「ITと企業経営」シリーズ 第7回 情報処理のパラダイムシフト (2011年4月) 生産性新聞
クラウド・コンピューティング(以下「クラウド」という)は、専門誌だけでなく一般の新聞やテレビにも取り上げられるようになり、企業経営者にとってもはや無視できないものとなっている。1年前には、クラウドはバズワードだという人もいたが、もう一過性の流行語だと断言する人はいなくなった。間違いなく情報処理のパラダイムが変わろうとしている。
クラウドについてはコンセンサスの取れた定義はまだないが、大まかに言えば、インターネットのどこかにあるリソース(ハードウェア、ソフトウェア、データ)を利用して情報処理を行うことである。成功している多くのクラウドは、次の5つの特徴を備えている。第1に、利用者が使いたい時に自分で設定して利用できること。第2に、ネットワークはブロードバンドであること。第3に、サービスはデータセンターに設置された巨大なサーバー群を共有する形で提供されること。第4に、需要に応じてリソースの量を柔軟に変化させることができること。第5に、利用量を計測しそれに応じて料金を請求する仕組みがあることである。
クラウドは、大きく仮想サーバーや仮想ストレージを提供する「IaaS」、アプリケーションソフトを開発、運用する環境を提供する「PaaS」、アプリケーションソフトの情報処理機能をサービスとして提供する「SaaS」に分けることができる。
利用企業の立場からみれば、クラウドにはいくつものメリットがある。まず初期投資を必要とせず、比較的安価に利用できる。また、必要なときにすぐに利用でき、使っただけ料金を払えばよい。必要に応じてシステムの拡張・縮小が容易にできる。基本的なシステムの運用業務から解放される。データがネットワークのあちら側にあるため、パートナーなど関係者とのデータ共有が容易である。また、十分なIT投資ができない中小企業からみれば、自社システムよりクラウドの方が機能やセキュリティ対策が優れているという点も挙げられる。
クラウドの利用事例もさまざまなものがある。たとえば、ワシントン・ポストはヒラリー・クリントンの大統領夫人時代のスケジュールデータ(17000ページ)を変換するために200台の仮想サーバーを9時間利用した(料金は約145ドル)。NASDAQは、投資家やブローカー向けに相場の変動をミリ秒単位で再現するマーケット・リプレイというサービスを、クラウドを利用して提供している。英国の通信事業者であるBTはコールセンターに蓄積される毎月数億件のデータを、クラウドを使って分析している。また、インターネット上のサービスであるツイッターやスライドシェア、ドロップボックスなどもクラウドを利用している。一般企業でも顧客管理などの業務にSaaSを利用する企業は増えているし、Gメールやヤフーメールなどのウェブ型メールを利用する企業も少なくない。
サービスの信頼性や情報セキュリティ面での不安を指摘する声はあるものの、一方では新薬開発関連の機密情報をパートナーと共有するためにクラウドを利用する製薬企業もある。