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【小説】花より団子、月より兎(2)

前作「花より団子、月より兎(1)」https://note.com/torinoogawa/n/n77f443825da3  の続きです。

くたびれたOL佳奈子が月出身で居候の兎しらたまとピクニックにいく話と部屋の掃除の話。次で終わります。

「カナコちゃん、起きてください。起きてってば」

 ゆさゆさと揺さぶられて佳奈子の意識は浮上した。

「何よ、こんな時間に」

 薄目を開けて時間を確認すると平日起きる時間と同じ時刻。

「まだこんな時間ならいいじゃない。もうちょっと寝させてよ」

 佳奈子は目を閉じる。睡眠の誘惑は強かった。大体今日は休日なのだ。昼過ぎくらいまで寝ていたっていいだろう。再び眠りの底に落ちようとしたその時だった。

ドスン

 お腹あたりに突然鈍い衝撃が走った。

「痛った。ちょっと何するのよ、アンタ!」

 いきなりしらたまが佳奈子の上に飛び乗ったのだ。怒鳴りつけるとしらたまも足を踏みならしてこちらに非難の眼差しを向けた。

「もう起きる時間です、カナコちゃん!」

「今日は仕事ないっていったでしょ。まだ寝させてよ」

 するとしらたまは窓に駆け寄ってカーテンを勢い良く開く。眩い光が部屋に差し込み、佳奈子は目を細めた。

「だってこんなにいい天気なんですよ。寝ていたら、損じゃないですか。外行きましょうよ、外」

 佳奈子は大きくため息をつく。朝日を顔に浴びたせいかすっかり目が覚めてしまった。

「ったくしょうがないわね」

 頭をガシガシとかくと佳奈子は体を起き上がらせた。


「で、どこいきたいのよ?」

 朝食に電子レンジで温めたごはんをおにぎりにして食べながら佳奈子は問うた。

「そもそも僕地球にきたの初めてなので、どこと言われてもあれなんですけど……」

「じゃあ起こさないでよ」

 じとりと睨み付ければしらたまは体を小さくした。

「あっ、そうだ。こうえん! たしかこうえんっていう施設があるんですよね。そこ行きましょうよ。そこで白い三角形を頬張るのが地球の普通だって習いました」

 しらたまはいい事を思いついたと言わんばかりに身を乗り出す。

「サンドイッチのこと? 別にそれが普通ってわけじゃないけど、それがいいならコンビニでも寄って買っていく?」

「カナコちゃんは料理って作らないんですか? 僕、その映像を見たとき、人間たちは自分たちで作っていたんですけど」

 しらたまの答えに佳奈子は口をひきつらせた。
 もしかして自分で作れってこと? ただでさえ貴重な休日の睡眠時間を削られたのに?

 ただしらたまの顔に浮かんでいるのは純粋な疑問で悪意はないようだ。いや純粋であるがゆえに余計に質が悪いか。
 しかしここでめんどくさいから作りませんというのも癪だ。この兎に料理ができない女として見られるのも腹ただしい。

「私だってサンドイッチくらい作れるわよ。ええ、とんでもなく美味しいサンドイッチ作ってアンタを驚かせてやるんだから」

 気づけばそんな言葉を口に出していた。慌てて口を閉じようと思ったが、もう遅い。

「楽しみです!」

 期待に満ちた眼差しを向けられて佳奈子はもう一度ため息をついた。


「うわあ、いろいろなものがありますね」

 しらたまが買い物袋から取り出されていく食材たちに感激する。あの後近くのスーパーまで買いに行く羽目になった佳奈子はせっかくだからと様々なものを買ってきた。食パン、キュウリ、レタス、トマト、マヨネーズ、バターにハム。それから無くなりそうだった卵一パック。

「まあアンタも手伝いなさいよ」

「もちろんです」

 威勢よい返事を聞きながら佳奈子は腕まくりをした。

 まず鍋いっぱいに水を入れ、お湯を沸かす。その間にみずみずしいキュウリ、レタスとトマトを洗って、適当な大きさに切る。包丁を使ったことなどいつぶりだろうか。ずっと仕事に追われて料理をするのも久しいことを思い出した。シンクの端には薄っすら埃がたまっている。

 後で掃除しなくっちゃね。ぼんやりとそんなことを思いながら手際よく野菜を切ったりちぎったりする。薄くスライスしたキュウリは塩もみしてボウルの中へ。レタスとトマトは別の皿に移しておく。

「カナコちゃん、水がグラグラし始めたら卵入れるんですよね?」

「そうよ。一緒に毛なんて落としたら承知しないんだからね」

 からかってやるとしらたまからすぐさま悲鳴まじりの声があがった。

「そんなあ。僕毛で覆われているのに、カナコちゃんひどいです!」

 恐る恐る卵を入れているのを横目で確認しつつ、佳奈子は食パンを取り出した。ふかふかの白い肌の上に惜しげもなく塊のバターを落とす。

「久しぶりだから豪華に二枚のせしちゃいましょ」

 淡い黄色で覆いつくすと、その上にハムを敷き、マヨネーズをかけた。次に実がぎゅっとつまった新鮮なトマトをのせて、パリッとしたレタスの布団をかけてやる。最後にもう一枚のパンで蓋をすればほら完成。

「カナコちゃん、そろそろ卵だしてもいいですよね?」

 ちらりと時計を確認して佳奈子は答えた。

「ああ、そうね。もういいわよ。流石に湯を捨てるのはアンタじゃ危ないからちょっとどいてなさい」

 卵はさっと水で冷やしてから殻をむく。予めひびをいれておいたから少しむきやすい。むいた卵に塩、コショウ、マヨネーズを加えてボウルの中へ。

「カナコちゃん、次は何すればいいですか?」

「じゃあ次はこれで卵つぶしといて」

 スプーンを手渡すとしらたまは元気よく頷いた。しらたまが潰している間に塩もみしたキュウリの水気をとってバターを塗ったパンで挟む。しらたま用にハム抜きのレタス、トマトサンドも作っておいた。

「できました。どうですか?」

 どう? 僕ちゃんとやったでしょ? そんな副音声が聞こえてきそうな顔でしらたまがこちらを見上げる。

「ま、よくやったほうじゃない?」

「やった!」

「コラ、騒がない。近所迷惑になるでしょ」

 ぴょんぴょん跳ねるしらたまを軽くはたいて卵をパンの上に塗っていく。挟み終わったらラップで包んで冷蔵庫の中へ。

「あれ?どうしてしまっちゃうんですか?」

 きょとんとするしらたまに佳奈子は答えた。

「こうすると具材が馴染んでさらに美味しくなるのよ」

「へえ、そうなんですね」

 感心したしらたまをちらっと見て、佳奈子は洗い物を始めた。

「そうだ、アンタやかんに水くむことってできる? ほら、あれに水いれるの」

 やかんを指さすとしらたまはこくりと頷いた。

「でもなんで水ためるんですか?」

「お湯沸かすからに決まっているでしょ」

 だがしらたまはまだ納得していない顔だ。

「なんでまたお湯沸かすんですか?」

「それは後でわかるわよ」

 しらたまを軽くあしらうと佳奈子はスポンジに洗剤をつける。

「ええー」

 気になって仕方がないようにそわそわと動くしらたま。佳奈子はさっさと皿を洗った。

 なじませている間に出かける支度をする。クローゼットの中から友人から送られてきたレジャーシートを引っ張りだして、カバンに詰めようとしたところでふと気が付いた。

「そういえば、アンタどうやってもっていこうかしら」

「えっ僕歩いていけますよ?」

「馬鹿ね。普通の兎は人と一緒に道路を歩くなんてしないでしょ」

 いまいちこちらの常識が分かっていないしらたまに佳奈子は呆れた声をだす。

「じゃあどうするんですか?」

「それを今悩んでいるんでしょ」

 佳奈子は部屋の中を漁って使えそうなものを探した。

「あっ、これならどう? アンタちょっと入ってみなさいよ」

 佳奈子が見つけたのはボストンバッグ。旅行に行くときに使用していたものだ。

「僕これに入るんですか」

 しらたまは嫌そうに見やった。ジト目で佳奈子を見つめる。

「しょうがないでしょ。じゃあ行くのやめる?」

 高圧的に問えば、しらたまは渋々とボストンバッグの中に入った。

「うわ、割とぎゅうぎゅうになるわね。アンタでかすぎじゃない?」

「だって僕ら一般的なカイウサギより二、三周りくらい大きいですからね」

 バッグの中からもごもごとしらたまは喋る。

「まあでもこれならわからないか。ギリギリ入るしね。よし、これでいくわよ」

「本当にこれでいくんですね」

 しらたまはがっくりと肩を落とした。

「窮屈かもしれないけど、我慢しなさいよ」

「窮屈なだけじゃなく、蒸し暑くなりそうなんですけど」

 恨みがましい視線が佳奈子に突き刺さる。

「ああ、そうだ。そろそろサンドイッチ取り出してもよさそうね。だしてくるわ」

 佳奈子はしらたまから逃げるように背を向けた。タイミングよくやかんの音が響く。やかんの火を消して、佳奈子は買い物袋からあるものを取り出した。

「何ですかこれ?」

 しらたまが椅子の上によじ登って袋をつっつく。

「ティーバッグの袋よ。サンドイッチのお供といったらこれでしょう」

 水筒にティーバッグをいれて、お湯を注ぐ。澄んだ紅色が染み出したら完成だ。佳奈子は手早くパンを三角形の形に切ると、弁当袋の中に詰め込む。

「じゃ、いくわよ」

「はあい」

 やる気のない返事が背後から聞こえる。荷物をまとめて佳奈子たちは外へと繰り出した。


 木々はこんなに青々としていただろうか。ひだまりはこんなに暖かだっただろうか。この街はこんなに色づいていただろうか。普段通い慣れたはずの街並みが全く違うものに思えて佳奈子は困惑した。通り過ぎる人々は心なしか穏やかな表情で歩いているように見える。

 仲睦まじく散歩する老夫婦、ジョギングをする男性、軽やかな笑い声を上げて追いかけっこをする子供たちと優しく見守る母親。自然豊かな公園内には普段佳奈子の目には入らない光景が広がっていた。

「ここってこんな場所だったのね」

 あまりに穏やかな光景に佳奈子は目を細めた。

「でもあまり人がいると厄介だから、人が来ないところがいいわね。えーっとたしかこっちに小道があったはず……」

 記憶を頼りに森の方に足を向けると細々とした小道が見えてきた。伸びはじめの草が茂る緩やかな山道を登る。

「やっとついた」

 まだ汗をかくほどの気温ではない。だが重い荷物のせいか目的の場所についたとき、佳奈子は汗でぐっしょりと濡れていた。
 ここは森の散歩コースから脇にそれた休憩スペース。三角屋根の下には木のベンチやテーブルが置いてある。開けており、下の広場などを眺めることもできるのだが、あまり人が利用しない穴場スポットなのだ。

「ほらついたわよ。ご苦労様」

 わずかに開けていたチャックを思いっきり引っ張ればバッグの中からしらたまが飛び出した。

「わーい! やっと出られた。あっここ素敵ですね、カナコちゃん」

 跳ね回るしらたまに佳奈子は声をかけた。

「一応レジャーシートももってきたけどどうする? ベンチあるし、そこでとっても構わないけど」

 しらたまは動きを止め、くるりと振り返った。

「せっかくなので、野原の上で食べましょうよ」

「じゃ、敷くの手伝って」

「はーい」

 しらたまはすぐさま佳奈子の傍に駆け寄るとバッグからレジャーシートを引っ張り出す。

「ほんといい天気よねえ」

「そうですね」

 周囲は葉擦れの音しか聞こえない。心地よい風が二人を撫でていった。空は雲一つない青空。佳奈子は弁当袋をほどいて、サンドイッチを取り出した。

「はい、これアンタの」

 手渡したのはハム抜きのサンドイッチとキュウリのサンドイッチ。

「カナコちゃん、もっと作っていませんでしたっけ?」

 首をかしげるしらたまに佳奈子は言った。

「後は私の。アンタ用に野菜の具しか入っていないサンドイッチ作ってあげたんだからありがたく思いなさい」

 しらたまは即座に抗議の声を上げた。

「ええー! 僕地球の兎じゃないんだから、大体のもの食べられるっていったじゃないですか。そもそも普通の兎はたまごかけごはんなんて食べないでしょ。今さらですよ、今さら!」

 僕も全部食べたい、食べたいと足を踏み鳴らしてわめくので、佳奈子は折れてやることにした。

「はいはい、半分こね。半分やればいいんでしょ、やれば」

 その瞬間、先程までの不機嫌が噓のように笑顔になった。上機嫌で尻尾を揺らしている。

「はーい。半分こですね」

 しらたまが二切れずつあるうちの一きれを差し出し、逆に佳奈子は自分用のサンドイッチの一きれを手渡してやった。

「アンタ紅茶のめる? ああ、でも熱いから飲むのは少し待ちなさいよ」

 猫は猫舌っていうくらいだから熱いのは苦手そうだけど、兎はどうなのかしら。そもそも普通の兎は紅茶なんて飲まないのだけれど。
 ま、普通の兎じゃないからいっかと紙コップを目の前で振った。

「大丈夫ですよ! 欲しいです」

 勢い良く頷いたしらたまに水筒から注いだ紅茶を手渡してやる。

「カナコちゃん、これどうやって開ければいいんですか」

「ああ、アンタの手じゃあけにくいわよね」

 ラップに悪戦苦闘するしらたまのために、ラップをむいてやった。

「わっ、ありがとうございます」

 しらたまはさっそく食べ始める。佳奈子もサンドイッチにかぶりついた。最初にとったのは、レタスとトマト、ハムのサンドイッチ。水分をたっぷり含んだトマトが口の中で弾ける。レタスとトマト、ハムさらにマヨネーズが絶妙に混じり合って快いハーモニーを奏でていた。シャキシャキのレタスのおかげで食感も最高。

「うん、やっぱりこの組み合わせは外れがないわ」

「カナコちゃん、これおいしいです」

 しらたまも目を輝かせて一心不乱にかじっている。ハム抜きのサンドイッチは少し物足りなかったが、それ以外はどれも満足する出来だった。食後に紅茶をすすりながら一息つく。

「ねえ、しらたま」

 律儀に冷めるまでじっと待っていたしらたまが顔を上げた。

「なんですか?」

「ありがとね。今日、誘ってくれて」

 その言葉にしらたまは弾けるような笑顔をみせた。

「満足してくれたのならよかったです。あっもちろん僕も楽しかったですよ。こんな素敵な場所紹介してくれてありがとうございます」

「当たり前でしょ。ここはいいところだもの」

 なんだか急に自分らしくないことをしている気がして、佳奈子は紅茶に口をつける。甘くかつ爽やかなレモンがきいた香りが口いっぱいに広がった。


「カナコちゃん。明日も休みですか?」

 帰ってくるなり、しらたまが奇妙な質問をする。

「そうねえ、明日も休みよ。それがどうかした?」

 それを聞いた途端、しらたまは佳奈子にぐいっと顔を近づけて言った。

「じゃあ掃除しましょう!」

「はあ?」

 予想していなかった返しに佳奈子は一瞬思考が停止した。

「前から思っていたんですけど、カナコちゃんちょっと掃除できていなんじゃないですか」

 佳奈子の部屋は別にゴミ屋敷のような部屋ではない。
 しかし確かに指摘されたように、部屋の隅には埃が溜まってきているし、何より忙し過ぎてろくにゴミ出しはおろか分別すらできていない。おかげでゴミ袋の中身はパンパンだ。

「でも何でいきなり掃除だなんて言い出すの?」

 疑問を口にするとしらたまは自信満々に答えた。

「尊敬する先輩がいっていたんです。掃除ができるやつは仕事も早いし、何より心の余裕が持てるって」

とは言ってもいまいち気乗りはしない。

「じゃあアンタはやっているの」

  疑いの目を向けるとしらたまはぐっと握りこぶしを作って言った。

「僕も苦手なんです! だから一緒にやりましょう」

「アンタもできてないじゃない……」

 佳奈子はすっかり呆れ果てる。

「でも綺麗な部屋のほうが住み心地いいでしょう」

「それもそうね」

 特にこの後予定もなかったため、二人は掃除を開始した。


「うわ。やってみると結構汚れているものね……」

 溜まっていたゴミを分別して部屋に隠れていた埃を拭き取る作業に入ったのだが、これが強敵だった。とってもとっても出てくる灰色の塊。しらたまなんて白い毛並みがくすんで、ずいぶんみすぼらしい姿になってしまっていた。
 ふと窓の外に目をやればもうぽつぽつと街灯の明かりがつき始めている。

「明日もあるし、今日はここまでにしようかしらね」

「結構やりましたもんねえ」

 しらたまもくたびれ果てていた。

「まあ、まずアンタは風呂にはいんなきゃね」

 その言葉にしらたまは尋ねた。

「お風呂ってなんですか?」

 そういえばコイツは月出身の兎だったわね。月の兎は風呂入る習慣はないのかしら? いやそもそも兎って風呂にいれて大丈夫な動物なのかしら。
 慌てて佳奈子はスマホで検索をかけた。そして驚きの事実が判明する。

「兎って水が苦手なのね。っていうかアンタ水は大丈夫なわけ?月ではどうしていたの?」

 しらたまは顎に手を置いて考えこむ。

「うーん。僕らが汚れたときは特殊な高速振動ブラシで落としたり、消毒とかはレーザー光みたいなところを通ったりしてやっていましたねえ」

 思いの外、文明レベルが高くて衝撃を受けた。

「めちゃくちゃハイテクじゃない。じゃあ風呂に入る習慣とかないのね」

「もともと地球みたいに水が豊富にある世界じゃありませんので」

 言われてみればその通りだ。では飲み水などはどのように確保しているんだろう。次々と疑問が湧き上がってきたが、まずはしらたまの汚れを落とすのが最優先だ。とりあえずサイトに載っていた兎の洗い方を実践することにした。

 しらたまがすっかり元通りになったところでようやっと一息つく。

「ところで今日の夕ご飯ってなんですか?」

 佳奈子の動きがピタリと停止する。

「あ」

 結局その日はスーパーでおかずの素を買って済ませた。


 掃除は結局次の日も半日つぶすほどかかった。その代わり部屋は隅々までピカピカと輝いている。

「やってみると気分良くなるものね」

 約一日半かけて掃除した部屋を見渡して佳奈子は伸びをした。始めたときは憂鬱な気分だったが、終わってみると実に清々しい気分だ。

「そうでしょう」

 胸を張るしらたまを佳奈子は軽く小突いて、にやりと笑う。

「アンタじゃなくてアドバイスくれた先輩が一番偉いけどね」

 小突かれたところをおさえながらしらたまはへにゃりと笑った。

「まあ、そうなんですけどね。……先輩がいっていたんです。部屋が汚れると気分が沈む。特に普段しっかりしている人が部屋の掃除をおろそかにするときは心に余裕がない証なんだって。だからそうなったら周りが注意やらなきゃダメなんだって。カナコちゃんもなんとなくそんな感じがしたので提案してみたんです」

 後半の言葉はその先輩を思い返しているのだろうか、懐かしそうな顔で話していた。やわらかい声音で伝えられる想いがじんわりと佳奈子の胸に染みわたっていく。佳奈子はいつの間にかしらたまの頭を思いっきり撫でていた。

「わっ何するんですか」

 戸惑うしらたまを無視して撫で続ける。

「いい言葉ね。その先輩」

 佳奈子の言葉にしらたまは目を輝かせた。

「そうでしょう。すごい先輩なんです。僕もうとっても尊敬してて」

 そのままいつまでも喋り続けそうだったので、手で口をふさいだ。

「わかったわかった。すごい先輩なのね。それは十分理解したから早く体の汚れを落とすわよ。夕飯遅くなっちゃうじゃない。明日は仕事あるんだからね」

「今度は買い忘れてないんですよね」

 しらたまはまるでさっきの仕返しだとでも言わんばかりにからかう。少し苛立ちを覚えた佳奈子はその額を強めにはじいてやった。

「四の五の言わずにさっさと入りなさい。今日の夕飯アンタの好きな野菜スティックなしにするわよ」

「カナコちゃんひどい! あんまりな仕打ちじゃないですか。カナコちゃんの血は氷かなにかですか」

 佳奈子は騒ぎ出すしらたまを抱き上げて風呂場に連行した。

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