NY駐在員報告 「エレクトロニック・コマース(その4)」 1996年9月
先月に引き続きエレクトロニック・コマースについて報告する。
CALSとは何か
日本におけるCALS関係の出版ブームを見ていると、CALSについて書くことは何もないような気がする。しかし、レポートのテーマを「エレクトロニック・コマース」としたからには触れないわけにはいかないし、もしかすると、既存の出版物とは、CALSの捉え方が異なるかもしれない。という訳で、今月はCALSの話から始めよう。
周知のとおり、CALSの出発点はDOD(国防総省)の後方支援合理化計画である。CALSは当初、Computer Aided Logistics Support を略したものであった。Logistics Supportとは軍事用語で「後方支援業務」を意味する。具体的には、戦場における兵士、兵器、食料等の配備、補給の他、兵器の研究開発、調達、メンテナンスや兵士の教育訓練なども含まれる。当初CALSは、この後方支援業務をコンピュータによって合理化しようという計画であった。
この背景には、よく知られているように、兵器システムの高度化・複雑化のために、開発に要する期間が長期化し、またその操作やメンテナンスに関する情報が膨大なものになっていたという事実がある。特に、最近の兵器システムのドキュメントが膨大であることはよく知られている(おそらくCALSを紹介した本や記事には必ず紹介されているに違いない)。たとえば、50年代のM47型戦車のマニュアルは約1万ページであったが、80年代のM1型戦車では4万ページを超えている。最新のイージス艦のドキュメントは、23.5トンとも26トンとも言われている。また、空軍が現在保有する兵器システムの保守用マニュアルを1セットづつ集めると、床面積が100万平方フィート(3万坪弱)の倉庫が必要になるという。
当然、この結果として軍事システムの開発・維持に必要なコストは増大する。もちろん兵器システム自体の高度化・複雑化が最大の要因ではあるが、調達手続きが複雑化し、それがコストを押し上げていたことも指摘されている。たとえば、ハンマーを400ドルで購入していた件は、議会でも取り上げられている。
歴史的にみれば、Institute for Defense Analysisを中心に設置された官民合同のタスクフォースが、軍事調達の問題点を探るために84年4月に設置されたのが出発点である。このタスクフォースが85年6月にまとめた最終報告書が、CALSのコンセプトと実施のためのプランを書いた最初の資料である。そして、85年9月にはCALS計画のためのSteering Groupが設置され、本格的にCALSがスタートしたのである。
CALSのコンセプト
こうして始まったCALSは、正式名称を2度にわたって変更することになる。まず87年に、調達に関するアプリケーションを計画に含めたことから「Computer-aided Acquisition and Logistics Support」となり、94年には軍事色の強いLogisticsの文字を外した「Continuous Acquisition and Life-cycle Support」が一般的になった(Commerce At Light Speedという新名称も94年に生まれたが、CALSのコンセプトとのずれのためか、これは定着していない)。
CALSの基本理念を分かりやすく言えば、「多くの人が何度も利用するデータの入力を一度で済ませること」である。データの入力を一度で済ませようというのは、まったくEDIと同じ発想である。EDIの場合は、電子化する対象が商取引の際に企業間で交換される情報(見積もり、発注、納品、請求などのドキュメント)であったが、CALSの場合は、膨大なテクニカル・ドキュメントに焦点が当てられている。開発時の設計図面や取り扱い説明書、メンテナンスマニュアルなどである。
「データの入力を一度で済ませる」という単純な原理によって、ある製品、プロジェクトに関するあらゆる情報の利用、保存、伝達を効率化し、開発の期間を短縮するとともにメンテナンスまでを含む製品のライフサイクルコストを低減しようというのがCALSなのである。
情報がすべて紙で管理されている場合、小さな部品でも設計変更を行えば、数万ページのドキュメントの中から該当個所を抜き出し、更新する必要がでてくる。兵器システムの場合では、操作マニュアルの更新漏れが人命事故を引き起こすかもしれないし、戦場での作戦の成否を左右する可能性だってある。もちろん紙ベースの場合、そうしたことが起きないようにエラーの検出、修正を行うわけだが、情報を電子化し、どのドキュメントからも同じデータを参照するようにしておけば、紙ベースの場合に必要な多大な労力と時間は必要なくなる。
情報を共有するためには、そのフォーマットを標準化しておく必要がある。これもEDIと同じことである。DODは、CALS計画を進めるにあたって、既存の標準をできる限り採用するという方針を取った。したがって、CALS標準は次のような原則で決められている。
ISO等の国際標準機関が定めた国際標準を最優先で採用する
国際標準がない場合には、ANSI等の米国標準化団体が定めた国内標準を採用する
国際標準も国内標準もない場合には、業界団体、技術者団体などが定めた標準を採用する
以上のどれもない場合には、産業界で広く利用されているde-facto標準を採用する
この原則で採用された標準の中で、最も注目されているのが、一般的な文書を電子化する際に利用される SGML (Standard Generalized Markup Language) と3次元のグラフィックスデータを表現できるSTEP (Standard for Exchange of Product Model Data) である。SGMLは、構造をもった文書を電子化する際の標準であり、Webページで用いられているHTML (Hyper-Text Markup Language) もこのSGMLをベースにつくられている。STEPは、CAD (Computer Aided Design) システムに入力された設計データのための標準で、製品の形状を表現する数値データだけではなく、色や材質、重量など、その製品を製造するために必要なデータのすべてをカバーしている。
いくつかの実例
それでは、民間におけるCALSの、あるいはCALSと同じコンセプトを持った情報システムの実例をいくつか見てみよう。
(1) ヒューズ・エアクラフト社のPDMシステム
ヒューズ・エアクラフト社はGM (General Motors) 社の傘下であるGM・ヒューズ・エレクトロニクス社の航空宇宙部門で、高性能電子機器や衛星システムをDODに納入している。PDM (Product Data Management) システムは製品データ管理用のシステムで、完成すれば同社の50箇所の拠点の2万人以上の社員が同じデータを共有することになる。システムの開発は、94年から開始され、97年に終了する予定である。同社によれば、これまで各部門が独自に利用してきた製品管理システムを一本化することによって、製品の設計や仕様変更に要する時間は50%も短くなり、人手も25%カットできるという。投資総額は7000万ドルであるが、情報システムのハードウェアとソフトウェアに要するコストは3000万ドルで、残る4000万ドルは新システムに対応するためのリストラと業務体系見直しに必要なコストだと言われている。この7000万ドルは、PDMシステムのコスト削減効果によって2年間で回収される計画になっている。
(2) ロックウェル・インターナショナル社のIPT制度
ロックウェル・インターナショナル社は、宇宙システム部門にあった業務別のチームを廃止して、IPT (Integrated Product Team) 制度を設けた。プロジェクトや製品毎に設けられたIPTは、ロックウェル社の社員だけではなく、部品メーカーや下請け企業、顧客の担当者から構成される。一つの製品でも部品毎にチームは設けられ、全体は製品全体を担当する大きなIPTによって統括されている。同じプロジェクトに携わるIPTは、コンピュータ・ネットワークで結ばれており、プロジェクトに関する情報を集めたデータベースへのアクセス、チーム間での情報交換ができるようになっている。この手法は、NASAや空軍のプロジェクトでも用いられた。ロケット推進用タンクの液体酸素と液体水素の配合を計測するテスト装置の設計を担当したIPTは、従来方式では8カ月の期間と60万ドルの費用を要する作業を、5カ月間、24万ドルの費用で済ませた(ちなみに、プロジェクト開始前の当初目標は6カ月間、30万ドルであった)。
(3) ボーイング777型機開発プロジェクト
ボーイング・エアクラフト社の777型機開発プロジェクトは、CALSの応用事例として最も有名である。「ペーパーレス・ジェット」を合い言葉にしたこのプロジェクトでは、設計から製造までを完全に電子化することを目標にして、すべての情報を共通データベースに収め、国内外の計100社に近い企業の技術者がいつでもアクセスできるシステムが構築された。設計の途中で一部の設計に変更が行われると、自動的に関連する部品やボーイング社の工場のCIM (Computer Integrated Manufacturing) システムにも調整が加えられた。このプロジェクトには日本の企業も参加しているが、日米間でやり取りされた情報量は1.5テラバイト以上と言われている。ちなみに、当初は製造開始まで16カ月を要するとみられていた開発計画は、その半分の8カ月で終了した。
(4) ユナイテッド航空の整備システム
90年代の初め、ユナイテッド航空は航空機の管理・メンテナンス分野でいくつかの大きな問題に直面していた。まず、新型の旅客機のテクニカル・マニュアルは、かつての旅客機に比べて膨大で、その保管にも利用にも容易ではなくなっていた。第2に、同社が保有する旅客機の数が増えたため、それに伴って整備部門の負担が重くなっていた。第3に、国際線の運行数の増加に対応するために、それまでカリフォルニア州オークランドにしかなかった整備工場を、シカゴとインディアナポリスにも設置したため、同一の情報を3つの整備工場で共有しなければならなくなった。
そこで、同社はオーストラリアのカンタス航空とオーストラリア軍当局が共同開発したCALSシステムを導入した。このシステムは、TDCS (Technical Document Control System) とEMSYS (Engineering and Maintenance System) によって構成されている。これらのシステムによって、整備マニュアルと整備記録は電子化され、必要なドキュメントをどこでも参照し、更新できるようになった。当初70台のワークステーションで構成されていたシステムは、現在50箇所にある1000台以上のワークステーションを結ぶ規模に成長している。このCALSシステム導入によって、同社は整備用のスペア部品の在庫を10億ドルから8億ドル相当まで削減できるとしている。また、航空機のメンテナンス効率も向上し、システム導入以前は平均して31機がメンテナンス中で運行できなかったのに対して、現在は550機のうち26機まで減少し、この差である5機分の航空機購入費用(8億ドル)と15万ドルの整備コストを削減できたと報告している。なお、このネットワークにはボーイング社、プラット・アンド・ホイットニー社、マクダネル・ダグラス社などが参加しており、航空機の整備記録を参照して製品の品質向上に役立てている。ユナイテッド航空は、ネットワークを120社まで広げたいと考えている。
米国では報道されないCALS
ここまでの話では、米国ではCALS関係の出版物やニュースがさぞや沢山あふれていると思うかも知れない。しかし、現実はまったくそうではない。新聞の多くはデータベース化されているから、キーワードによる検索は容易にできる。「CALS」をキーワードにして主な新聞の記事を検索してみたが、結果は惨憺たるものであった。主要紙の中で見つかった最新の記事は、91年12月23日付けのワシントン・ポスト紙のもので、コンピュータ・サイエンス社、DEC社、イーストマン・コダック社、サン・マイクロシステムズ社のグループが、DODの新しいプロジェクト(CALS)の契約を勝ち取ったという内容である。つまり、主要紙は91年末から5年近くCALS関係の記事を掲載していないことになる。
本の方も状況は同様である。ニューヨーク市のミッドタウン、ロックフェラーセンターにある紀伊国屋には、日本で出版されたCALS関係の書籍がずらっとならんでいるのだが、技術系の専門書がよく揃っていると定評のあるMcGraw-Hillビルの地下の書店ですら、CALSという文字を含むタイトルの本は一冊も見つからなかった(米国の大型書店は、本のタイトルや著者名で在庫検索が可能なパソコンやKIOSKシステムがあるので、本を捜すのは極めて容易である)。次に、世界最大のバーチャル・ブックストアであるamazon.com (http://www.amazon.com) でも同様にCALSの本を捜してみた。そこで、ようやくCALSの文字を含む書籍を4種類(そのうち1冊は、他の1冊のペーパーバック版なので実際は3種類)発見できた。"Enterprise Integration Sourcebook : The Integration of CALS, CE, TQM, PDES, RAMP, and CIM"、"Using IGES, DXF, CALS for CAD/CAM Data Transfer"、"The CALS Collection"である。出版はそれぞれ、93年12月、91年8月、92年1月である。内容は確認できないのだが、CALSを中心に扱っているの は、どうやら最後の一冊だけらしい。
雑誌の方はどうだろうか。主要な一般向け雑誌を検索した結果、94年3月5日号のエコノミスト誌に"The uses of time"という製造技術に関する記事を発見した。この長い記事の中で、CALSについて触れられているのはわずか数行である。
コンピュータ関係の雑誌の場合、多少はよくなるものの、思ったほどではない。Computer World誌の場合、CALSを正面から扱った最新記事は、94年11月14日の"CALS supporters lobby for worldwide acceptance"という記事である。この記事は、IBM社やEDS社、ウェスチングハウス社、ノースロップ・グラマン社などの大企業が、CALSを国防関係以外の分野にも普及させようと努力しているが、ユナイテッド航空のメンテナンス・システム(これについては後述する)などの少数の事例を除いて、非国防産業界には広まっていないことを指摘している。なお、この記事は、日本、フランス、スウェーデンなどを含む14カ国において、CALSを支援する産業グループがCALS普及に取り組んでいることを紹介するとともに、通産省のCALSプロジェクト、CALS関係日本語書籍、CALS Japan'94に言及し、日本がCALSの導入に真剣に取り組み始めていると述べている。
連邦政府や米国大手企業のCALS関係者がどう言おうと、CALSのマスコミでの扱いは、「少し知られている(a little-known)」連邦政府のプロジェクトであり、依然としてDODのプロジェクトである。そして、マスコミにおける登場回数の少なさから考え ると、CALSは米国生まれでありながら、おそらくその知名度は、米国より日本の方が高いに違いない。
DODのCALS
先に民間の例を紹介したが、ご本家のDODのCALSはどうなっているのだろう。
一言で言えば、DODのCALS計画は、レーガン、ブッシュ政権下で莫大な予算を獲得しながらも、関係者が期待した効果を十分上げるに至っていない。ブッシュ政権の時代に始まったDODのリエンジニアリング計画では、CALSシステムの構築に重点が置かれていた。DODはまず、2種類の新規システムの構築を進めた。JEDMICS (Joint Engineering Data Management Information Control System) とJEDMICSへのアクセス基盤となるJCALS (Joint CALS) である。ところが、開発委託先の選定は、計画のもたつきと業界の内紛から大きく遅れ、89年にようやくJEDMICSの契約先が決定し、JCALSの委託先決定は、さらに2年後の91年のことであった(これが91年12月23日付けのワシントン・ポスト紙の記事である)。
CALSの真髄は、標準の採用による情報の共有にある。しかし、DODは一枚岩ではない。DODはいくつかの省庁の集合体だと考えた方が適切かもしれない。インターネットの原点となったARPAnetの開発で知られるARPA (Advanced Research Projects Agency) を始め、世界中の電波傍受を行っているNSA (National Security Agency) 、Defense Information System Agency、Defense Logistics Agency、Defense Mapping AgencyなどのDefense Agenciesと総称される機関と空軍省(Department of Air Force) 、陸軍省 (Department of Army) 、海軍省 (Department of Navy) などからDODは構成されている。特に、空軍省、陸軍省、海軍省は、自分たちの情報システムが中央に管理されることに抵抗を示した。これらの機関は、国防総省のシステムの他に、自分たちのためのCALSプログラムの必要性を主張したために、93年までに「CALS」の名前を関したプログラムが168も生まれ、これらに合計3億6700万ドルもの予算が計上された。CALSの中核システムに位置づけられるJEDMICSとJCALSでさえ、海軍と陸軍がそれぞれを担当していたこともあり、94年6月まで統合されることはなかった(どこかの国の政府機関でもよく似た話がいくつもあるに違いない)。
94年4月、DODはCALSに関する新戦略を発表し、この中で、調達と技術を担当する次官の傘下にあるCALS担当室が、DOD全体のCALSとEDIの導入に関する総合的な計画つくりを継続するとともに、JCALSプロジェクトを統括することを明らかにした。しかし、JCALSに必要な技術開発と標準化はDefense Information System Agency が担当し、調達システムの統合はDefense Logistics Agency が担当するというように、計画の実行は複数の機関に分散されたままであった。
中小企業を含む民間企業にCALS普及を促進するため、全米11カ所に設けられたCSRC (CALS Shared Resource Center) も94年の改革に伴い、ARPAの所管に移された(それ以前は、空軍省が予算を確保し、NIST (National Institute of Standard and Technology) が全米に展開している製造技術センター (Manufacturing Technology Center) に運営を委託していた)。これに伴い、センターの名称はElectronic Commerce Resource Centerと変更され、もはやCALSだけのためのセンターではなくなった(引き続きCALSの宣伝に力を入れているのは、DODに近いバージニア州のセンター1箇所だと言われている)。
また、GAO(General Accounting Office、会計検査院のような機関)とDefense Inspector General は94年10月、CALS計画の定義の欠如とそれによる混乱によって、不効率な管理体制、予算配分の遅れ、テクニカルデータの電子化に必要なガイドラインの欠如などが生まれたという厳しい批判を下した。また、GAOは、85年から94年までに総額52億ドルを投じながら、その用途と効果を評価する仕組みがなかったことや、単に新しいコンピュータを購入するためにCALSを名目に予算を獲得していた事実などを明らかにした。(これもよくある話である)
こうした調査が契機となり、その後もCALS計画の管理体制は何度も変更され、計画にも修正が加えられた。DODは97年以降に開始される兵器開発プロジェクトにはCALS標準の採用を義務づけるとともに、それ以外の既存のプロジェクトにも99年までにCALSシステムを導入する目標を定めている。しかし、クリントン政権はEDIを含む広義のエレクトロニック・コマースに注目しており、CALSが大プロジェクトとして再び浮上する可能性は小さい。ちなみに、96年のCALSプロジェクト予算は、わずか2500万ドルである。
CALSの未来
さて、そこで問題はCALSの未来である。CALSはこれからどうなるのだろう。
商務省は、DODと協力してCALSの振興に力をいれてきた省庁である。CALSの技術的中核が標準にあることから、商務省の対外的な活動は主にNISTが担当してきた。94年に、このNISTにOffice of Enterprise Integration が設置され、それ以来、ここがCALSを担当している(ここは、CALSの他に、NIPDE (National Initiative for Product Data Exchange) も担当している)。
商務省もDODも、CALSを重点的に取り上げる方針を改め、エレクトロニック・コマースの総合的な発展を目指すという方向に進路を変更している。CALSよりは企業統合(Enterprise Integration)という概念の方が、民間企業には受け入れられ易いと考えているのかも知れない。企業内の情報システムやアプリケーションをネットワークで接続し統合する活動全体を意味する広範な概念であるからである。
一方、民間におけるCALS振興活動の旗振り役は、CALS ISG (CALS Industry Steering Group) であり、このCALS ISGをサポートしているのが NSIA (National Security Industrial Association) という構図になっている。NSIAは、その名前から容易に想像できるように、国防関係企業によってサポートされている団体である。CALS SIGの最近の活動は、リエンジニアリング、コンカレント・エンジニアリング、企業統合などの情報技術のトレンドに結びつけて、CALSを国防産業以外の民間企業に普及させていこうとしているように見える。
関係者の努力に関わらず、現段階では、CALSシステムの民間への普及は思うように進んではいない。その原因が国防総省のイメージが災いしていることにあるとする声は少なくない。国防総省と国防産業は、この20年間、重厚長大な管理機構を反映した非効率性と無駄の多さを批判され続けてきた。CALSは、まさにこうした悪弊を取り除くために構想されたシステムであるが、皮肉にも世間からは巨大で非効率なシステムであると見られているというのである。もちろん、CALSシステムをフルスケールで導入しようとすれば、その規模は決して小さくないし、相当の投資が必要になるのは事実だろう。民間企業がCALSの技術を用いて、リエンジニアリングに成功しようとすれば、おそらく抜本的にシステムを再構築する必要がある。やっかいなのは、既存のシステムの資産を移行する必要があることだ。さらに、CALSシステムのもつ潜在力を最大限に引きだそうとすれば、業務プロセスを改革する必要がある。その改革は社内に留まらず、取引先や下請け企業まで巻き込んだものになる。CALSシステムの本質は、あるプロジェクトや製品の開発、製造、メンテナンスに関与する人が、デジタル化された情報を共有することにある。とすれば、CALSの導入は社内の改革だけでは終わらない。さらにもう一つ、異なる企業間で情報を共有するということは、そこに相当の信頼関係がなくてはならない。DODは、国防産業の最大の顧客として、関係企業にCALS導入への協力を約束させている。民間企業で同じようなことが一般的に可能なのかどうかも問題の一つである。
しかし、問題は「CALS」の名前が付いたシステムが普及するかどうかの問題ではない。事例で紹介したように、CALS的システムが既に民間で利用され、それ相応の効果を上げている。CALSのコンセプトは、既に指摘したようにEDIと共通するものがあるし、ビジネス・リエンジニアリングのツールと考えるとグループウェア、イントラネットに通じるものがある。今後、企業の開発、製造、メンテナンス部門を中心に採用されていくシステムがどういう名前で呼ばれるかは分からないが、そこにはCALSのコンセプトや標準が、様々に形を変えながら取り込まれていくことは間違いないだろう。
再び「エレクトロニック・コマースとは何か」
さて、もう一度エレクトロニック・コマースについて考えてみよう。
おそらくすべての企業(場合によっては個人)はモノかサービスを売って収入を得ている。また、同様に多くの企業は他の企業からモノやサービスを購入している。外部との取引なしに組織内だけで自己完結している企業はありえない。とすれば、当然それに伴って外部との情報の交換が発生する。交換される情報は、商取引と直接関係がある受発注関係の情報だけはない。商品の広告や、企業としての広報、求人情報、商品そのものとしての情報なども含まれる。従来、こうした情報の多くは紙を媒体として交換されてきた。これまで何度も述べてきたように、紙をハンドリングするには多くの時間とコストを要する。こうした情報をデジタル化し、コンピュータとネットワークによって交換すれば、時間とコストを大幅に節約できる。
また、ネットワークは物理的距離をほとんどなくしてしまう。もちろん、物流に必要なコストや時間は小さくできないが、隣町の企業も地球の裏側にある企業も、サイバースペースにおける距離はほとんど同じである。ここに新しい市場が生まれる。
インターネット上のバーチャルモールは企業と消費者間であり、EDIは企業間であるが、その基本的なコンセプトには共通するものがある。EDIは個々の商品やサービスの取引に関する情報が中心で、CALSは開発、製造、メンテナンスに関する技術情報に焦点が当てられているが、そこにも共通するコンセプトが存在する。
このように考えると、エレクトロニック・コマースは、単にネットワークを利用して商取引を行うものと考えるより、組織内だけではなく、外も考えた企業の情報化に他ならない。5カ月前に、「(組織内の)情報の共有とコミュニケーションの円滑化は、米国で進展しつつある経営革命の鍵を握る重要なパーツであり、その手段がイントラネットであり、グループウェアなのだ」と書いたが、エレクトロニック・コマースは、それを組織外に拡張したものだと言えるだろう。情報技術の導入によってブルーカラーの仕事のやり方を変えてきたように、ホワイトカラーも業務プロセスを変えていく必要がある。そうでなければ、情報化の潜在力をすべて引き出すことはできないのだから。
終わりに
以上4カ月にわたって見てきたように、ある面では米国はエレクトロニック・コマース先進国であり、米国の企業はさらに国際競争力をつけようとしている。しかし、小切手による決済に見られるように、ある面では明らかに後れている。日本のエレクトロニック・コマース・ブームが米国に伝わったせいか、商務省には「エレクトロニック・コマースで日本に先を越されれば、TQM(総合品質管理)の二の舞になる」という声も聞かれる。エレクトロニック・コマースは、非常に注目されているが、まだ発展途上であり、どのような形で定着するのか定かではない。我々の生活にも大きなインパクトを与えるだろうし、企業にとっては、組織や業務のあり方そのものに大きな影響を与えるだろう。おそらく、数年後には、企業にとっても多くの消費者にとってもなくてはならないものになっていくのではないだろうか。
【参考文献等】
「エレクトロニック・コマース」1996年1月 ワシントン・コア社
Computer World, Jan 9, 1995〜Sep. 16,1996
"From EDI to Electronic Commerce", Phyllis K. Sokol, McGraw-Hill Inc.
"Internet Commerce", Andrew Dahl & Leslie Lesnick, New Roiders
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