fifteen!
15年。約5500日。
約13万時間。約4億7千万秒。
秒までにするとようやく気が遠くなれる。
あっという間、ではなかったことを
やっとこじつけられる。
これは僕がゴスペル・ディレクターとして活動した時間で、
21歳で独立し、スクールを作り、
今年36歳になるまでの間過ごした時間だ。
15年間、休みなくゴスペルを歌っていたわけではないけれど、
4億7千万秒と換算して膨大感を出したくなるのは、
「その皮」を被り続けることが
いかに僕にとってストレスで苦渋の日々だったのかを我として物語る。
この仕事を始めたのは有耶無耶な理由だった。
10代の頃何度かゴスペルクワイアで歌う経験があったから、
ボイトレスクールの生徒の交流の場として、
そしてグループレッスンできれば時間単価があがるやん、
みたいなヨコシマな気持ちで始めた。
ヨコシマすぎてすぐに壁にぶち当たった。
ゴスペルの先生って、
・ピアノを弾く力
・女声から男声まで歌いこなし見本を見せる力
・何十人いても一人一人の声を聴く力
・全員を引っ張れる声量と歌唱力
・空気を読む力
・キャプテンシー
・連絡の豆さ
・圧倒的音楽的知識
・ボイストレーニングの知識
・人間力、全員に対する思いやり
・愛される力
、、、これだけじゃない!と思うくらい
書き表せないほどのエネルギーが必要だ。
けれど脳が幼少期からイカれてる
自分にとって、天職でもあるとも思った。
僕のゴスペルスクールはみるみる拡大していき、
Switch Of Voice Choirは僕の書いたオリジナルソングを
レコード会社を交えてメジャーリリースするようになったり、
ツアーをしたり、常に満員御礼のライブ。
中卒で何もなかった僕にとって
歌手として、音楽プロデューサーとして、
夢のような日々を歩ませてもらう20代だった。
その反面、、
まるで、
僕たちは、
宗教団体のようだった。
し、
宗教団体みたいだね、って言われるようになった。
がむしゃらに走り続けている時は
気が付かなかった。
「人を引っ張る力」というのが、
時に鋭利な刃と化すことを。
僕が死ねと言ったらみんな死んだと思うし、
僕が全員ソロパートをあげるから
明日までに100万を払え、と言ったら
全員払ったと思う。
自分が怖くなった。
カリスマ、と呼ばれて嬉しかったけれど、
カリスマ、でいることは
耐え難い苦しみにもなった。
僕は嘘が嫌いだ。
人を騙すのが嫌いだ。
それは沢山の人に嘘をつかれ騙された気がしていたからだと思う。
このままカリスマで、
宗教団体の教祖として、
みんなを気持ち良くさせてお金を搾取しまくって
続けていくこともできた。
けれど、それは自分を許せなかった。
だから正直にみんなに全て伝えた。
そうしたらまた僕は
さらなるカリスマになった。
カリスマは止まらなかった。
みんなの理想の「鳥山真翔さん」でいることに
応えようとするたびに、
自分の中の何かが崩れていった。
嘘がつけたらどれだけ楽なんだろう。
きっと誰もが知るスーパースターになるだろう。
生涯安泰だろう。
けれど、僕はブレなかった。
全て正直に生きた。
人を騙したくなかった。
あなたの夢はこのままでは叶わないよって、
正直に伝え続けた。
一人、また一人、
メンバーやスタッフに毎日問いかけ、
毎日一人ずつ、辞めてもらった。
みんな僕の本気を感じながら、
寝ずに、全てをここに捧げてくれていた。
毎日みんなの涙、
絶叫のような嗚咽を見たし
涙を超えて僕に嫌がらせをする人たちも
増えた。
愛は憎悪に変わる。
円形脱毛症になって血も吐いたけど、
いまとなっては、
それが、誇りだ。
一人きりになったら、
気持ちが楽になった。
余ったエネルギーで、
気楽に美顔ボイトレ®︎という事業を始めたら
僕はスターになり始めた。
テレビに何十本も出て、
マツコさんと共演したり、
書籍は重版され、常に何ヶ月もキャンセル待ちのボイストレーナーになった。
その裏で、
僕の中でどうしても断ち切れぬ何かを探すように、
月に4回のゴスペルレッスンを
細々と続けてみた。
それが、
「音nari」だ。
若い子達の教祖の自分から、
大人の気楽な趣味の時間へ。
美顔ボイトレの生徒さんたちが
続々と通ってくれるようになり、
安定の日々を過ごせるようになった。
楽しかった。
本当に楽しかった。
けれど、僕には、
やっぱり、、
嘘がつけなかった。
僕は何も言わない存在になった。
この人たちが、
もっとこうしたら成長する、
なんてわかりきってる。
けれど趣味の範囲で楽しんで続けよう
というコンセプトの中、
僕は気がついても黙るようになってしまった。
ミドルエイジクライシスの
繊細さは理解しているつもりだし、
いくら僕が言ってももうすでに自分なりの幸せの方法をみつけているのであれば
それを尊重するのが「大人」だ。
音nariと名付けてから、
5年間。ある程度みんなとは上手くやってこれたと思う。
まるで「大人の恋愛」だ。
黙ってでも上手くいけばいい。
けれど、みんなは着実に気がつき始めるのだ。
僕という魂はもっと求めている、と。
みんなメキメキ成長するようになった。
けれど、僕が黙っていてはその成長には天井があり、
上手いこと伝える方法を考え続けた。
バランスがわからない。
そして、
僕はまた迷いの海の中へドボドボと、
全身を拘束されたまま
落ちていくのである。
どう振り切っても、
僕は完全体から遠のいた。
僕はみんなと同じように、
この短い人生の中で、
完全体になってみたいのだ。
向いてないんだなって、思った。
中途半端にできるなら向いてるけど、
できないから、向いてない。
人生なんて必ず中途半端になるのだろうけれど、
今このまま死んだら、
僕はまだ見ぬ僕に、
それこそみんなが求めてくれた「鳥山真翔」のカリスマに出会えぬまま死ぬことになる。
だからこそ、僕は今回BETしようと思う。
何が起きても、
人を傷つけても、
自分が傷ついても、
1番大切で、
1番意固地に守ってきて、
僕というアイデンティティである
ゴスペルのディレクターという職業を、
次の人生に、全BETする。
僕というエネルギーの大半を
これだけ使ってきた場所。
それを捨てることは、
そのエネルギーの大半を別に使えることになる。
その「鳥山真翔」を
みんな見てみたかったんだと思うし
そのためにみんなが愛して探してくれた。
僕は、全てといっていいほどの財産を
BETするのだ。
終わりに適したメンバーが残った。
数千人が関わってくれたけれど
今が僕のゴスペルクワイアはベストだ。
、、
この賭けに勝ちたい。
だからちゃんと終わらせる。
15年があればこんなことができた。
15年を失うわけではなく、
15年は僕自身だ。
次の人生のステージでは
その力を足し算できる。
終わるけど、
なくなるわけじゃ、
ないんだ。
15年間、本当にありがとうございました。
全ての勝負が終わって、
また僕が違うステージにいったときに
幾重の奇跡が重なり、たまたま
みなさんのステージとばっちし合えば、、?
また一緒に歌いましょ!
明日のステージがんばるぞ。
本当に、
楽しかった!
、、、
本当に、、
苦しかった!
鳥山真翔