。
こうしたことを考えれば、SaaSはソフトウェア・ビジネスの救世主なのではないだろうか。
さて、次回はSaaSを語る上でもっとも重要な「マルチテナントと規模の経済」を取り上げよう。