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【小説】幻獣病理医パトロギの事件簿 第十話

これで最終話となります。
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第十章「終幕」

「でもやっぱり無責任だと思いませんかぁ? だってあれだけ好き勝手騒ぎたてておいて、申し訳ありませんでした、ごめんなさいじゃないでしょう? 僕だったら顔面ひっかきまわしてもまだ足りませんよ」

 書類を整理しながらウィローが口をとがらせる。通りすがりのパフィンがため息をついた。

「また言ってる。いい加減にしなさいよ。もう終わったことでしょ」
「でも納得いかないじゃないですか。だって本当に軽い謝罪だったんですよ? あれじゃどっちもやるせないですって」

 あの後新聞の大手たちは一斉に号外を出し、事件の真実を報じると共に、誤った報道で蛇系の幻獣たちへの差別を助長してしまったと謝罪文を発表したものの、それはたったの数日のことであった。
 したり顔で散々罵っていた評論家たちはその件には触れることなくだんまりな者も多い。中には最初から自分はわかっていましたよと言わんばかりにバジリスクを庇いだてするような声明を出す者もいて、その面の厚さには感心すら覚える。

「まあ記者なんぞそんなものだろう。今回の件は記者たちも、それに乗っかった者たちも皆加害者だからな。自分の都合の悪いことには蓋もしたくなるさ」

 そう言いながらもパトロギは症例報告をまとめる手を休めない。

「でも納得はいかないじゃないですかぁー。なんかこう、もやっとするというか。それに結局先生の活躍だって思ったより取り上げてもらえなかったし。あーあ僕のボーナスがぁ……」

 ウィローはぶすっと頬を膨らませた。

「多くの物事は完全にすっきりとした終わりにはならないものだよウィロー君。特に今回の事件は長年の確執や社会の歪みが絡んだものだからね。事件の真相を明らかにしたところで完全に元通りにはならんだろうさ。ああ、それからボーナスの件は検討しておくよ」
「え、いいんですか? やったー! 言質とりましたからね! 嘘って言ってももう遅いですからね」
「先生、いいんですか?」

 飛び跳ね回るウィローを横目にパフィンが眉を上げた。

「かまわんよ。ウィロー君のおかげで真実にたどり着けたようなものだからね」

 まったく先生は甘いんだから、とパフィンは呆れかえる。パトロギは笑ってカップに口をつけた。
 できた溝はあまりに深く、癒すには圧倒的に時間が足りない。それはこれからも両者の間に横たわり続けるだろう。そして騒いで、かき混ぜるだけかき混ぜた名もなき加害者たちは素知らぬふりしていつもの日常に戻っていく。
 それでもガルダたちが誠意ある対応をみせたのだから、まだ丸く収まったほうなのだ。

「でももう少し何かできなかったのかとは思いますけどね。たとえば私たちがもっと早く真実に気づくことができていたら、とか」

 資料を整理していたパフィンがぽつりと呟いた。その横顔には黒々とした影が落ちている。

「そうだな、たしかに私たち側にも改善すべきことは山ほどあるだろう。だがこの件についてはもう私たちができることは何もないよ。私たちは病理医であって、仲介者でも教育者でもないのだから」

 根強く残る偏見を変えるためには当人たちの意識を変えることが必要不可欠だ。だがそれに首を突っ込むのは完全にパトロギたちの仕事から外れている。

「私たちにできることは己のできる範囲でよりよい世界を作れるよう努力することだけさ」
「えー組織切片を作ることが世界をより良くするって言うんですかぁー?」

 ちょいちょいと書類に載った組織像を爪で叩きながらウィローが問う。パトロギはふっと口元を緩めて笑った。

「もちろんだとも。そうそう、この前ケンタウロスを送ってきた医者だがね、彼は同じような症例に再び出くわしたそうなんだ。今度は命を救うことができたと誇らしげにしていたよ」

 ウィローはばつの悪そうな顔でひげをいじった。脳裏に笑顔で礼を言う医者の顔がひらめいて、パトロギはさらに笑みを深めた。
 トントンとノック音が聞こえくる。

「先生、ご依頼がやってきたようですよ」
「ああ、今すぐ行こう」

 パトロギは白衣の襟を正して席を立った。
 書きかけの書類がのった机の上には明るい日差しが差しこんでいた。

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