第50講back number「ハッピーエンド」考察〜彼女がついた本当の「嘘」と本当の気持ちを掘り下げる〜
失恋ソングによくある言葉とは裏腹な本音を描いた作品。
「ハッピーエンド」はそんな本音をそっと隠した失恋ソングの中でも最上級の作品の一つであるように思います。
さっと聞くだけでも十分に切なさは伝わってくるのですが、丁寧に歌詞を追うことで主人公の気持ちが一層伝わってくる仕組みになっているので、今回は歌詞を掘り下げていこうと思います。
物語のテーマと結末を一行で伝えるAメロ
〈さよならが喉の奥につっかえてしまって咳をするみたいにありがとうって言ったの〉
『ハッピーエンド』は別れる最後の瞬間を描いた曲です。
歌詞に出てくる「さよなら」は二人が別れる最後のトリガーになるひとことなのでしょう。
文字通り主人公が「さよなら」の一言を言えばそれが二人の最後になります。
最後まで「あなた」に思われているような強い女性でいようとする主人公はその一言をあなたに伝えようとするのですが、どうしてもいうことができません。
それは本心では「別れたくない」から。
それでつっかえたのをごまかすために咳をするように「ありがとう」の言葉を伝えるわけです。
僕は『ハッピーエンド』のこのAメロの歌いだしを聞いた瞬間に一気にこの曲の虜になりました。
この曲は歌いだしで「さよならを言ったらそれで終わり」という結末を示しています。
もうとっくに別れ話もすんでいて、最後の言葉も話し合っていて、あとは最後の一言を主人公が告げるだけ。
当然歌詞の最後には「さようなら」が来るわけですので、この曲はたった数分、もしかしたらたった数秒の出来事であることがここで暗に示されているわけです。
しかも聞いている僕たちは主人公が「さよなら」をいったら終わりという結末を知ったうえでこの曲を聴いていくことになります。
これはサスペンス映画の王道ですが、聴衆が結末を分かっている状態であることによって、そこにたどり着くまでのハラハラした気持ちから没入感が高まります。
以後まるで走馬灯のようにたった数分の中での主人公の葛藤として歌詞を見ていきたいと思います。
〈次の言葉はどこかとポケットを探しても見つかるのはあなたを好きな私だけ〉
この歌は「お互いに思い残しのないすっきりした別れだよね」と信じて疑わない「あなた」に対して、本心では未練だらけでもそれを悟られないように強がっているという構成で進みます。
本当は別れたくないけれどあなたを困らせたくないし、あなたが思う「私」でありたいから強がって「いい終わり」にしようとしている。
そんな主人公が最後にふさわしい「いい言葉」を探すのだけど、探せば探すほどに出てくるのはあなたへの好きな気持ち。
強がった言葉を言おうとするほどに自分の本心に気づいてしまう主人公の胸中が描かれます。
こうした主人公の胸中を聞き手に伝えてBメロに入ります。
心境の移り変わりを描くBメロ
〈平気だよ大丈夫だよ優しくなれたと思って願いに変わって最後は嘘になって〉
「平気だよ大丈夫だよ優しくなれた」というのは別れ話をする中で出てきた言葉でしょう。
僕はここの「思って」「願いに変わって」「嘘になって」というフレーズがすごいなと思っています。
最初は何気なく口をついたそれらの言葉ですが、別れが現実に近づくにつれ、自分の本心を隠せなくなってくる主人公。
やがて「平気だよ大丈夫だよ優しくなれた」というのがそうであってほしいという願いとして自分に信じ込ませようとして、それでも本心を抑え込めないからその言葉が自分の中で嘘になります。
本当は平気じゃないし大丈夫じゃないしあなたが思うような大きな器じゃない。
次第に自分の気持ちが抑えられなくなっていく過程をたった1フレーズで
描き切っているのが本当に見事だと思います。
彼女の強がりと彼女の本音を描いたサビ
〈青いまま枯れてゆく あなたを好きなままで消えてゆく〉
あなたはこの別れを前向きなものだとして「ハッピーエンド」と思っているとするなら、主人公にとっての「ハッピーエンド」は青い果実が色づいてやがて熟して最後には自然にぽとりと落ちることなのでしょう。
ふたりはまだ青い果実の状態。
そんな状態での別れを主人公は望んでいません。
しかしそんな本音をグッと押し殺して彼との別れを受け入れています。
その気持ちが〈私みたいと手に取って奥にあった想いと一緒に握りつぶしたの〉という歌詞に出ています。
まだじっくり育てたい果実を自らの手で握りつぶすという比喩からは主人公の悲痛さがこれでもかと伝わってきます。
サビの後半部では主人公の本音が描かれます。
〈今すぐに抱きしめて私がいれば何もいらないとそれだけ言ってキスをして〉
主人公の本音はこれです。
本当は自分を必要としてほしいし自分だけを見ていてほしい。
しかしそういった直後に〈なんてね嘘だよ〉と言ってそんな「漏らした本音が全部嘘だよ」という嘘をつきます。(もしかしたら実際に言葉にもしていないのかもしれません)
そして代わりに伝える言葉が「ごめんね」というもの。
この「ごめんね」という言葉には私の方も気持ちの整理がついているからという思いがあるのでしょう。
でもその言葉は本当は嘘のもの。
主人公は本音を「嘘だよ」という嘘をつくことであなたのハッピーエンドを成立させようとしているわけです。
2番から大サビへと向かって「ハッピーエンド」へと近づいていく
著作権の関係があるのでカットしますが二番のAメロは付き合いたての二人を思い返す場面からはじまります。
昔のあなたは私のことを守ってくれる、大切にしてくれる存在だった。
それが今は台頭でなんなら自分がいなくても生きていける存在だと思われている。
一方で主人公は今も昔も自分のことを守ってくれようとしたあなたが大好きな気持ちは変わっていないし、自分はそんなに強くもなっていないと思っています。
そんな気持ちで二番のサビに。
前半は一番と同じなので割愛します。
二番で出てくる主人公の本音は〈私をずっと覚えていて〉であるのに対して〈嘘だよ〉と伝えるのは〈元気でいてね〉と別れた後のあなたを気遣う言葉。
ここでもグッと本音を押し殺してあなたが思うわたしを精一杯演じる場面が描かれます。
最後の大サビに入る前の場面で主人公の目線から映る今のあなたの様子が描かれます。
〈泣かない私に少しほっとした顔のあなた相変わらず陽気ねそこも大好きよ〉
これほどまでに本心ではあなたと別れたくないと思っている主人公ですが、当のあなたは無邪気にもそんな気持ちに全く気付いていない様子です。
でもそんなあなたを恨むでもなく「そこも大好き」と受け入れる主人公。
ここは本音を描くと同時に、そんな主人公の姿をみてもう別れたくないとゴネることもここから本心を打ち明けることもできないというどうしようもない主人公のあきらめと最後の「さよなら」をいう決意がうかがえます。
大サビ前にこれをいれることで、あなたに一切負い目を感じさせることなくすべて自分が引き受けて別れようとする最後の悲壮感が一層際立つ演出が本当にすごいと思います。
そして最後のサビ。
〈気が付けば横にいて別に君のままでいいのになんて勝手に涙ふいたくせに〉
「気がつけば横にいて」というところからこれまでの別れ話は向き合ってしていたということがうかがえます。
泣かない私をみてほっとしたあなたの姿に思わず涙を流してしまった私。
そんな「いつもと違う」私の姿にそっと横にすわって涙をぬぐう。
そんな最後のやさしさにあなたとの思い出がまた思い出されます。
〈見える全部聞こえる全て色づけたくせに〉
あなたが今見せてくれたやさしさのおかげで楽しかった毎日を思い出します。
最後の最後にかけられたやさしさのせいで景色が全て違って見えるくらいに大切だったことを再確認する主人公。
〈青いまま枯れてゆく あなたを好きなままで消えてゆく 私みたいと手に取って奥にあった想いと一緒に握りつぶしたの〉
そして改めてそんな思い出を自ら封じ込めて最後の「嘘」を吐くわけです。
〈今すぐに抱きしめて私がいれば何もいらないとそういって離さないで〉
もちろん主人公の本音はこっち。
しかしそんな風にいってあなたの描くハッピーエンドを邪魔する気もなければ、今更覆ることもないと全てを受け入れている主人公はそんな本音を一瞬見せた直後に「なんてね嘘だよ」とあなたに語り掛けます。
そして最後にあなたに伝えることばは冒頭でためらい続けてどうしても自分の口から言葉にすることができなかったあの言葉。
「さよなら」
主人公は自らの嘘で二人の関係に幕を下ろすわけですが、それを最後まで何も気づかせない主人公の決意と何も気づいていないあなたとの対比の中で描かれるその過程の心情の変化が本当にすごい一曲だと思います。
そしてそんな曲につけた『ハッピーエンド』というタイトル。
繊細な主人公の気持ちを描かせたときの清水依与吏さんの右に出るものはいないんじゃないかと思わせてくれるback numberのこの曲。
間違いなく色あせない名曲であるように思います。