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-「救国の英雄」から「聖なる怪物」へ- ジル・ド・レ素描

 なぜジル・ド・レは「救国の英雄」から「聖なる怪物」へ転落し、処刑されたのか。
 ジルが身を滅ぼした要因をおおまかに挙げると、元々貴族の身に生まれ祖父の歪んだ教育を受けていた事、その祖父から与えられた国家を傾けられる位の多大なる遺産が相続され、それを当時禁忌とされていた黒魔術や錬金術に浪費し尽くした事が大きい。

 ジル・ド・レは父母を幼少のうちに亡くし、祖父に預けられた。祖父は所謂金の亡者の堕落貴族で犯罪行為もジルの前で当たり前に行い、幼いジルに道徳面で非常な悪影響を与える。
 一四二七年になると祖父は代官職を引き受ける事になるが、彼は既に高齢で、戦に出られる年齢ではなかった。
 祖父は自分がジルに残す事になる財産をさらに増やす事を夢見ており、ジルを国の重要人物にさせようと野心を吹き込む。
 ジルは陸軍元帥となり、ジャンヌ・ダルクの伴侶者として戦争で優秀な戦績を残す。しかしジャンヌは一四三一年に処刑され、ジルは絶望に暮れ、そこから転落が始まった。
 一四三二年、祖父が死ぬと、莫大な財産は全てジルに相続され、フランス元帥としての年金二万五千リーブルも合わせるとその総資産は国王を超えるとも言われた。
 しかし、その富は六年足らずで全て豪奢な軍隊の整備、自分だけの教会や聖歌隊、黒魔術や錬金術に全て蕩尽され尽くしてしまう。
 ジル・ド・レは敬虔なキリスト教徒であると同時に狂気じみた芸術の愛好家であった。極限に達した神秘思想は残虐性に変化し、悪魔礼拝という形であらわれた。ジルにとっては少年の聖歌の神聖な響きは淫蕩や罪を煽り立てるものだった。
 莫大な費用を用いて彼は錬金術師を各地から集めた。その中で最も彼を悪人に仕立て上げたのはフィレンチェの破戒僧フランソワ・プレラーティである。
 ジルは博学で美貌のプレラッティにぞっこんであった。かれはプレラッティの契約書にサインをし、悪魔バロンに忠誠を誓う。悪魔と契約をすれば、暗黙のうちにキリスト教の信仰を放棄した事になる。こうして彼は異端となったのだ。
 こうしてジルとその部下達は悪逆の限りを尽くすが、サン・テチアンヌ・ド・メルモルトの暴行事件の辺りからナント司教は秘密調査を始め、その結果を公表する。
 そのままティフォージュ城は奪取され、ジルは小児殺害、男色、降魔術、神に対する侮辱ならびに異端の罪状で出廷を命じられた。裁判でジルは最初は横柄な態度をとっていたが、最終的には自分の罪を悔恨し、神に敬虔な祈りをもって、助けを乞うた。
 そのジルの態度のおかげで、火刑にまでは処されなかった。しかし異端的背教行為並びに恐るべき降魔術を行ったこと、男女両性の児童たちとソドムの方法に従って自然に反したる罪悪行為を行ったことにおいて有罪となり、ジルは絞首刑に処せられた。

 ジルの性的倒錯や残虐性はやはり幼少期の祖父の教育によるものが大きく、もはや根本的な倫理が歪んでしまっていた。
 しかし、狂気的なまでに敬虔なキリシタンでもあったためにジャンヌの聖性に感化され一度は善性を取り戻し、彼は救国の英雄にまでなった。
 彼の本質は聖性なのか悪魔的なものなのか、おそらく両方だろう。
 こうして、ジルは最期にはキリスト教に回帰し、聖性を取り戻したものの、多数の罪を背負った怪物、「聖なる怪物」となったのだった。

参考文献
ジョルジュ・バタイユ 『ジル・ド・レ論 』
澁澤龍彦『黒魔術の手帖』

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