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ドラマ『MIU404』【第7話の感想】 “流されずに、自分の頭で考え”己の道(現在地)を見つけられるか?

第6話までのMIU404といえばとにかく“無駄がなくスマートな”作品という印象だが、第7話はやけに“無駄が多くてバタバタ”した回だった。
話題になった「りょうの弁護士役」にしても「キングヌー井口の宅配員役」にしても、“いなくても本筋は成立する”キャラクターが次々出てくるから焦点が分散するが、でもそれも狙い通りなんだなと見終えてから感じる。今回の話は“いろいろな人が世の中にはいる”という多様性の視点が欠かせなくて、わざとしっちゃかめっちゃかにしてあるんだろうなと考えたりした。感想をかるく書き留めておく。

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“現在地”という副題

まず、大胆に定義するが、今回の主人公は陣馬さんだった。そう割り切って振り返ると、今回の主題がどこにあるのかは見えやすい。

たくさんの“無駄に多い”登場人物たちは一貫して「“本来の場所”ではない現在地にいる」という課題を抱えている人たちだ。本名を名乗らなかったり、コスプレやファングッズに容姿を包んで姿を変えていたり、住まいやトランクルームを他人名義で借りるしかなかったり。時効が過ぎるのを待って、世間から隠れて仮の暮らしを続ける犯罪者たち。親から逃げだして、帰る実家のない少女たち。ついでにいうと、流行りの自転車デリバリー配達員も本拠地がない職業だ。いろんな店から商品をキャッチアップして、呼ばれた場所にまで届ける事を転々と繰り返す。それにあの弁護士の背景には、“性的マイノリティの社会課題”もちらついている。中指のブラックリングがかすかにみえる。

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世の中には、自分自身の場所を見失った“現在地不明”の人たちが少なからずいる。それを表層化させるためのメタファーのように、今回は登場人物が沢山でてくる。

彼ら彼女らの存在を象徴したセリフが、トランクルームで違法に暮らす倉田さんによって語られる。

「ケンさんは“(トランクルームで暮らすプロになんて)なりたかなかったけどね…このままこの生活から抜け出せないのなら、死んでるのと同じだ”。そう言ってました。
私もね、思います。なんでここにいるんだろう?いつまでこうしているんだろう?
いらないものを置いておくこの箱の中で、ただ永らえて、意味があるんだろうか?って」

「なんでここにいるんだろう?」
流れに身を任せて、流されて、
気がついたらここにいる。ここはどこなんだろう?
いつのまにかここにいて、いつまでいるのかもわからない。どちらへ向かえばいいのかもわからない。

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しかし、
それらとは対照的に、陣馬さんは、鮮明に、力強く、“自分の現在地”を心底から叫ぶのである。

「俺は警視庁の陣馬耕平だ!!」

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警察手帳を持たず、
スマホも財布も車の中に置き去りにし、
自分を証明するものがひとつもなく身ひとつになって、今いる地点がどこだかわからなくても、「現在地」はまったくぶれていない。
「警察官として犯罪者を捕まえなければならない」。
どんな時だとしても。無我夢中で。どこまでも、追いかけ続けるのである。

“流されずに”己の道を探せるか?

陣馬さんは“誰かに言われたから”指名手配犯を追いかけているわけではない。休みの日に。大切な用事がある日なのに。進む道を自ら選んで、その人生を選択しているのである。ここが重要だと思う。
“定職の仕事があるかないか”が問題ではない。

終盤のシーンで、九重刑事局長は息子の教育方針についてこう語る。

「私の息子だということはひとつの不幸です。それだけで気を使ってごまをする者もいれば、目の敵にする者もでてくる。そのうち自分の立ち位置を見失う。
流されずに、己の道を探せるようになって欲しい。
そんな親バカです」

「自分の立ち位置(つまり現在地)を見失わなずに、己の道を探せる人物に育って欲しい。」
そんな希望を込めて、息子を機捜に送り込んだのだという。桔梗と陣馬に預けたのだ。

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また、指名手配犯を逮捕し終えたあと、陣馬が息子の結婚に際する家族挨拶の場に走り込んで息子について語るシーン。ここも引用する。

「えー遅くなりまして、挨拶だけで失礼します。鉄の父の陣馬耕平です。あのう…、私は、刑事を35年やってきまして、父としても二十うん年あったはずなんですが、…何にもしてなくて。(中略)
鉄は、俺と違って家の事も家族の事もよーく考えられる男で。でもそれは俺が教えたんじゃないんです。こいつが悩んで迷って、自分の頭で考えて勝ち取った特性だと思うんです。俺はそんな息子が、息子を誇りに思っております。鉄をどうぞよろしくお願いします!」

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ここに挙げた“ふたりの親”が、両方ともに息子の人生に期待するのは、“流されず”に、“自分の頭で考える”ことだった。
それは「なんでここにいるんだろう?」という倉田さんの言葉とは真逆だ。

「現在地」は与えられるものではない。
自らで立つべき場所を選び、自らの足でそこを目指す。その過程こそがその人にとっての「現在地」である。時間がかかってもいいし、道に迷ってもいいよくて、それは問題ではない。流されてしまわず、選びとることが何よりも大切なのだ。
MIUは、ドラマ全体を通じて、観てる人全員にそうメッセージしているように僕には聞こえた。

(おわり)

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miyamoto maru
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