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多様性という「理想郷」

歴史を振り返ると侵略と服従が繰り返されていて、現代が掲げる多様性とは対極にある世界があったわけで。この事実を踏まえると、人間は潜在的に誰かを支配・服従させたいと考える生き物かもしれないですね。

現実社会に目を向けると、多様性を受け入れるべきだという社会の流れ・世論を感じます。LGBTしかり同性婚然り。他にも何かあるかもしませんが。

多様性を認めるべきとの主張をよく耳にしますが、これこそ多様的じゃないのではと思ったりします。だったら多様性を認めない勢の主張に理解を示すべきであって。「男女平等」も似たようなもので、男女平等と言っている時点で平等じゃありません。多様性・男女平等など、普及させるためには利用しなければならない表現ですが。周りの人間が他人の意見・価値観に茶茶入れるからいろいろと拗れて社会問題に発展している(発展した)のでは。

そんなこんなで最近の筆者は他人に「関心」をできるだけもたないようにしています。これは一人でずっと過ごすみたいなことではなく、競争でない限り他人と自分を比較しないという意味です。ですので「憧れ」とか「尊敬」みたいなのは基本的に持ちませんが、「この人すごいなー」とか「この人とはいろいろしゃべりたいなー」などの関心を持つことはよくあります。

自分の価値観・信念を守れるように努めましょう。

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