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【短編小説】黒い羽のトナカイさん

God Jul!(ノルウェー語でメリークリスマスの意)
烏とノルウェーの小人ニッセの一晩限りのコンビの話。

上記の話と同じ世界線の話ですが、読まなくても読めます。

 北海を渡って、カエデの葉を細かくちぎったような細かい峡湾が見えてきた。ここまでくれば目的地はもうすぐだ。
 大烏は大人の腕ほどもある翼に力をこめ、ゆっくりと高度を下げ始めた。
 フィヨルドと氷河の国ノルウェー。スカンジナビア半島に位置する自然豊かな北欧の国だ。
 到着したときには既に日は落ちかけ、街は薄闇に沈みかけていた。いたるところに飾られた電飾や家々の窓にともる電灯が夜空に輝く星たちのように輝いている。雪がそれらを反射するので思ったより暗くないが、いかんせん寒い。いくら優秀な羽毛のコートを着こんでいても、忍びよってくる冷気は身体に堪える。

「まったくいろんなところ飛び回っちゃいるけど、ここは相変わらず寒いねえ。ま、去年のクリスマスも似たようなところにいたけどさ」

 大烏はぼやきながら三角屋根の頂上に座って北欧の街並みを見下ろした。
 日が落ちたからなのか、それともたまたま時間帯的に少ないのか人通りはまばらだ。皆、足早に歩いて家を目指している。烏はそれをのんびりと眺めた。あいにくここで声をかけるほど親しい人間はいない。人間以外ならば知り合いがいるのだが――。
 そのとき烏の優れた目が、路地裏に息を潜めるかのように蠢く赤い塊をとらえた。烏は目を輝かせると一気にその塊めがけて急降下した。

「やあ、ニッセ。サンタクロースの手伝いははかどっているかい? それとも家畜の世話に追われてるかい?」

 突然声をかけられて飛び上がった小人は、烏の姿を認めるなり嘆息を落とした。目深にかぶったとんがり帽子から見えるのはたくわえたもじゃもじゃの白ひげだけで、その表情をうかがい知ることはできない。

「なんだ、お前か。どうした。今日は仕事でもあるのか?」
「まあ、あるといっちゃあるね。でもすぐ終わるさ」

 肩をすくめると小人は鷲鼻に皺をよせた。

「そりゃ常夜の国からはるばるご苦労様なこった」
「まったくさ。去年はアイスランドだったんだから、トロールと人食い猫に挨拶してきたんだけどね。ま、今年もこうやって知り合いに会えてよかったよ」
「からかったの間違いじゃないのか?」
「そうともいうね」

 正直に伝えると小人が苦笑した。

「まったくお前ってやつは本当に怖いもの知らずだな。トロールたちはともかく人食い猫のほうは下手すりゃお前が食われるんじゃないのか」
「ま、そういう手合いのものには慣れているからね。ところで君はクリスマスの仕事かい?」

 背負った袋を指し示しながら問うと小人は頷いた。

「まあこの時期だからな。みんな大忙しよ」

 この国で子どもたちにプレゼントを配るのはニッセという小人たちだ。元は農家の守り神として人々と交流を持っていた小人であったが、時が流れ、いつしかサンタクロースの仕事までするようになっていた。まったく働き者の小人たちである。

「ところでお前、腹は空いてないか?」
「空いているか空いていないかで言ったら空いてるね。ここまで飲まず食わずで飛んできたから」

 別に今日丸一日何も食べなかったところで死ぬほどやわな身体ではないが、長距離を寒風が吹く中突っ切れば腹もへる。では住処である常夜の国で何かつまんできてから行けばよかったではないか、との声が飛んできそうだが、そもそも烏はここひと月ほど常夜の国には帰っていない。冬は人間もあわてんぼうになって、うっかり死にやすいのだ。おかげで自分の出番が増える増える。もっともそうでなくとも戻ろうとは思わないが。
 なにせ常夜の国というのは悪鬼悪霊が住み着く世界なだけあって、出てくる食べ物も陰鬱なものばかりなのだ。蛆のわいた肉に熟成を通り過ぎてもはや元が何だったのかわからない液体。世間は七面鳥の丸焼きとワインでお祝いしているというのに、わざわざカビと手をつないだ硬い古肉とお友達になっているなんて馬鹿みたいではないか。

「じゃあラム肉はどうだ? 今ちょうど一切れ持ってる。小腹を満たすくらいにはなるだろうよ」

 小人は背負った袋からラム肉を取り出した。

「いいのかい? それじゃあお言葉に甘えて」

 放り投げられた肉の塊を飲むと、肉の旨みが空っぽの胃にしみ渡った。やはりクリスマスはいい。美味いものが勢ぞろいする。どこぞの陰気な国とは大違いだ。

「ところでお前さんの仕事ってのはもう終わったのか?」
「いいや、まだだよ。これからさ。ここから南に行った郊外にオルセンって家があるだろう? そこに行くのさ。まったくクリスマスも迎えられずに終わるだなんて、ついていない男だね」
「……ちょっと待て。オルセンって言ったのか? アイリク・オルセン? コルボンの?」
「ああ、そうだよ。知り合いかい?」

 強張った空気を感じとり、烏は首をかしげた。たしかに知り合いならば気まずいだろう。何せ自分の役目が役目だ。こういうことはたまにあるので、烏もしくじったなあと軽い罪悪感を覚えた。
 だがさすがの烏も小人が発した次の言葉には固まった。

「俺の家主さ」
「……それは、どうもお気の毒に」

 絞り出した言葉はひどくかすれていた。
 ニッセは家の守り神である。寝静まった夜に家畜や家の掃除をしてくれる妖精だ。自身が軽んじられたと思えば家を出ていってしまうが、逆に大切に扱えばいつまでもその家に住んでくれるという。
 目の前の彼は「家主」と言った。それはつまり彼と緩やかな交流を続けている人間であり、彼の庇護下にある人間である。同じ一つ屋根で暮らしていれば愛着だってわくだろう。烏はそんな同居人がクリスマス前に死にますと告げてしまったのだ。居心地が悪いなんてものじゃない。
 小人はずいっと顔を近づけた。

「なあ、死を予兆する大烏、夜を翔ける空の友よ。一つ頼みたいことがあるんだが」
「おっと、やめておくれよ。私には死を先延ばしにするような、そんな大層な権限はないんだ」

 嫌な予感を覚えた烏は小人の鼻先に翼を突きつけた。

「そんなことを言ってくれるな兄弟。さっきラム肉をあげたじゃないか」
「それは君が勝手にくれたものじゃないか。そこに慈悲はあっても交渉の材料にしようだとか汚い思惑はなかっただろう?」
「事情が変わったんだ。頼むよ」

 小人は頭を下げてなおも食い下がる。烏は首を振った。

「やめてくれ。私にできることは何もないんだ。お前さんだって私がその袋の中身をおくれとねだったらくれるのかい? あげられないだろう。だってそれは子どもたち用のプレゼントなんだからね。君が私に要求しているのはそういうことだよ」
「いいぞ」
「……は?」

 烏はぽかんと口を開けた。やがて言葉の意味が徐々に頭に浸透してくると激しく翼をばたつかせて叫んだ。

「い、いやいや君、何を言っているのかわかっているのかい!? 私にあげてしまったら子どもたちのプレゼントはどうなる!」
「まあ落ち着け。これを見ろ」

 小人が袋の口を緩めるとその中身があらわになった。燻製ラム肉に米、バター、ザワークラウトやシナモンの小瓶。そして銀色の牛乳缶。よくもまあ入ったなと感心するほど、ぎっしり食品たちが詰めこまれていた。

「は? プレゼントじゃない?」
「元々俺は家の仕事しかしないニッセでな。これを見てわかる通り、俺がやってんのは仲間たちの手伝いさ。クリスマスを本業にしてる奴はもっと忙しい。それこそ寝る間もないほどにな。これはそいつら用の差し入れなんだ」

 ひげで覆い隠された口がにやりと上がるのを、烏はたしかに見た。

「それで、なんだって? 袋の中身を寄こせば、お前は俺の家の軒先で死神を呼ぶその素敵な声を封印するんだったか? いいぜ。この袋丸ごとくれてやるさ」

 小人はにやにやと笑った。

「……君は守り神より詐欺師が向いてるんじゃないのかい? まったく私を出し抜くなんてとんだニッセだよ君は」

 烏は深いため息を落とした。逆の立場ならごまんとなったが、いいように転がされて条件をのまされるなど数えるほどしかない。数少ない欺瞞者の名にまさか素朴な家妖精が名を連ねるとは思いもしなかった。
 小人は腕を組んで鼻を鳴らした。

「なんとでも言うがいいさ。で、何がほしいんだ?」
「……ラム肉全部だ。それで手を打とう。でも言っておくがね、私には死神のような権限は何ひとつないんだ。できてもせいぜい一日遅らせるくらいさ。だからクリスマスにはどの道間に合わないよ。今日は二十三日なんだから」
「いや、それでいい。この国のメインはクリスマスイブだ。明日まで持ってくれりゃあ上出来さ」

 烏は瞬いた。

「プレゼントも?」

 小人は頷いた。

「ああ。この国じゃプレゼントのリボンを解くのは二十四日と決まっているのさ」
「へえ、そりゃ知らなかった」

 自分でもあからさまに気のない返答だと思ったが、小人は気にすることなく続ける。

「俺はアイリクの五代くらい前からその家に住み着いていたんだが、アイリクはその中でもミルク粥を作るのが一番うまくてな。しかも毎年欠かさずお椀いっぱいに用意してくれるんだ。しかもまだ俺の背丈とちょうど同じくらいの頃からな。
 それで、たしか今年の秋くらいだったか? 風邪をこじらせて、そのまま坂を転がり落ちるように悪くなっていってな、医者からも今年は乗り越えられないんじゃないかって言われたらしい。でも今年は娘が孫を連れてやってきてくれるんだ。せめて孫の顔を見てから眠りについてほしい。それくらい許されたっていいじゃないか。俺はあいつがどれほどいい奴で、俺をどれほど大切にしてくれたか知ってる。だったら最後に奇跡くらい起こってもいいじゃないか。
 ああ、そうだ。アイリクはな、七歳のクリスマスのとき――」
「なるほど。よくわかった。もう結構。この地区の死神が指さし確認を怠らない勤勉な死神でないことを祈るよ」

 烏は半ば強引に小人の言葉を遮った。止めなければいつまでも話し続けそうだったので。
 小人はまだ話し足りなさそうではあったが烏は無視した。せっかくの一日を小人の同居人の歴史紹介だけで終わってしまってはもったいなさすぎる。

「ところでお前さん、飛行には自信あるか?」

 ふいに投げられた言葉に烏は眉根をよせた。

「私をなんだと思っているんだい? そこらのスズメか何かに見えるのかい? 私は常夜の国からこの世界の端まで渡り歩くワタリガラスだよ? 私が空を飛ぶのに自信がなかったら、他の鳥どもは飛んですらいないのさ」

 烏はくちばしを鳴らした。もしも羽の先ほどの揶揄でも含まれているものなら、飛びかかって帽子の下に隠された目を帽子と同じ色に染めてやる。
 だが小人の口から出てきたのはあまりにも予想外な言葉だった。

「そいつはよかった。ちょっとお前さん、俺のトナカイになっちゃくれないか」
「……はあ?」


 痛いほど澄んだ夜空に星が瞬いていた。
 眼下には細長い針葉樹の森の間にぽつり、ぽつりと明かりが灯っているのが見える。赤茶色の丸太の肌が月明かりに照らされ、悲しく光っていた。
 身を切るような風が容赦なく冷たい刃を突きつけてきて、烏は身を震わせた。
 自分はなぜ深夜の北国の空を飛んでいるのだろう。いくら自慢の羽毛を備えていようが北国の夜はそれなりに身にこたえるというのに、わかっていて頷いてしまった自分は愚かだ。プレゼントの運び手など角の生えた四つ足でもあるまいし、凶報の象徴たる自分には不似合いにもほどがある。なぜこんな馬鹿な誘いに頷いてしまったのか今でもさっぱり理解できない。あのときは頭がどうかしていた。
 烏の身震いを目ざとく見つけた搭乗者が声をかけた。

「寒いならマフラーでも巻くか?」
「お気遣いどうも。でもいらないよ。私には優秀なコートがあるからね。ところで君、小人のくせにやけに重たいね。いったいオルセンの孫とやらはどんなプレゼントを頼んだのやら」
「ストールだよ。アイリクが編んだな。あいつの嫁は編み物が得意で、娘が気に入っていたことを知っていたからな、不慣れな手で編んだのさ。それを俺がきれいにラッピングしたというわけだ。重いのは単純に俺の重さだろうよ。吹けば飛ぶような体じゃ、豚や羊たちに吹っ飛ばされちまうからな」
「……」

 烏は無言で翼を動かした。凍える風がちょうどよかった。寒さに気をとられていれば余計なことを考えずにすむ。目的地まで残り十分ほど。それまでこのきまりの悪いフライトを乗り切りさえすれば後はどうとでもなる。
 もうあと十年はこの国に近寄るまい。そう決心し、烏は風にのることに集中しようとした。

「なあ、お前さんは人間が好きか?」
「人間が好きならこんな仕事やってないよ」

 烏はため息混じりに答えた。人間を愛しているのならば、死の予報役など買ってでないことくらいわかるはずだと思うが。

「でも大嫌いというわけでもないだろう? 憎んでいるのならわざわざ人間と近い仕事なんて請け負うまいさ」
「人間は好きでも嫌いでもないね」

 頭上から小人がじとりと睨んでくるが知ったことではない。烏は烏なりの人間との関わり方がある。
 ようやく目的地が見えてきた。幸いにも死神の影はない。どうやらこの地区の死神はわりあい怠け者だったらしい。
 窓から一人の老人が安楽椅子に座っているのが見えた。頬はこけ、明らかに顔色が悪い。多くの人間に死を伝えてきた烏には老人に忍びよる死の影がはっきりと見えた。

「ああ、ここでいい。その扉の前に下りてくれ」

 小人が指し示したのは立派なクリスマスリースが飾られた玄関の扉だった。

「そこは煙突からじゃないのかい?」
「俺らには煙突から入るなんて決まりはないのさ」

 小人はそううそぶき、音もなく扉の内側に滑りこんでいった。
 残された烏は周りを見渡した。雪に埋もれた世界はまさに一面銀世界だ。元は農家だったのだろうか。納屋らしきものや家畜小屋らしきものも見えるが、動物の気配はない。
 どの小屋も腰が曲がった老人のように、雪を背負いながら億劫そうにたっていた。
 明日でここの主人の命は終わる。彼もこの家も雪の下に埋もれていくのだろうか。この純白の世界の下に。
 ふいに目の前の光景に一筋の陽光すら差しこまない暗黒の世界に横たわる寂しさが重なった気がして、烏は首をかしげた。
 似てるどころか対極に位置する常夜の国がなぜこの銀世界に重なるのだろう。
 吹きつける風が冷たい。家の中で赤々と燃える暖炉の前に座れたらいいのだが。そんな詮無きことを考えながら、烏はきらきらと輝く純白を見つめていた。

「待たせたな。寒かったろ。ミルク粥でもよければやるぞ」

 小人はスープ皿になみなみと入ったミルク粥を抱えて出てきた。バターが溶けだしたそれは脂と砂糖とシナモンが入り混じった甘い香りを漂わせている。スプーンをくわえながら問いかける小人に烏は首を振った。

「いらないよ。私はもう対価をもらったしね」
「いいのか? とぶほど美味いぞ」
「いいよ。君とは違って粥を食べなくても空は飛べるんだから」

 小人は不機嫌そうに唇をとがらせたが、結局その口からは嫌味はでてこなかった。

「じゃ、これで私たちのコンビは解散さ。ありがとう。楽しかったよ。向こう十年はやらなくていいほど満足したさ。じゃあねニッセ。達者で」

 翼を広げて飛び立とうとしたそのとき、小人が声をかけた。

「まあ、待てよ兄弟。まだ俺は向こうにちょっとした野暮用があってな。帰るついでに俺をオセロにおとしていっちゃくれないか」
「私を足代わりにするんじゃないよ。その目えぐってやろうか」
「まあそういうな。ラム肉を追加してやるから」

 袋からラム肉を放り投げられて、咄嗟に烏はその塊をくわえる。しまったと思ったときには既に時遅し。小人があくどい笑みを浮かべた。

「受け取ったな? じゃ、交渉成立ってことで」
「はあ、わかったよ。乗せていけばいいんだろ、乗せていけば」

 渋々承諾すると、小人はいそいそと背に乗りこんだ。


「で、お前さんはなんでこんな仕事やっているんだ?」
「まだ続けるのかいその話」

うんざりとした色をたっぷりとのせて烏は嘆息した。

「ああ、さっきはうやむやにされたからな」
「どうしても言わなきゃだめかい」
「いいや? 単なる興味さ。だが今日限りとはいえ、コンビを組んでプレゼントを配った仲だし、俺はアイリクのことを話したんだ。俺がお前の話を聞く権利はあるだろう」
「それは君が勝手に話しただけじゃないか」

 烏はやれやれと首を振った。好奇心旺盛な性格でもないくせに今日はやけに絡んでくる。同居人がいなくなることに一種の感傷でも覚えて人恋しくなっているのだろうか。

「さっきも言ったように人間は好きでも嫌いでもないよ。私がこの仕事を続けているのは人間たちが織り成す世界を気軽な立ち位置から傍観していたいからさ」

 背中の上で小人が身じろぐ気配がする。
 相変わらず寒い。十二月にこの国を訪れたのは失敗だった。人間にさほど興味のない自分でも、家にもぐりこんで暖炉の火にあたりたいなどと馬鹿げた夢想を思い浮かべてしまうくらい、人々の心と外気の温度差が大きいからだ。
 彼が何か言う前に早口で烏は答えた。

「……でも一人だけならいい子を知ってる」
「へえ? お前にもアイリクみたいな人間がいるのか」
「君のアイリクは知らないよ」

 烏は吐き捨てた。また延々と思い出話を聞かされるのはごめんだ。

「別にお前の話を奪ってまでしようとは思ってないさ」
「どうだか」

 頭上で苛だたしげなため息が聞こえた。もしも烏が人間だったら、怒って出ていくか悪質な悪戯を仕掛けてくるかどちらかだっただろう。この小人が動物好きでよかった。まあ暴れられたら暴れられたらで振り落とすだけなのだが。

「それで? お前のいい子はどんな子なんだ」
「私みたいな常夜の国出身の大烏にも骨付き肉をくれる子だよ。ああいう子にこそサンタクロースはくるんだろうね」

 いつも一人ぼっちの子どもだった。ハロウィンですらお菓子をもらえないような子どもだった。だが自分を恐れることなく近づいて、あまつさえ自分の夕食の骨付き肉を分け与える子どもだった。目つきの悪い大柄の烏なんて小さな彼には近寄りがたかったろうに、彼が自分を見る目はいつも優しかった。
 あの子どもは今ごろ何をしているだろうか。口下手な父親と一緒に七面鳥の仕込みをしている頃だろうか。彼の靴下にもはちきれんばかりのプレゼントが入るだろうか。そうだといい。彼の笑顔は春の日差しのように胸が暖かくなる。

「だからかな。たまにはあの子が喜ぶ役をやってみたくて今回の役を引き受けたのかもしれないね。ま、似合わないことはするもんじゃないね。次からはやめておくよ。私は訃報を運ぶくらいがちょうどいいさ」

 言葉にして初めて気がついた。自分はサンタクロースのような輝く役職についてみたかったのだと。否、彼の喜ぶ顔が見てみたかったのだ。自分の仕事では泣かせることはできても喜ばせるできないから。

「いいじゃねえか。烏がトナカイ役やったって。お前が聖夜にプレゼントをくわえて窓からやってきたら感動するだろうよ。なんなら俺がサンタ役やってやろうか」
「……検討しておくよ」

人見知りのがあるあの子にこの小人を紹介するのは不安が残る。なにせこの小人は気難し屋の一面を持つので、あの子の手には余りそうだ。
 北海を超えた先にある、雨けぶる煉瓦の国が恋しくなった。次のクリスマスは彼の国に行こうか。自分の仕事がそこにあれば、の話ではあるが。
 ああ、そうだ。もしも、あの子のところでクリスマスを迎えたら、あの亡霊にも教えてやろうか。あれから何かと気にかけている上にハロウィンの日まで指折り数えて待っている、面倒見がいいくせに素直じゃないひねくれものに。
 しかめっ面を作る青白い亡霊の顔を思い浮かべ、烏は喉奥を震わせて笑った。


「じゃあ達者で。Merry Christmas!」
「ああ、お前もな。God Jul! サンタ役がほしくなったらいつでも言えよ」

 小人を下ろして再び空に舞い上がる。そこそこ長い時間飛んだので。まったく袋いっぱいのラム肉だけではわりに合わない。だが身体はいつもより軽く感じるのはなぜだろうか。

(あの老人も最後にいいクリスマスを迎えられているといいんだけどね)

 そこまで考えて烏は呆れ笑いをこぼした。
 本当に今日はらしくない行動ばかりだ。自分も人間たちの浮き立つ気持ちにあてられたのか。それとも雪の哀しくなるまでの寂しい美しさにあてられたか。
 人間のそういうところを気に入っているんじゃないのか、と脳裏で小人が笑った気がした。

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