NY駐在員報告 「95年の回顧と96年の展望」 1996年1月
今回は米国情報産業の95年を振り返り、可能な範囲で96年を展望してみたい。
40-30+10=20
一部コンピュータメーカーのリストラは95年中も続いた。IBM社では経営陣もその対象になっており、94年末からハンコック上級副社長、ズッカーマン財務責任者、販売担当役員のロバート・ラバント氏、ジェームズ・カナビノ氏などが相次いで辞職している(ちなみにカナビノ氏は95年10月にペロー・システムズ社の最高業務責任者(COO)にスカウトされた)。また、同社では95年5月に幹部クラスの秘書120人の給与を最大35%引き下げることを決定した。米国では不況のためにレイオフをすることはよくあるが、人件費削減のために給与引き下げが行われることは極めて異例である。もちろん人員削減も大々的に行われてきた。IBM社の従業員数は80年代半ばには40万人を超えていたが現在は20万人強である。つまりこの10年間に社員の半分、約20万人の削減を実施したことになる。しかし、これで驚いてはいけない。実はこの間に辞職(退職)した(させられた?)従業員数は約30万人で、この間に10万人を新規に採用しているのである。つまり、40万人ー30万人+10万人=20万人なのである。こうしたリストラの効果もあって、同社の収益はおおむね順調である。95年第3四半期の決算は、ロータス・デベロップメント社の買収(1株当たり64ドル、総額35.2億ドル)のための特別損失を計上したため▲5.38億ドルの赤字となっているが、この特別損失を除くと約13億ドルの黒字で、前年同期比8.6%増となる。95年10-12月期の売上額は前年同期比10.3%増の219.2億ドルで収益は同39.0%増の17.1億ドルとなっている。
一方、ユニシス社は依然として苦しい状況から抜け出せないでいるように見える。94年暮れに4000人のレイオフを行い、95年3月には国防・航空宇宙部門をローラル社に8億6200万ドルで売却したものの、95年第3四半期の売上高は14億6070万ドルで前年同期比▲1.4%、損益は▲3320万ドルの赤字であった。
DEC社は、94-95年度第2四半期(期末は94年12月31日)に純益1890万ドルを計上し、1年半ぶりに黒字決算となった後、順調に推移している。ちなみに95-96年度第1四半期の売上高は32.7億ドル(前年同期比5%増)、純益は4800万ドル(前年同期は▲1億3100万ドルの赤字)であり、95-96年度第2四半期の売上高は39.5億ドル(前年同期比14%増)、純益は1億4880万ドル(前年同期は1890万ドル)と極めて健全な水準になっている。
ペンティアム・プロの悩み
96年1月にVLSIリサーチ社がまとめた95年の半導体メーカーの設備投資額ランキングによれば、第1位はインテル社で約33億ドル、第2位がモトローラ社で約21億ドルである。このインテル社の設備投資額は、日本企業のトップであるNEC(世界ランキング5位、約16億ドル)の2倍以上にもなる。
インテル社の業績は極めて好調で、95年第1四半期から第3四半期まで売上高、純益ともに前年同期比で40%前後の高い伸びを続けている。95年第4四半期の売上高は前年同期比42%増の約46億ドルで、純益はアナリストの予想を若干下回ったが、前年同期の2倍以上の8.67億ドル(前年同期は3.72億ドル)であった。
ちなみにモトローラ社、TI(テキサス・インスツルメント)社もおおむね好調である。モトローラ社の95年度第3四半期の決算は、売上高が61.51億ドル(前年同期比21%増)、純益が9.96億ドル(同30.5%増)であり、第4四半期は売上高が73億ドル(前年同期比13%増)、純益が4.32億ドル(▲16.1%減)となっている。TI社の95年度第4四半期の決算は、売上高が36億ドル(前年同期比30%増)、純益が2.91億ドル(同55%増)であり、95年通年では売上高が前年比27%増の131億ドル、純益が同58%増の10.9億ドルとなっている。
言うまでもなく、これらの背景には半導体市場の高成長がある。95年11月にSIA(半導体工業会)が発表した世界市場の見通しによれば、95年の実績見込みは前年比43.7%増の1464億ドルであり、96年は1851億ドル(同26.4%)、97年は2186億ドル(同18.1%)、98年2616億ドル(同19.6%)と成長率こそ多少落ちるものの依然として高成長を続けると予測されている。
さて、半導体メーカー第1位のインテル社は95年2月に、ペンティアムの次のMPU(マイクロプロセッサ)「P6」(開発コード名)を発表した。このP6は「ペンティアム・プロ」と名付けられ、95年11月から出荷が開始された。搭載されているトランジスタは550万個で、ペンティアム(310万)の約1.8倍となっている。処理能力は、初期のペンティアムの3倍、現在のペンティアムの2倍と、ペンティアムよりはるかに高性能なのだが、当面、パソコンの主力MPUにはなれそうにない。というのは、32ビットコード(32ビット長の命令)のシステムに合わせて設計されており、16ビットコードの処理が不得意なためだ。このためWindows95では十分性能がでないことが実証されている。
えっ、なんだって! Windows95なら十分性能がでるはずじゃないか、Windows95は32ビットOSなんだから。
その疑問はもっともなのだが、実は32ビットOSのWindows95自身にはかなり16ビットコードが含まれている。このため、Windows95の上で32ビットのアプリケーションソフトを走らせてもMPUの性能通りの速度は出ない。ましてやOSにMS-DOS、Windows3.x、を使っていると、ペンティアム・プロを搭載したパソコンより、ペンティアムを使ったパソコンの方が処理が早くなる場合が多いという。したがってペンティアム・プロは当面、WindowsNTなどをOSとするサーバー用に用いられることになるとみられている。
こうした事情から、インテル社は当面ペンティアムを主力のMPUと位置付け、ペンティアムへの移行を加速するため、i486の生産を縮小しつつ、同時に画像処理機能を強化したペンティアム(開発コード名「P55C」)の製品化を進めている。このチップには圧縮された動画の処理などマルチメディア・アプリケーション・ソフトウェアで必要な処理を実行するための命令が追加される予定で、96年の半ばに出荷が開始されると予想されている。したがって、現在のペンティアムの後継MPUは、マルチメディア対応型のペンティアム、P55Cになると考えた方がよさそうだ。
一方、x86互換MPUメーカ各社もペンティアム・プロ対抗チップの開発を進めている。95年10月にようやく出荷を開始したサイリックス社の「6x86」、96年後半に量産が開始されると予想されているネクスジェン社の「Nx686」、そしてAMD社の「K6(開発コード名)」である。このうちAMD社のK6のプロジェクトは中止されるとみられている。というのは、同社は95年10月にネクスジェン社を8.6億ドルで買収したからだ。実はAMD社の「K6」の前の「K5」はまだ出荷されていない。このペンティアム対抗MPUである「K5」の当初出荷予定時期は95年第3四半期であったのだが、現在は約1年遅れの96年第3四半期と言われている。そんな状況のため、どうも自社のペンティアム・プロ対抗チップ「K6」の開発は中止にして、ネクスジェン社のNx686を「K6」にする計画らしい。AMD社はチップの製造能力と販売網を持っている。一方ネクスジェン社は優れたMPU設計、開発能力を持っているが、製造能力はなく、販売も苦手である。極めて納得のいく企業買収である。
なお、IBM社、モトローラ社、アップル・コンピュータ社のPower PCグループは、95年下半期に入ってPowerPC604(133MHz版、120MHz版)の量産を開始し、アップル社はこのチップをつかったPower Macintosh 9500等の出荷を開始している。
拡大するパソコン市場
パソコン市場では相変わらず、厳しい価格競争が続いている。例えば、トップメーカーのコンパック社は95年3月に新製品118機種の発表と同時に最大23%の値下げを発表したが、8月には新製品も含めて最大25%の値下げを発表している(無論、例によって他社も対抗値下げを行っている)。この結果、例えば2000ドル程度で購入できるパソコンは94年末には、MPUがi486DX4 (100MHz)、メモリが8Mバイト、ハードディスクが270Mバイト、CD-ROMなし(MPUを66MHzのi486DX2にすれば倍速のCD-ROM付きも入手可能)であったが、95年末にはMPUがペンティアム (90MHz)、メモリが8Mバイト、ハードディスクが500Mバイト、4倍速のCD-ROM付きとなっている。この分だと96年末には133MHzのペンティアムを搭載し、メモりは16Mバイト、ハードディスク1Gバイト、4倍速以上のCD-ROM付きというパソコンが2000ドル程度で購入できるようになるに違いない。
この結果、米国のパソコンの市場は急速に拡大しており、95年10月にUSMSC(The U.S. Microcomputer Statistics Committee) が発表した予測によれば、94年(実績)の約1830万台から95年2110万台(前年比15.3%増)、96年2420万台(同14.7%増)、97年2740万台(同13.2%増)となっている。
市場シェア争いも激烈で(調査会社によって多少数値が異なるのだが)、95年前半はパッカード・ベル社が首位に立ったというデータも発表されたが、95年11月に発表されたデータクエスト社の調査結果(パソコン米国市場)によれば、95年第3四半期には、出荷台数によるシェアでアップル社が13.1%で首位に立ち、2位はコンパック社(12.1%)、3位はパッカードベル社(11.8%)、4位はIBM社(8.2%)、5位はヒューレット・パッカード社(5.4%)となっている。また、95年12月にIDC社が発表した95年の米国市場におけるメーカー別パソコン出荷台数の見通しによれば、1位はコンパック社で266万台(市場シェア11.9%)、2位はパッカードベル社で265.6万台(同11.6%)、3位はアップル・コンピュータ社で264万台(同11.5%)となっている。なお、IDC社によれば、95年の全米でのパソコン出荷台数は2280万台になる見込みである。
このように市場が急速に拡大しているにもかかわらず、厳しい価格競争の結果、各メーカーの決算はそれほどよくない。例えば、コンパック社の売上高は前年比で30〜40%増加しているのだが、純益はかなりこれを下回っている。また、独自路線を歩んでいるアップル社も総売上は2割程度伸びているにも関わらず、4-6月期、7-9月期と連続で純益は前年同期を下回り、10-12月期(アップル社にとっては96年会計年度第1四半期にあたる、期末は95年12月29日)にはついに▲6900万ドルの赤字になってしまった(1-3月期も赤字になる可能性が大きいと言われている)。
ただ、Power Macintoshを中心とするアップル製パソコンの出荷は順調で、人気機種は供給が需要に間に合わない状況が続いている。全体としてアップル社のシェアは縮小傾向にあるが、専門家はこれをWindows 95のせいだけではないと見ている。事実、95年末段階ではMacintoshのハイエンド機種であるPower PC604チップを搭載した8500、9500シリーズの受注残高は、一説には10億ドル以上あると言われている。この原因はアップル社が当該機種の需要を過小に見積り、MPU、周辺チップ、DRAM、4倍速のCD-ROMドライブなどの部品を十分手当てしていなかったため、増産したくても増産できなかったからだと言われている。噂ではIBM社を相手にアップル社の身売りを画策していたとして、グラジアーノ副社長(CFO,最高財務責任者)が辞任に追い込まれているが、この調子では、経営陣を含むリストラは避けられないだろうし、おそらく96年も引続きアップル社の身売り話が新聞や業界紙を賑わせるに違いない(さっそく96年1月24日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙には、サン・マイクロシステムズ社によるアップル社買収計画が進んでいるという記事が掲載されている)。
Windows 96 or 97?
パソコン関係の95年最大のイベントは、何と言っても「Windows95」の発売開始であった。出荷予定時期が93年第4四半期から94年第4四半期に、さらに95年第2四半期に、そして95年8月に延期され、やっと出荷されることになった期待の大物である。発売直前の95年8月23日にデータクエスト社は、発売後数週間で1400万本、年末までに3000万本、96年には6400万本が出荷されるだろうと予測した。マイクロソフト社のキャンペーンもかなり力の入ったもので、イギリスでは発売開始日の95年8月24日に伝統のTimes紙を150万部買取って無料で配布し、米国では30分の特別番組を作成して全米で放送した。また、全米のテレビ、新聞、雑誌などが一斉にWindows95を取り上げ、マイクロソフト社のキャンペーンに多大な貢献をした。
この結果、なんと発売から4日間で100万本が販売された。ちなみにMS-DOSver6.0は100万本を達成するのに40日、Windows3.1は50日要している。
しかし、この勢いは続かず、9月末までに700万本(300万本がソフト単独で、400万本が組み込みないしOEMで)が出荷されたが、95年中の実質的な販売本数は2000万本以下とみられている。データクエスト社は95年11月20日、年内出荷予測本数を、当初の3000万本から2640万本に下方修正すると同時に、2640万本のうち約1000万本は店頭在庫となり、実質的な販売本数は1640万本程度と発表した。この他、IDC社は95年内の販売本数を1990万本、ソフトトラックス・ソフトウェア・リサーチ社は1810万本と推計している。このスピードダウンの原因は、Windows95の導入に慎重な企業ユーザの態度にあるとみられている。ストリーム・インターナショナル社の調査によれば、企業のWindows95導入計画は予想外にゆっくりとしている。Windows95への移行計画は82%の企業が持っているのだが、96年中に採用すると回答した企業は55%にすぎない。企業でWindows95の導入が遅れている理由はいくつかある。企業としては、OSの入れ換えや社員の教育などに必要なコストに見合うだけのメリットがあるかどうかを評価する必要があるし、ノベル社のNDS(NetWare Directory Services)をサポートしていないことも問題になる。また、Windows95が古いパソコンではまともに動かないことも原因の一つだろう。マイクロソフト社は4Mバイトのメモリを積んだi386マシンで動くと言っているが、少なくとも8Mバイトのメモリを積んだi486マシン以上でないと使い物にならないと言われている。
幸いにしてWindows95について重大なバグは発見されていないが、それでも小さなバグはいくつか発見されている。これらのバグを修正し、ノベル社のNDSをサポートするなどの機能を追加するための「Service Pack」が96年第1四半期に出荷される見込みである。次の大きなバージョンアップは、開発コード名「Nashville」が完成する96年末から97年になると思われる。とすると次の製品名は「Windows96」か「Windows97」になるのかもしれない。一部には完全な32ビットOSであるWindowsNTに吸収されるのではないかという噂もあるのだが。
Windows 95の出荷が予想より低調であっても、それは予想が極めて高水準だっただけのことで、現実の出荷本数は歴史的なものであることも事実で、マイクロソフト社の収益も極めて好調である。95年4-6月期こそ純益が前年同期比1.7%増と落ち込んだものの、7-9月期は前年同期比58%増、4.99億ドルの純益を、10-12月期には同54%増、5.75億ドルの純益をあげている。
なお、Windows95と同時にスタートしたマイクロソフト社のオンラインサービス「マイクロソフト・ネットワーク(MSN)」は、コンテンツ不足で評判はいまいちであるが、11月中旬には加入者数が50万人を突破し、あっと言う間に全米第4位のオンライン・サービスになってしまった。ちなみにMSNのユーザは接続時間の30%をWWWの検索に費やしているが、他の大手商用BBS(アメリカ・オンライン、コンピュサーブ、プロディジー)のユーザは10%程度だという。この数字もMSN自身のコンテンツが他のBBSに比較して魅力がないからだと解説する専門家もある。
次の戦場
IBM社は95年6月5日、ロータス・デベロップメント社に対して、普通株1株につき60ドルの公開買い付け(TOB)を行うと発表し、結局、両社は6月11日に、IBM社がロータス社を1株当たり64ドル、総額35.2億ドルで買収することで合意した。ロータス社はスプレッドシート・ソフトの「1-2-3」で有名であるが、IBM社の狙いはむしろグループウェア「Lotus Notes」にあると言われている。
グループウェアを明確に定義することは難しいが、誤解を恐れず、平易に言えば「グループが一緒に働けるようにデザインされた情報システム」である。グループウェアは、LAN、WANを含めたコンピュータネットワーク及びDBMS、4GLの発達といったものを背景に、クライアント・サーバーシステム上の新しいタイプのソフトウェアとして誕生した。そのグループウェアの代表的製品がロータス社のLotus Notesなのである。
グループウェアに必要な要素は、グループ内のコミュニケーションとグループ内の情報共有、そしてグループとしての生産性を向上させるためのグループフォーカスである。グループウェアのコミュニケーションは基本的に電子メールと電子掲示板、電子会議によって実現される。電子メールは1対1のコミュニケーションを、電子掲示板は1対多のコミュニケーションを、電子会議は多対多のコミュニケーションをサポートする(現実にはこうした機能区分はあまり意味がない、電子メールで1対多のコミュニケーションもできるし、電子掲示板の機能で多対多のコミュニケーションもできる)。情報の共有はデータベースによって行われる。共有される情報はきちんと管理する必要があるが、場所は分散されていてもよい。グループフォーカスと呼ばれる要素はどうも明確に説明できない。グループ内のコミュニケーションの円滑化と情報の共有によってグループ全体の生産性が向上することだと説明されている。
グループウェアは機能面から見た方がより理解が容易になる。Group Calendaringと呼ばれるスケジュール調整機能を代表とする管理機能、ドキュメントを共有する情報管理機能、電子メールや電子掲示板によるコミュニケーション機能等に分類できる。
グループウェア導入のメリットはいくつもある。通常の(Face to Faceの)会議を減らせるし、会議を開いても時間が短くて済む。紙での連絡を無くせるし(減らせるし)、連絡洩れがなくなる。電話や打ち合わせでデスクワークを中断されることが少なくなり効率がよくなる。情報の共有と電子メール、電子会議による十分なコミュニケーションによってDecision Makingに必要な時間が短くなる。したがって、プロジェクトの遅れも少なくなる。
このグループウェアに目を付けたのはIBM社だけではない。ノベル社にはGroupWiseという製品があるし、マイクロソフトには(まだ出荷されていないが)Microsoft Exchangeという製品がある。
しかし、ここに予想外の競争相手が現われた。それが「Intranet(イントラネット)」である。
インターネット企業?
インターネットのブラウザソフトで70%以上のシェアをもつネットスケープ社の株が、95年8月9日に店頭市場に上場された。売出価格は28ドルであったが、寄付きは71ドル、この日の最高は75ドル、終値は58ドル25セントであった。翌日の新聞は、「この結果、ジム・クラーク会長は約5.6億ドル、マーク・アンドリーセンは5800万ドルの資産を手にした」と報道した。従業員が数百名、創立されて1年4カ月、当時の四半期の売上高が2000万ドル程度、純益が140万ドル(95年7-9月期)という企業としては、破格の株価である。しかし、この時でも遅くなかった。あの時に有り金をはたいても株を買えばよかったと思っている人は少なくない(と書いている本人もその一人だ)。
11月に入ってネットスケープ社の株価は急上昇し始めた。ちょうどその頃(11月16日)米大手証券会社ゴールドマン・サックス社は、マイクロソフト社を推奨銘柄から外したと発表した。理由は、インターネットなどのネットワークに対する同社の戦略が十分でないと判断したためである。このためマイクロソフト社の株は一時的に大量の売りに見舞われた。そして11月28日、ゴールドマン・サックス社はネットスケープ社を推奨銘柄に追加し、ネットスケープ社の株価はさらに上昇した。結局、株価は174ドルまで上昇した(現在は135ドル前後で推移している)。
ちなみに、ゴールドマン・サックス社は、ネットスケープ社の総収入は95年度推定の6400万ドルから96年度は1億3300万ドルに膨れ上がるだろうとの予測を明かにしている。
株価が上昇したのはネットスケープ社だけではない。インターネット・サービス・プロバイダーのネットコム社、UUNETテクノロジー社、PSI社、ルーターのトップメーカーであるシスコ社といった関連機器メーカーなどインターネット関連企業の株が急騰した。
95年12月になって、マイクロソフト社は新たに長期的なインターネット戦略を発表することによって、マイクロソフト社も「インターネット企業」であると宣言した。あまりスマートとは言い難いが、マイクロソフト社らしい(いやビル・ゲイツらしい)行動である。ともあれ、以前からIBM社もAT&T社も「インターネット企業」であることをPRしているので、情報技術関係企業はほとんど「インターネット企業」になってしまったことになる。
Intranetのすすめ
たぶん「Intranet(イントラネット)」は96年のキーワードの一つになるだろう。Intranetとはインターネットの技術を用いた組織内ネットワークのことである。ネットスケープ社の株が高騰した本当の要因は、このIntranetではないかと考えている。
前々項でグループウェアに必要な要素や機能について触れたが、これらはインターネットの技術を用いてほとんど実現可能だ。インターネットにはSMTP (Simple Mail Transfer Protocol)と呼ばれる電子メール標準があり、これに対応したメールリーダー(電子メールソフト)が何種類もある。これでコンピュータの種類やOSの違いを乗り越えてコミュニケーションが可能である。電子掲示板システムとしてはネットニュースの機能やメーリング・リスト機能、あるいはWWWを利用する方法も考えられる。グループ内の情報共有のためにはWWWを使えばよい。つまり社内ネットワークを構築し、Lotus NotesやGroupWiseのようなグループウェアを使う代わりに、WWWのようなインターネット技術を使って情報を共有し、組織の生産性を上げるような仕組みをつくってしまおうという発想だ。
メリットは大きい。まずシステムの構築費用が大幅に安くなる。例えば、Lotus Notesのクライアント側のソフトは69〜155ドルするが、WWWのブラウザソフトは50ドル以下である。ほとんどの企業は企業内LANをインターネットに接続し、WWWのブラウザソフトを導入しているので、事実上追加的投資は不要と考えてよい。また、IDC社の最近の調査によればLotus Notesのインプリメンテーション費用の平均は24.5万ドルであるが、WWWを使ったアプリケーションなら1万ドル程度で十分だという。
第2に、インターネットの技術はオープンであるため、コンピュータの機種、OSの種類、アプリケーションソフト選択の幅が極めて広い。ほとんどプラットフォームを選ばないと言っても過言ではない。サーバーのOSですらUNIX、Windows NT、MacOSから選択できる。WWWのサーバーソフトもセキュリティ機能の無い500ドル程度のものから、エレクトロニック・コマースに使われているセキュリティのしっかりした3000ドルクラスのものまである。いうまでもなくクライアント側の選択肢はもっと広がる。
第3に、技術がオープンであるために技術進歩が速い。特に最近開発されたアプリケーションソフトはユーザフレンドリーにできている。例えば、社内のデータベースもWWWを使って検索できるようになれば、利用効率が上がるに違いない。すでに既存のDBMSとWWWのリンクを可能にするシステムも開発されているから、うまく行けばこれまでに構築したデータベースを無駄にしなくてすむ。大量に蓄積された社内ドキュメントから必要な資料を取り出すのも、インターネット上の膨大なWWWサーバーから情報を検索することを考えれば、たいしたことではない。Lycos、Alta Vista、WebCrawlerなどの技術を導入すれば、一瞬にして必要なドキュメントにアクセスできるだろう。また、CU-SeeMeを使えばパソコンでテレビ会議が可能だ。同じLANの中なら問題ないし、地理的に離れていても映像がもう一つだが使えなくはない。InternetPhoneをつかってただ同然で長距離電話をすることもできれば、Real Audioを使えばニューヨークの支店から東京本社の社長の年頭挨拶を聞くことできる。StreamWorksやVDOLiveを使えばスピーチをする社長を見ることも可能だ。最近、脚光を浴びているJAVAを使えばおもしろい業務システムを作れるに違いない。Intranetには、インターネットで次々と生まれてくるこうした技術を利用できるという強みがある。
第4に、世界中に社員がいても通信費を安く上げられるというメリットがある。つまり遠隔地とのコミュニケーションはインターネット経由で行うため、通信費用は最寄りのインターネット・アクセス・ポイントまででよいことになる。もちろん、秘密を要するメールは暗号化して送れば問題はないし、社員専用のWWWは社員以外からのアクセスが不可能な仕組みにしておく必要がある。
第5に、内外のネットワークが技術的に同じであることによっていくつかのメリットが生まれる。まず、ユーザにはインターネットの使い方さえ教えれば、内部のシステムも利用できる。内部用のDBを検索するときもインターネットと同じWWWのブラウザでよくなる。電子メールは内部も外部も意識する必要がない。また、中と外をつなぐゲートウェイでのプロトコル変換にともなうトラブルがなくなる。さらに内部用のWWWからインターネット上のホームページにリンクをはることによって、外部の情報を社内システムに利用することができる。
Intranetは絵に書いた餅ではない。実際にWWWサーバー用のソフトのかなりの部分は社内用に利用されている。例えば、ロッキード・マーチン社は17万人の社員を結ぶネットワークをIntranetにすることを決定した。既に4万人の社員がネットスケープ社のソフトを用いて、社内向けのニュースレターや連邦政府の調達手続きといったドキュメントを共有している。Lotus Notesのユーザであるメリルリンチ社でも社内向けのWWWサーバーの構築が進んでおり、既に100以上のホームページが作成されたという。AT&T社では、6万人の社員が社内用のWWWサーバーにアクセスできるようになっており、単に社内用情報の共有だけでなく、地理的に離れたチームが共同してプロジェクトを進めるためにこれを利用している。
Lotus Notesなどのグループウェアを支持する声がないわけでもない。たとえば「セキュリティ面でIntranetは劣る」とか「更新が頻繁に行われる情報の共有はWWWでは難しい」とか「現状では特定業務にあったアプリケーションシステムを構築するならNotesの方が優れている」という意見もある。しかし、ユーザからはグループウェアは高くて使いにくいという声が聞こえてくるのも事実である。一般的にオープンな技術の方が進歩が早く、安くて使いやすく機能の高い製品が生まれる。
そう言えば、95年12月にサン・マイクロシステムズ社とネットスケープ社は、ネットワーク上で利用するアプリケーション開発に適したスクリプト言語「JavaScript」を開発したと発表した。なんと、それと同時に大手コンピュータ企業28社は、このJavaScriptを支持すると表明した。JavaScriptは、プラットフォームを選ばないオブジェクト指向のプログラム言語であるJavaを補助する言語で、Javaに比べて比較的簡単にアプリケーションを開発できる。JavaScriptは、Java及びWWWの記述言語であるHTMLとも統合されており、Javaと同様にプラットフォームを選ばないことから、事実上の業界標準になるのではないかと見られている。これもまた、Intranetを面白くする技術の一つになるのだろう。どうだろう、さっそく社内のネットワークをIntranetにする計画に着手してみては。