
巷の「レインズの『オープン化』論」の論点を整理してみる
レインズのデータについて、いわゆる「オープン」に「開放」して広く利用できるようにすべきだ、という声を聞くことがあります。
大昔からチラホラあった話しではありますが、近年は特に一部のいわゆる「不動産テック企業(日本では異業種)」による「自分らにもレインズのデータを利用させろ」というような声を聞くことが多くなりました。
その主張の背景にある様々な事情は十分に良く分かっているのですが、レインズの「オープン化」や「一般公開」、さらには「データ連携」などと抽象的な言葉でしか語られていない為、それが具体的どういう事を意味するのか、主張している側でも解釈が曖昧で(そもそも意味を分かって言っているのか疑問)、当然ながら受け取り側でも大きな誤解があったりで、混乱が見受けられます。
賛成か反対を言う以前に、まず言葉の具体的な意味と、論点を整理しなければ、そもそも議論すら噛み合いません。
ということで、適当に論点をまとめてみました。
前提
出来れば前提として、少なくとも以下の文章を読んでおいて頂きたい。レインズやMLSについても多くの誤解やデマが流れていますから。
「レインズの情報を一般公開しない理由とは」
「不動産流通機構:あらためてレインズの問題を考える」
「国交省が主導した『不動産ジャパン』が大失敗をした理由」
「日本の『不動産テック』の耐えられない軽さ」
「日本と米国、『不動産テック企業』の決定的な違いとは」
「スクレイピングした物件データを利用した物件検索サービスは問題ないのか」
「米国の不動産業におけるMLS(multiple listing service)とは何か」
そもそも論
レインズは、不動産業者間の物件流通を目的として作られたものであって、その根拠は宅建業法にあり、色々と細かく定められています。
具体的に言えば、宅建業法の第五十条の二の五(指定等)「宅地及び建物の取引の適正の確保及び流通の円滑化を目的」とするものであって、第五十条の三(指定流通機構の業務)で規定されているように、「専任媒介契約その他の宅地建物取引業に係る契約の目的物である宅地又は建物の登録」と「宅地又は建物についての情報を、宅地建物取引業者に対し、定期的に又は依頼に応じて提供すること」がレインズの業務。
なので、その目的と業務内容を大きく変更するような場合、宅建業法の法改正が必要でしょう。この点、一般にはほとんど知られていない事のような気がします。
*不動産業は規制産業なので、法律の規定に従って規制を遵守していかないとならないのは当然であります。つまり、「不動産屋が嫌がるから」云々ではなく、逆に規制を受けて強制させられている立場、ということ。
次に、レインズの物件データは、各不動産業者がひとつひとつ足で集めた情報をコツコツと登録してメンテしているデータベースであって、不動産業者間の物件情報共有の為に、利用者である不動産業者がお金を払って維持しているわけです。
つまり、法律で定められて、「指定」された所がやっているけど、運営は民間、という建前。(で、それを国交省の天下り団体である不動産流通推進センターが仕切っている、という構図)
国や行政などの公共のデータベースや、公的機関等が保有しているデータを集めた、いわゆる「ベース・レジストリ」と混同してはいけません。
なので、何をするにもまず、「そもそも『物件データ』は誰のものなのか」、という所からじっくりと議論する必要があるでしょう。
追記:>「不動産の『物件データ』は誰のものか」を書きました。
論点1:誰に対して何を「オープン」にするのか
まず、具体的に、「誰」に対して「何」を「オープン」にする話しをしているのか、というのが最も重要なポイントで、それ次第で全く違った話しになります。そこを曖昧にしたまま、「オープン」「オープン」言っても、絶対に話しが噛み合わないことは100%保証します。
誰に対して何を「オープン」にするのか、幾つかパターンが考えられますから、一つひとつ挙げていきましょう。
A)一般消費者に物件広告として「オープン」にする。
これは、普通の物件検索サイトで部屋探し・家探しの物件検索が出来るのと同じ様に、一般消費者がレインズのデータの中で物件広告の情報に限りアクセスできるようにする、というパターンですね。
これするには、まず業法という法律を改正しなければならないでしょう。現状、レインズには「宅地建物取引業者に対し」という業務上の縛りがありますからね。(法律を拡大解釈して勝手に色々やりだしたら「指定」から外されてしまうリスクがあるので「ことなかれ主義」の官僚的組織はそもそもやらない)
単に改正と言っても、日本の場合、当初より「業者間流通の為」という前提で法律による強制登録、としてきてしまったので、いまさらその前提をひっくり返して「別の用途に使います」となると、かなりの「おおごと」となります。
これ、同様の物件検索サイトを運営している不動産テック企業にとっては、文字通り死活問題となるので、存続をかけて猛反対するでしょう。具体的にはアットホーム、スーモ、ホームズ、等々やコンバート業者、といった既存のテック企業です。絶対に猛反発してくるでしょうね。新規参入組のテック企業はチャンスって喜ぶでしょうが。
不動産屋にしてみれば広告出稿先が増えただけの話しで、自社物件をメインでやっている不動産会社であれば、広告費のコストも削減できて普通に歓迎ってところでしょうけれど、先物仲介物件メインでやっている業者はちょっと泣き、って感じでしょうか。
因みに、レインズのサーバーって相当ショボいので、ユーザが増えると負荷が掛って速攻でレインズが落ちまくると思います。レインズのサイトはしょっちゅう「負荷が〜負荷が〜」って言ってましたからね。
レインズのサーバーが落ちると、日本全国の不動産屋の業務が一部ストップしかねません。なので、常識的に考えれば、一般消費者に直接レインズへアクセスをさせるのは避けて、「不動産ジャパン」のような別サイトに物件広告の情報を流して、一般消費者はそちらに、ってことになるはずです(もしやるならば、という非現実的な前提のうえでの話しですが)。
B)一般消費者にすべてを「オープン」にする。
これは、物件の所在地も枝番や部屋番号まで含めてモロに情報を公開しちゃうことになりますので、個人を特定出来てしまうわけで、氏名、住所、成約価格、といった個人情報とされることまでが一般に公開されちゃう事になります。(不動産業者には「守秘義務」があるから扱える)
個人情報を一般消費者にむやみに公開したら違法行為になっちゃいます。
なので、これはそもそも無いです。(宅建業法と個人情報保護法を改正しない限り)
個人情報やプライバシーといった基本を無視して単に「オープン」「オープン」言ったって、「ド素人の暴論」扱いされて終わりです。(先日の日経の記事も含めて)
それを抜きにしたとしても、前述の理由と同じで、物件検索サイトなどの不動産テック企業も存続をかけて猛反対するでしょう。
また、これも前述してきた理由に加え、過去の成約価格も含めて誰にでも分かるようになるなら、多くの不動産会社も快く思わないでしょう(良いかどうかは別として)。自分たちが苦労してコツコツ集めて自腹でメンテしてきたものですから、それを取り上げられるというなら反対する人達も多いでしょう。
「『物件データ』は誰のものなのか」、という議論が必要だ、というのはそういうことです。
C)異業種に対して「オープン」にする
いわゆる「不動産テック企業(日本では不動産業者以外の異業種を指す)」に物件情報を提供して商用利用を許可するということですね。
まず、前述のと同じ理由で、「守秘義務」のない異業種には人のプライバシーに関わるデータは「オープン」には出来ませんね。個人情報保護法にも違反しちゃいますから。
また、これ、業法上の業者間情報共有の目的外にあたりますし、不動産業者としては、自分たちが苦労してコツコツ集めて日々チマチマ更新して自腹でメンテしてきた不動産物件情報データベースを何故によりによって異業種の企業にそれも営利利用できるよう明け渡さなきゃならないのだ?って話で、筋も通ってないし、普通に不快で、多くの人が反対するでしょう。
当然の事ですよね。
普通の会員の不動産業者にとってですら、レインズのデータは転載の利用や一般公開は禁止されているのですから。
レインズのデータにアクセスしたければ、単に不動産業者になって会費払って普通にレインズを利用すれば良いじゃん、という話しです。
それか、アットホームやスーモやホームズのように自前で物件情報を集める努力をしろよ、という話しで。
そうじゃなければ、(色々と無茶な前提がありますが)業界と国に話しをつけてレインズと契約でもして特別料金を月々払って、なおかつ異業種に物件情報を流すかどうかは物件情報を登録する個々の不動産業者がチェックボックで可否を選択できるようにするとか、最低でもそういう話しじゃないと受け入れられないんじゃないっすかね。因みに、物件情報は一般公開や転載は禁止とかいう条件になると思いますよ、普通の不動産業者もそういう条件だから。
D)不動産業者に対してデータ利用を「オープン」にする
これはどういうことかというと、現在、レインズのデータは会員である不動産業者にも「データ」として流用する事は禁じられています。
具体的に言うと、レインズに登録されている他社の物件情報を含めた物件情報のデータは、自社のサイトや他に転載すること(いわゆる二次利用)はレインズの規約上禁止されています。(自社のデータ以外は)自社の業務システムに取り込むことも(実質禁止)出来ません。
中途半端にOKにすると、新たな問題を大噴出させることになるので、日本では現状、禁止は当然かな、とも思います。アホな業者による「無断転載」と「おとり広告」といった「不正利用」の嵐になるのは目に見えているからです。
もしこれ(二次利用)ができるのであれば、私も20年前にレインズのデータを使ってアットホームのような物件検索サイトをサクっと作ってますがな。イヤ、マジで。
因みに、後述しますが、米国ではこれ可能(当然色々条件はあるけど)です。それどころか、規格を標準化してデータをAPIで利用できるようになっています。つまり、転載などしなくても利用できるので、元付のデータがそのまま利用できて、掲載されたままみたいな間違いも起きにくいということ。
論点2:誰と誰のシステムに、何のデータを連携させるのか
「データ連携」というのも特に専門用語ではないので何を指すのか曖昧な言葉です。
一般的には、「異なるシステム間におけるデータのやり取り」を指します。ニュアンス的には連携だと送受信というよりかは関連付けて相互利用できるようにするみたいな感じでしょうか。
これは人間を介したものではなく、デジタルのデータのままで相互に機械的処理でやり取りができるようなことを意味します。具体的には、APIなどでシステムとシステムを繋いで連携できるようにする、ということです。
なので「データ連携」と「オープン」にするかしないか、とは別の次元の話しになります。つまり「オープン」にしない「データ連携」がある、ということです。前述の日経の記事もここ一緒くたに混同して報道してますね。
そして、これも、「誰と誰のシステムに、何のデータを連携させるのか」が重要なのであって、それを抜きに「データ連携できないできない」と騒いでも、?で誤解されて終わります。
もし、不動産業者以外の異業種の企業が「レインズとデータ連携出来ない〜」と文句を言っても、前述の理由の通り、不動産業者ではないのですから、データ連携出来なくて当然ですよね、という話になります。そもそもで述べたように、レインズは業者間流通システムとして存在しているのですから。(先日の日経の記事も完全に誤解し混同して報道してます)
もし、不動産会社が自社の物件管理システムからレインズ(やその他の物件検索サイト)へ物件データを登録や更新をする際に「データ連携が出来ない」のであれば、改善して「データ連携」ができるように機能を追加すべきですね、となります。(私は当初より、これを言っています)
つまり、闇雲に「データ連携できるようにしろ」云々を言うのではなく、「誰と誰のシステムに、何のデータを連携させるのか」を分かるように言わないと、議論というか良し悪しも判断できないので返答のしようがありませんよ、という事です。
「データ連携」を、「オープン」の前提で話しを進められてしまうと、引きづられて本来やるべき「データ連携」や標準化すら話しが前に進まず、出来なくなってしまう、という致命的な問題がはらんでいるんです。
だから、指摘するなら正しく指摘、議論するならまともな議論をしましょうよ。
論点3:米国のMLSとの比較
日本のメディアや「自称専門家」でも、「米国のMLSはオープンで誰でもアクセス出来る」とか言っちゃう人達がいるのですが、よくまぁそんなデタラメを、と思うわけです。
追記:>「米国の不動産業におけるMLS(multiple listing service)とは何か」を書いて、MLSとレインズの比較や、日本で広まるデマについてもそちらで詳しく解説しました。
「論点1」で挙げた、誰に何をオープン(公開)なのか、書いてない時点で失格なのですが、前提としての根本な間違いがあります。
まず第一に、一般消費者が不動産業者同様にMLSにアクセスできるわけでもありません。つまりMLSは「オープン」ではありません。お金を払っている会員である業者やエージェントしかアクセス出来ません。
ただし、物件広告情報は外部サイトへ流れる仕組みは元々あり、外部サイトで物件広告を表示して検索出来るように出来ます。また、個別にMLSが契約した相手と提携して広告情報を流すこともあります。
さらに、MLSによっては、MLSのサイト上で会員向けとは別途に、一般向けに広告情報として物件検索を出来るようにしている所もあります。
そういう意味であれば、物件広告のデータに限って言えば外部へ流れている=「オープン」と言えます。
日本と違って業法の縛りがないですから、自分たちのデータの使いみちは自分達で決められるというわけです。
因みに、米国では、不動産業者が自らやっているので(日本のような業法の兼ね合いは存在せず)MLSのデータを効率的に使い、RETSやRESO APIという仕様を定めて、MLSの物件データを不動産会社のサイト上など外部サイトで検索できるようにしたりするIDX、VOWと言った様々な仕組みを大昔から作っています。当然、物件データをどう扱うか、というのは厳格な規定も存在し、契約等で縛りはあります。
なので、日米では物件データの流れに以下のような違いが生まれます。
