インターネット上の人権侵害問題を考える (2007年6月)
「炎上」「祭り」「発掘」
サイバースペース上の人権侵害問題は、古くて新しい問題である。古いというのは、「ニフティ事件」(パソコン通信サービスのNIFTY-Serveの「現代思想フォーラム」という電子掲示板で起きた人権侵害問題)のように、インターネット普及前のパソコン通信の時代から存在している問題だからであり、新しいというのは、インターネットの普及や匿名電子掲示板の誕生によって問題が深刻化しているからである。たとえば、インターネット上の人権侵害が、現実の生活に影響を及ぼすような事件が起きるようになっている。
事例を紹介しよう。評論家の池内ひろ美さんが、居酒屋で偶然会った期間工だという若者について、その向上心のなさをブログに書いたところ、ブログのコメント欄には批判が殺到してブログが「炎上」すると呼ばれる状況になった。さらに、2ちゃんねる上に、池内さんが期間工を侮辱したというスレッドが立ち、池内さんに対する罵詈雑言、誹謗中傷はもちろん、家族を侮辱するような書き込みがされ、そして2007年2月には、池内さんが講師をする教室に「火をつければあっさり終わる」、「一気にかたをつけるのには、文化センターを血で染め上げることです」と2ちゃんねるに書き込みをした45歳の会社員が逮捕されるという事件にまで発展した。
著名人であるかないかを問わず、誰かのブログの内容が、巨大な匿名電子掲示板である「2ちゃんねる」などに取り上げられ、そのブログが「炎上」することは珍しくない。昨年の秋には、『五体不満足』の著者である乙武洋匡さんのブログや神奈川県の県会議員のブログが炎上しているし、2007年になってからも、水着写真集を出版したために退学処分を受けたグラビア・アイドルのブログが炎上するという事件が起きている。
また、場合によっては「2ちゃんねる」上に関連のスレッドが立ち、そこに利用者が集中して、個人を誹謗中傷するような書き込みが大量に行われることがある。これを「祭り」という。さらに「発掘」と呼ばれる作業によって、ブログを書いた個人の実名や写真、勤務先、家族構成、子供の通っている学校などが明らかにされることがある。こうなると、メールや電話、場合によっては路上で知らない人から問いつめられたり、本人やその家族が嫌がらせを受けたりする。そんなことが現実になっている。
動物病院事件と日本生命事件
インターネット上における名誉毀損事件や業務妨害事件は、インターネット上の匿名電子掲示板が誕生した頃にかなり話題になった。マスコミが取り上げたため有名になった事件に、2001年の「動物病院vs.2ちゃんねる事件」がある。この事件は、ある動物病院について「過剰診療、誤診、詐欺、知ったかぶり」、「えげつない病院」、「やぶ医者」、「動物実験はやめてください」などの書き込みが行われたことに始まる。こうした書き込みに気付いた病院側は、削除依頼を出したのだが、今度はその依頼の方法が間違っているとさらに揶揄され、この動物病院とその経営者である獣医師が2ちゃんねるの管理人を訴えたという事件である。この裁判では、動物病院側の言い分が一部を除き認められ、動物病院側のほぼ全面勝訴となっている。
この動物病院事件とほぼ同じ頃に「日本生命vs.2ちゃんねる事件」という事件もあった。これは、2000年秋ころから会社を誹謗中傷する書き込みが続けられているとして、日本生命が2001年3月に書き込み削除の仮処分を東京地裁に申請したという事件である。東京地裁は2001年8月に該当する書き込みの削除を求める仮処分命令を下している。
これらの書き込みは、大きく3つに分けられる。第1は、日本生命という会社自身を直接的に誹謗するもので、「極悪だ」とか「潰れろ」などの発言であり、第2は、社内での愛人スキャンダルなどを取り上げて、会社の風紀が乱れていると指摘するという種類のものである。そして第3は、生命保険の外交員などの営業姿勢や営業方法に関する書き込みで、「うちの近所のニッセイに勤める人が、『某大手生保が危ないらしい』『ニッセイに乗り換えるなら今だ』とか、デマを流しているよ」「最近、ニッセイのおばちゃん、やたらと私の保険を解約しろと言う。あんたの加入している保険会社は危ないと」「俺も言われている。東京生命が潰れて、次はあんたの生保だって」「保険料安くしてやると言われているんだけど、たしかそれってまずくなかったっけ」という種類のものである。
問題は、この最後に分類される書き込みである。東京地裁が書き込み削除の仮処分命令を出してから2ヵ月あまりたった2001年11月、金融庁が日本生命に対して、他の生命保険会社を誹謗中傷するような資料を作成して営業活動を行っていたとして業務改善命令を出したのである。つまり、日本生命が事実無根であるとして削除を要求した書き込みの中には、かなり真実に近い、あるいは真実に基づいた書き込みが含まれていたと考えられるのである。
誹謗中傷と言論の自由
あらためて指摘する必要はないと思うが、インターネット上での誹謗中傷は、その書き込みが事実であろうがなかろうが、名誉毀損(刑法230条)や侮辱(刑法231条)、業務妨害(刑法233条)といった犯罪であり、民法709条、710条等の規定によって不法行為とみなされ、損害賠償の対象となる。
こうした行為はあきらかに犯罪であり、かつ犯罪者として逮捕された事件や裁判で損害賠償を命じられた事例が数多く存在するにもかかわらず、インターネット上での名誉毀損や誹謗中傷が増加しているのはどうしてなのだろう。
警察庁が2007年2月に発表した「平成18年のサイバー犯罪の検挙及び相談件数について」を見ると、警察に寄せられた、サイバー犯罪等に関する相談件数の中で「名誉毀損、誹謗中傷に関する相談」の占める割合は、2004年は5.2%、2005年は6.9%であったが、2006年には13.1%に増加している。件数でみても2004年は3,685件、2005年は5,782件、2006年は8,037件であるので、2年間で倍増していることがわかる。警察に相談できずに泣き寝入りしているケースが多いことを考えると、この数字は氷山の一角であり、事件はもっと起きているにちがいない。
こうした違法行為の増加の原因の一つとして、インターネットの匿名性があるのは確かだろう。インターネット上では自分が誰であるかを明かす必要がないばかりか、身分や年齢、性別すら偽ることができる。匿名だから、他人をどれだけ攻撃しても自分は攻撃されないという(間違った)安心感が過激な書き込みを助長している。
第2の要素は集団心理である。特定の個人を誹謗中傷することは人権侵害に相当するものだという認識があっても、誹謗中傷だらけの掲示板を見ていると合理的な判断ができなくなってしまい、同じような書き込みをしてしまう利用者も多いのではないだろうか。
第3の要因は、憲法21条で言論の自由(表現の自由)が許されているのだから、電子掲示板に何を書いてもよいと誤解している利用者が存在していることである。もちろん、言論の自由は無制限に認められる権利ではなく、人権を侵害するような言論は憲法が保障する言論ではない。しかし、誹謗中傷と正当な言論の境界は明確ではない。
名誉毀損を定めた刑法230条には230条の2という例外規定が設けられている。公開された事実が名誉を毀損する内容であっても、それが公共の利害に関する事実であり、かつ、その主たる目的が公益を図ることにある場合には名誉毀損にはならない。これは言論の自由・報道の自由を社会的に保護するための規定である。前述の日本生命の営業方法を批判した書き込みは、対象が企業ではあるものの、公共の利害に関する事実であり、その目的が公益を図ることにあった可能性は否定できない。
誹謗中傷を書き込んでいる利用者の中には、自分は公益目的で事実を指摘しているのであり、正義のための言論、正当な批評・批判であると信じて行動している利用者もいる。もちろん、これらの中には、本当に正義のための言論と、そうとは言えない誹謗中傷が混在している。
さて、我々はこの問題にどう対処すればよいのだろう。
匿名性をめぐる議論
インターネット上での人権侵害や業務妨害などの問題を解決するために、匿名性を排除すべきだという意見がある。確かに、匿名であることが、誹謗中傷やプライバシー侵害にあたる行為を助長している面がある。しかし、だからと言って、インターネット上の匿名性を排除することが正義であり、合理的な解決策であるということにはならない。
一方では、インターネットの匿名性は守られるべきであるという意見も多い。それは、場合によっては情報の発信者を守ることが必要になるからである。内部告発のように、匿名でなければ危険で情報が発信できない場合がある。社会にとっては有益である情報であっても、自分が属している組織にとってはマイナスである情報、たとえば社内で隠蔽されている自動車の欠陥情報のようなものは、匿名でないと発信できないことが多いだろう。犯罪を告発する場合には、告発した個人が攻撃される恐れがある。反社会的な組織が相手であれば、実名で告発すれば身に危険が及ぶ可能性が高い。こうした場合、匿名であることが個人を守ってくれる。
また、こうした極端なケースでなくとも、世間の注目を浴びるような発言をすれば、インターネット上で「祭り」上げられたり、その情報発信を快く思わない人々から嫌がらせを受けたり、場合によっては、マスコミによってプライバシーを侵害される恐れがある。
インターネット関連の事件が起きると、すぐにインターネットの匿名性が問題の根源であるかのような報道がなされることが多い。実名でないと情報発信できないようにすべきだという意見すらみかける。しかし、一方で匿名によって守られるものがあることを考えなければいけない。
1776年2月に出版された『コモンセンス』は、米国独立戦争に大きな影響を与えた。現在では『コモンセンス』の著者がトーマス・ペインであることはよく知られているが、当時、そこには著者の名前はなかった。ペインは、その序論の中で次のように書いている。
まったくペインの言うとおりである。重要なのは、その発言内容であり、発言者ではない。本当に問題がある場合に限り、発言者を特定できる仕組みがあればよいのである。
そもそも、インターネット上から完全に匿名性を排除することは現実的ではない。ネットワーク上のコミュニケーションは、ほとんどの場合、実質的に「匿名」である。ネットワーク上における本人認証は技術的に可能ではあるが、それは個人が自ら、第三者が確認可能な電子署名などの認証技術を利用した場合に限られる。
仮に、インターネット上での発言をすべて実名で行うようになったところで、本当にその本人が書き込んだのかどうかを確認するのは容易ではない。ネット上に「前川徹」の名前で書き込みがあったからといって、一般のインターネット利用者にとっては、前川徹本人による書き込みであることを確かめる手段はないに等しい。
トレース可能な仕組みとサイバー・リテラシー
現実的な解は、インターネット上での発言が人権侵害や業務妨害などに該当するかどうかを見極め、問題がある場合には、その発言者を特定できるようにしておくことではないだろうか。
幸いにして、日本には電子掲示板などで誹謗中傷などを書き込んだ個人を特定するための法律が存在している。「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(通称「プロバイダー責任制限法」)である。
インターネットには匿名性があるが、その匿名性は完全な匿名性ではない。匿名電子掲示板でも、ログと呼ばれる通信やサーバー利用の記録が残されていれば、どこからどのパソコンを使って書き込みが行われたかをほぼ確定できる。2002年5月27日に施行された「プロバイダー責任制限法」は、インターネット上の情報によって自己の権利が侵害されたとする者が、プロバイダーやウェブサーバー運営者に対し、発信者情報(ログ情報)の開示請求を可能にした。実際に、発信者情報を請求する件数は増加している。
しかし、この発信者情報請求の仕組みは十分機能していない。機能していれば、インターネット上での人権侵害はここまで深刻化していないだろう。この発信者情報開示の問題は2つある。1つは電子掲示板などの運営者にログの保存を義務づけていないことである。もう一つは、明確な基準がないために発信者情報開示が迅速に行われないことである。この2つを改善しないとインターネット上の誹謗中傷事件は増加する一途を辿ることになる。
こうした対策に加えて、言論の自由と人権に関する教育も必要だろう。言論の自由は社会として守るべきものではあるが、公共の利害に関する事実であり、かつ、その主たる目的が公益を図ることにある場合でないかぎり、人の名誉を毀損するような言論やプライバシーを侵害するような書き込みは犯罪である。
インターネット上での人権侵害事件の増大を理由に、匿名による発言を禁止したり、匿名の書き込みを制限したりするような規制は、言論の自由の観点から望ましいものではない。だからと言って、表現の自由や言論の自由を振りかざして、むやみに誹謗中傷で人を傷つけることは許されるべきではない。表現の自由や言論の自由も基本的な人権ではあるが、誹謗中傷で人を傷つけたり、個人のプライバシーを侵害したり、人を恫喝したりするような書き込みをする自由までは与えられていないのだ。
こうした言論の自由と人権に関する考え方を教育の場できちんと教え、インターネット社会を正しく安全に生きるために不可欠な知識と能力を養っていく必要がある。そうすれば、インターネット上の人権侵害事件は、ゼロにはならないだろうが、かなり少なくなるのではないだろうか。