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【入門編】キング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードを友達に勧めたい

 ファンとは自分が好きなものを人に勧めたくなる生き物だ。それを知れば人生がより豊かになるという思いやりの皮をかぶったエゴは時に人を困らせる。「上には上がいる」と言いながら心の中では自分が一番好きだと自負している。そんな思い上がりを隠し通そうと澄まし顔をしても頬を紅潮させて話すことをやめられない。なぜならファンだからである。

Photo : Maclay Heriot

 キング・ギザード&ザ・リザード・ウィザード(King Gizzard & The Lizard Wizard)はなんとも人に勧めにくいバンドだ。オーストラリア・メルボルンで2010年に結成された現6人編成のサイケデリックバンド。来日したこともあり日本でもそれなりの知名度があるように感じる。最大の特徴は異常な作品数で、2012年のアルバムデビューから2024年7月までに25枚ものスタジオアルバムを出しており、8月には26枚目のリリースが控えている。しかもその音楽性はサイケを基調としながらガレージやメタル、プログレ、ジャズ、ブギ、エレクトロニックと多岐にわたる。それにやたらと長い曲が多い。

 その多作でつかみどころのなさが魅力でもあるものの、それこそが新たなリスナーを遠ざける要因にもなっているのも事実だ。何より友達に勧める時にとても悩む。だからバンドの魅力が伝わり、その奇妙な生態も理解できる曲を考えたい。『ジョジョの奇妙な冒険』も4部や5部から読み始めたほうがすんなり入れる。耳に残りやすい“即効性”がありつつバンドの特徴をよく捉えていて、かつ聴いてもらいやすいよう短い曲が良さそうだ。以下がその7曲である。


「I’m in Your Mind」 - 5th『I’m In Your Mind Fuzz』(2014年)収録

 キング・ギザードは楽しいバンドだ。楽しませることに特化したバンドと言ってもいい。そして幅広いジャンルを横断する一方で手癖が多いバンドでもある。一貫して“キングギザードっぽいサウンド”が存在する。それはどんな作風にしても滲み出てしまう個性。料理で味覇を入れると味が整うが、必ず味覇の風味が残る。彼等は独自の調味料を絶妙に調合して創作料理を作る。「I’m in Your Mind」はそれを確立した作品だ。

 疾走感のあるギターやブルージーなハーモニカ、クラウトロックのようなタイトで反復的なドラムは彼等の基本形とも言える。聴くものの耳へと流れ込み、侵食された脳はアルバムジャケットのごとき異世界の景色を網膜へと逆流させて目の前に映し出す。あとは意識に身を委ね体を動かすだけである。

 この曲は続く「I’m Not in Your Mind」「Cellophane」「I'm in Your Mind Fuzz」の全4曲のメドレーになっているものの1曲単位でもそのクオリティは十分に伝わるし、曲間もシームレスなので気づいたら全部聴いていた、なんてこともありえる。この曲に異形のバンドの核が宿っている。

(KGLW警察に摘発されないように補足すると、スタイルの萌芽を見せたのが3rd『Float Along - Fill Your Lungs』、確立したのが『I'm In Your Mind Fuzz』、それをさらなる高みへと押し上げたのが8th『Nonagon Infinity』というのが私の認識だ。特に8thはハマったうえで最初から通して聴いてほしいという思いで今回は除外した。これもまたエゴである)


「Planet B」 - 15th『Infest The Rats' Nest』(2019年)収録

 昨年、『セサミストリート』のエルモとアビー・カダビーがオーストラリアのラジオ局「triple J」に出演した。番組ではDJが同国の音楽をいくつか2人(匹?)に紹介したのだが、その中にはキング・ギザードも含まれていた。そして選ばれたのがこの曲である。

 『Infest The Rats' Nest』は(以前からメタル的な曲は存在していたが)初のメタルアルバムとしてファンを驚かせた。2024年7月現在、キング・ギザードの来日公演は2019年のフジロックのみで、この時もメタル曲満載のセットリストだった。だからキング・ギザードをメタルバンドとして認知している人は少なからずいるだろうし、エルモもそう思っているに違いない。

 ただ重要な要素であることには変わりない。最近のライブでは必ずメタルパートを用意しておりバンドとしても強い手応えがあるのだろう。

 「Planet B」はメタルを全く通ってきていない身からすると同アルバム内で一番聴きやすい。疾走感のあるギターは鞭打つようなうねりを持ち、テロテロ弾きまくる感じはもはやキャッチーだ。ザクザク刺すように鳴る音も気持ちいい。メタルと聞いて想像する要素を見事にKGLW流に落とし込んでいる。タイトルは「地球に代わる星は存在しない」という意味の言葉で、環境破壊に警笛を鳴らすスラッシュメタルならぬEnviron-metal(YouTubeのコメントより拝借)だ。彼等の真面目かつユーモラスなスタンスが光る。


「Oddlife」 - 16th『K.G.』(2020年)収録

キング・ギザードは日本には一度しか来たことないのにツアーを精力的に行っている。期間中はほぼ休みなく連日1~3時間のライブを毎回セットリストを変えながら遂行している。彼等とも親交がある日本のサイケバンド幾何学模様が2017~2019年のツアーについて回想しているインタビューが興味深い。

──具体的にバンドでいうと、同じようなタイミングで同じようなフェスで一緒にいたのって、キング・ギザード&ザ・リザード・ウィザード(King Gizzard and the Lizard Wizard)とか?

Go キング・ギザードもそうだけど、頭文字Kのバンドが多いの。幾何学模様、クルアンビン(Khruangbin)とか。フェスとか出ると、アルファベット順に上とか下とかに必ずいる(笑)。だからうちらもKを探すのよ、初めに。

Tomo クルアンビンも(当時は)年間4~5回フェス出てるって言ってた。幾何学、クルアンビン、キング・ギザードとかめっちゃライブするバンドは、みんなから「Hardest working band」って言われてたよね。でもそのおかげもあって、みんなすごく有名になっていったけど。

https://qetic.jp/interview/kikagaku-moyo-220525/430862/

 キング・ギザードのフロントマンであるスチュ・マッケンジーは頻繁にインタビューでとにかく仕事に就きたくないと語っている。その結果、世界でも屈指の「Hardest working band」が誕生した。ちなみにセットリストはエクセルで管理しているらしい。それはもう立派な仕事なのでは……?

 「Oddlife」はそのツアーの忙しなさを歌った曲だ。この曲で使われている微分音という半音よりも狭い音程は2017年のアルバム『Flying Microtonal Banana』で初めて大々的に取り入れられて以降、バンドの代名詞となってきた。『K.G.』は微分音を探究したアルバム第2弾という位置付けだ。

 この曲はヘヴィなギターに風変わりなシンセサイザー、スチュ・マッケンジーと後述するアンブローズ・ケニースミスによるツインボーカルなどが非常にバランスよく混ざり合ったキング・ギザード流の“ストレート”なロックに仕上がっている。こういう曲をさらっと作れるあたりにバンドとしての強さを感じる。


「The Spider And Me」- 11th『Sketches of Brunswick East』(2017年)収録

 時系列は遡り、キング・ギザードは2017年に5枚のアルバムを世に放った。これはリリーススピード、クオリティ、幅の広さという意味で転機の1つになったはずだ。

 そのうちの1枚『Sketches of Brunswick East』はアメリカのサイケバンドMild High Clubと一緒に作ったジャジーなサイケだ。個人的な感想を言うと、1日の時間の流れが感じられる作品で、通して聴くと静謐でドキュメンタリーチックな映画を観たような満足感がある。

 「The Spider And Me」はタイトル通り「蜘蛛と僕の友情(???)」を歌っており、平和なのか一周まわって不気味なのか思わず笑みがこぼれてしまう。童謡のような親しみやすいメロディながら、聴き心地は非常にサイケデリック。鳥のさえずりなども聴こえてくる。派手ではないしファンの間でよく名前があがる曲でもない。それでも本気なのかふざけているのかわからないキング・ギザードの世界観に触れるには絶好の曲だと思う。前の曲とは全く違った雰囲気ながら、これもまたキング・ギザードのれっきとした一面なのである。

 ちなみにBrunswick Eastはメルボルンにある地区。曲名にもなっているLygon Streetがメインの通りで、かつてはリリース当時の自主レーベル「Flightless Records」(現在はP(Doom)」も存在した。レストランなどが立ち並び、さらに1本西の大通りまで行くとライブハウスや古着屋などが集まっている。一体がカルチャーの発信地的なエリアとなっている。


「Grim Reaper」 - 20th『Omnium Gatherum』(2022年)収録

 記念すべき20枚目のアルバム『Omnium Gatherum』は「まぜこぜ」というタイトルの通りさまざまなジャンルが詰め込まれており、そのうち「Grim Reaper」と「Sadie Sorceress」はヒップホップを最初に直接的に取り入れた曲である。特に前者はライブでも頻繁に演奏されるビースティ・ボーイズオールドスクールなノリの人気曲。マイクを握るのはAmbyの愛称で親しまれているアンブローズ・ケニー・スミス。キーボードやサックス、ハーモニカを操るお調子者のマルチプレイヤーだ。

 コミカルなキーボードと跳ねるようなドラム、怪しげなフルート、2ヴァース目に入るギター……と珍しくタイトな構成となっている。ライブではシンセサイザーを大々的にフィーチャーしており、Ambyがステージ上を歩きながらラップする姿が定番になっている。彼のキャラクターはバンドをより一層魅力的にしている。


「Deserted Dunes Welcome Weary Feet」 - 12th『Polygondwanaland』(2017年)収録

 かつてザ・グレイトフル・デッドというバンドが存在した。説明は人類の叡智が集結したwikipediaに譲るが、彼等は基本的に著作権を放棄していたため、デッドヘッズと呼ばれるファン達はライブで録音したテープや自作のTシャツを売買しあっていた。

 キング・ギザードも基本的にブートを容認しており、『Polygondwanaland』は公式サイトで無料でダウンロードできるだけでなく、実際にレコードやCDにして販売することもできる。そのためこの作品は相当数のレーベル違い盤が存在する。ちなみにライブアルバムもダウンロード可能で、数枚のコピーをバンド側に送ればあとは自由に販売できる。

 「Deserted Dunes Welcome Weary Feet」は、音で情景を描くという楽曲制作の巧みさが発揮された1曲だ。複雑なリズムや重なり合う3本のギターは砂漠のブルース的な趣もあるし、後半にシンセサイザーが入ってからはゲーム音楽のような雰囲気も感じられる。聴いているだけで疲れ切った旅人が砂丘をさまよう光景が浮かんでこないだろうか。

 ちなみにこのサイトでいかれた熱心なファンがほぼ全曲のリズムをまとめている。なんかわからんがすごい。https://www.reddit.com/r/KGATLW/comments/nsqgxk/king_gizzard_the_lizard_wizard_time_signatures


「Iron Lung」 - 21st『Ice, Death, Planets, Lungs, Mushrooms and Lava』(2022年)収録

 前言撤回。やはりキング・ギザードの話をする上で長尺曲は欠かせない。彼等は2022年10月にアルバムを3枚もリリースし、多作ぶりに慣れていたファンですら震撼させた。その中の『Ice, Death, Planets, Lungs, Mushrooms and Lava』に収録されている「Iron Lung」は約9分ある。

 このアルバムはジャムセッションから派生した作品で、「Iron Lung」は特に多様な展開を見せる。叙情的なフレーズから始まり、情熱的なサックスや徐々に熱を帯びるギターがグツグツと煮込まれるように混ざり合い、混沌としてくる。そしてクライマックスに向かってAmbyのシャウトが一気に爆発し、最後にまた静かになる瞬間にはカタルシスすら感じられる。グラフィックが目まぐるしく変形するMVも素晴らしい。

キング・ギザードはライブでも平気で1曲を10分以上演奏するが、長尺曲にしかない楽しさがある。反復的なフレーズに耳を傾けると少しずつ意識が遠のいて無心で踊ってしまう。キング・ギザードはやっぱり楽しいバンドだ。

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 この7曲は屈指の人気曲からライブでもあまり演奏されないものまでさまざまだが、どれもキング・ギザードの個性が十分に詰まった作品だ。同じバンドと思えない振り幅ながら、1本筋が通ったようなまとまりも妙に感じられる。ちなみに8月にリリースされる新アルバム『Flight B741』はブルースだというのだから笑うしかない。

 こんな長文いったい誰が読むんだと思いつつも文章として残さずにはいられなかったし、これをきっかけにたった1人でもキング・ギザードに興味を持ってくれた人がいたら幸いだ。

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