
運動会での大失敗
教員生活1年目の2学期。
夏休み終了後、すぐに運動会に向けて動き出した。担任していた4年生は、ボールを運んで速さを競う、その名も「スーパー玉送り」を行う。この競技の指令台に私が立つことになった。とはいえ、私の指導はうまくいかないことが多く、先輩の先生方にたくさん助けていただき、何とか形になった。そして迎えた、本番当日。
私の出番は、運動会序盤。前の競技が終わり、心の準備ができないままに指令台に上がった。
「よーい、〔パァーン〕!」
雷管の音で「スーパー玉送り」が始まった。子どもたちが懸命に一つのボールを繋いでいく。
次に雷管を鳴らすのは、一位のチームがゴールした瞬間。そのために競技の行方をきちんと見ておく必要があった。しかし、私は緊張のあまりその一位のチームがゴールした瞬間が目に入っていなかった。今思えば、かなりのパニック状態になっていたと思う。
「〔パァーン〕!」
私は少し自信がないと思いながらも、自分から見て近くのチームがゴールしたのを見て、雷管を鳴らした。
「結果を発表します。赤5点、白5点。よって、引き分け!」
場内がざわついている。担当の先生方があわててこちらへ来る。
そう、私は、結果を間違えて発表していた。そして後から分かったのだが、雷管を一位ではなく二位がゴールしたタイミングで鳴らしていた。
顔面蒼白で指令台をおりた。結局、次の競技までの間に、校務主任の先生に結果を訂正していただき、その場は何とかおさまった。
失敗のショックが大きすぎて、運動会のお昼ご飯は全く味がしなかった。今でも秋になると思い出す、苦い経験である。
どうしたらよかっただろう。2点に絞って書いておく。
1つ目は、実力把握不足に伴う「準備不足」。
私は、当日を迎えるまでにも、指令台の上で緊張してパニックになることはあった。しかし、競技結果は自分で見るものだと勝手に思い込み、他の先生に助けを求めなかった。「自分がパニックになるかもしれない」と冷静に把握し、その上で、適切に判断すれば、こうしたことは起きなかっただろう。当時は1年目。できないことがあって当たり前。だからこそ、きちんとお願いしておく必要があった。
2つ目。結果が分からないならば、「きちんと他の先生に聞く」。
雷管を鳴らすタイミングも自信がなかったわけなので、当然、結果発表も自信がなかっただろう。それなのに私は、発表の前に結果の確認をしなかった。軽いパニックに陥り、「多分」で発表したからこういうことになったのだ。多少時間をかけてもいいから、他の先生に一言聞けば、防げたミスだった。
考えてみると、私は、「助けてください」と言えない初任者だった。「まずは自分で考えないと」と思い過ぎたり、プライドが邪魔をしたところもあったり。まずは、何でも聞くことが大切だと今なら分かる。
運動会は、子どもたちにとってハレの場。活躍したい、頑張りたいという気持ちで臨む日である。黒子である教師が、うまく進行しないと、子どもたちの活躍に水を差す。私は当時の子どもたちに迷惑をかけてしまった。それだけではない。保護者の方や地域の方がたくさん集まる運動会の場で盛大にやらかした。そのことで「あの先生、大丈夫か?」と思われ、信頼が揺らいだことは想像に難くない。
1年目は相当苦労したが、こうした一つ一つのミスが、子どもとの関係を難しくしてしまったのだと思う。
「周りの先生とのコミュニケーションを大事にして、仕事を進めること」
子どもにとって信頼される大人で在り続けるために、初任者も中堅教員もベテランも大切にしていきたいことだ。
このブログでは、現役教員としてたくさんの失敗を積み重ねてきた私が、当時の失敗を今ならばどうするかという視点をもち、書いています。教師として働いている皆様に向けたヒントとなることがあれば幸いです。
また、時には教育の世界に向けた私自身の思いを語る場になることもあるでしょう。
興味があれば、フォローや感想がいただけたら、励みになります。学校教育を皆様とともに素晴らしいものにしていきましょう!