ドラマ『MIU404』【第9話の感想】 “必ず間に合わせてみせる”という決死の覚悟のワケ
『MIU404』はドラマの基本構造として「一話完結型」というシステムを採用している。しかし今回の第9話は、第8話と地続きに密接につながっていて、前回の事件から日もあまり経っていない。
伊吹(綾野剛)は、恩師のガマさんが逮捕された事件からいまだ立ち直れておらず、MIUの同僚たちはそのことを気にかけている。「間に合わなかった、どうしたら救えたのか」と伊吹は悔やみ続けていた。
機捜車をふたりで洗いながら、志摩(星野源)は伊吹に声をかけた。
「次こそ、間に合わせよう」と。「誰かの未来をいいほうにスイッチさせて、救おう」と。
この「誰かが誰かのスイッチになる」という考えは、このドラマにとって全話を通じて通奏低音のように響いている大切なテーマのひとつだ。
沢山の人と人との出会い、そしてその出会いによって生じた“沢山の分岐点”が描かれてきた。良いほうに転がるスイッチもあれば、悪いほうへと転がるスイッチもあった。
この“思想”をはじめに語ってみせたのは志摩だ。深夜、手作りのピタゴラ装置にパチンコ玉を転がして、その玉の行方を見つめながら、九重相手につぶやいたセリフだった。再掲しよう。
「たどる道はまっすぐじゃない。障害物があったり、うまく避けたと思ったら、横から押されて違う道に入ったり。そうこうするうちに罪を犯してしまう。」
「人は誰でも何かのスイッチで進む道を間違える。誰と出会うか、出会わないか?」
「この人の行く先を変えるスイッチは何か?」
今話でも“出会いによる運命の分岐点”は象徴的に描かれた。
エトリと出会ってしまった羽野麦。クズミと出会ってしまった成川。
“人の行く先”を変えてしまう“スイッチ”。
しかし、今回、成川にとって“大切なスイッチ”となったのは「羽野麦と出会えたこと」だったと僕は思う。
虚偽通報事件以降、転げ落ちるように犯罪に手を染めてきた成川だが、まわりの環境やよくしてくれる人たちのお手伝いをしたいという純粋な気持ちで携わってきたせいで、いやいや非合法な行為に加担しているような“後ろめたさ”がないのは表情からわかる。
しかし、成川にはまだ“道徳的な良心”がわずかに残っていて、深く暗い穴の底からその“心”をすくいあげたのが羽野麦だった。
成川は、羽野麦からこう語りかけられた言葉が胸に残った。
「怖い人がいてね。我慢してその人の言いなりになるか、遠くに逃げるしかないって言われたの。でもどうして?どうして私が逃げなきゃならないの?女だから?力が弱いから?」
「桔梗さんだけが“そんなのおかしい、一緒に戦おう”って言ってくれた。ナリ君もそういう人に会える。」
「今は一人かもしれないけど、これからできる。だってまだ18年しか生きていないんだよ?これからだよ。」
「私でできることなら手伝うからさ。」
大金を袋にドサッと渡されて「帰っていいぞ」と言われた成川が、逡巡したのち、迷いながら、勇気を出して、確認をする。「あの…、あの女の人って…、ほんとうに詐欺師なんですか…?あの人、これから、どうなるんですか…」
もし羽野麦を発見したのがただの暴力団の組合員だったら、そんなこと気にもとめずに大金をもらってウハウハと笑って帰っていっただろう。しかし成川は、そうはできなかった。気になった。見捨てていけなかった。“うしろめたさ”を感じた。
その直後に電話したクズミに成川はあっというまに見捨てられる。助けて助けて助けてと泣き叫んだ成川をクズミがあっさり突き放した、「ねえナリ君。それ、俺になんのメリットがあるん?」
クズミにも、暴力団員のサワベにも、ナウチューバーレックにも、成川は道具として使えるだけ使われただけで見捨てられる。捨てたほうは誰も何一つ“うしろめたさ”を感じていない。
そうして、成川は今頃になって気づくのだ。
“分岐点”を“間違ったほうへ”と歩んでしまった事に。
出会ったばっかりの“困っている”高校生のためだけに、リスクを承知で外出禁止の掟を破り、わざわざ“助けにきてくれた”羽野麦のことを、成川は最後見捨てられなかった。“若者の未来には希望がある”と示してくれた人を、突き放せなかった。自分を“信じて”きてくれた人を、助けなければと思えた。
成川の心の底に残っていた“まともな感情”が、完全な氷漬けになって無くなる前に“間に合った”のだった。
羽野麦に出会えたことが成川のスイッチとなり、成川自身に進むべき方向を気づかせた。
◇
そこから成川はがんばった。
もし成川ががんばりきれなければ、きっとハムちゃんは助けがくるまで独りきりでは持ち堪えられなかっただろう。“間に合わなかった”だろう。
絶望の井戸の底から成川は、出せる限りの大声で助けを呼んだ。「助けて下さい!誰か!」
何度も何度も。気を失ってしまった羽野麦を抱えたまま。羽野麦から託された伝言伝達を守るためにも。声の限りに叫んだ。「誰か!」「誰か!」「誰か!」
──これが、伊吹の耳に届いた。届いた!
もし、それが伊吹じゃなかったら、聞き逃していたかもしれない。もし聞き逃していたら、エトリが部下を引き払って出て行った留守宅だったからこの場所はあとに回していたかもしれない(井戸は他にもまだまだある)。そもそも志摩がいなければ“井戸を探そう”と辿り着けなかったかもしれない。もし桔梗が隊長でなければ消防庁の井戸保有一覧にこんなにすぐアクセスできなかったかもしれない。すべての“出会い”に意味がある。
成川は、きっとやり直せる。
良いスイッチに巡り合えて、それを自分のチャンスにきちんとできたから。少年法は更生のためにあるのだから。
◆◇◆◇
志摩と伊吹のバディには共通項がある。
志摩は、元相棒高坂を救えたはずなのに救えなかった。“間に合わなかった”。
伊吹は、恩師の蒲郡の変化に気づいてやれずに救うことができなかった。“間に合わなかった”。
ふたりとも、自分の力不足のせいで、大切な人を失った事を悔いていた。
“次こそ、間に合わす”。
その言葉の裏には、ふたりの強い覚悟がある。
今回、数秒でも遅れがでたら間に合わなかった。ぎりぎりだった。
「脈がある!!」
「間に合った!!!」
半泣きの伊吹、そしてハムちゃんごとその伊吹を抱きしめる志摩!
「間に合った!間に合ったぞ!」志摩を抱きしめ返す、伊吹。
もうこれ以上、言葉で伝えられることはないから、迫真のシーンを画像でお届けする形をとって、今回は結びとします。
(おわり)
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