村上春樹 / 『街とその不確かな壁』 感想*何度も何度も繰り返された物語の終止符と、"信じること"
***極力ネタバレは無い感じでの感想を書いたつもりですが一応ネタバレ注意⚠︎でお願いします***
村上春樹 /『街とその不確かな壁』 #読了
ずっと唄が流れていた。
何度も、何度も、繰り返し続けられた物語と、
不確かで、不思議な壁の中の街と。
そして、40年の時を経た決着と。
懐かしくて、眩しくて、その憧憬に胸の奥から締め付けられるような、
真っ暗な影と闇の中に光る、獣たちの金色に輝く毛並みのような、
著者のこれまでの物語と文章の極地に達するような、
素晴らしい小説だった。
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直球で王道でこう来たか…、という感じだった。
でも同時に自分にとっては、数学の良問というよりも難解な詩のような作品だった。
頭で構築を考えるよりも、心でもっと物語を噛み締めた方がいい作品なのかも知れない。
この物語とこの本の向かいに老成した著者の影を感じた。
自分が70歳を過ぎた時にその真髄が更に分かるようになるような、そんな小説だった。
旧作の「街と、その不確かな壁」を読んでおいて良かった。
読後感は旧作に美しさを100割増しにして、胸が締め付けられるような痛みを暖かな優しさを添えてより深くした感じだった。
この例えでどれだけ伝わるか分からないけれど、
村上春樹の「街と、その不確かな壁」は「テレビ版エヴァンゲリオン」みたいな不完全さとモヤモヤさが残るような感じで、
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は「旧劇場版エヴァンゲリオン」みたいな終焉のバッドエンドの痛みと美しさがある感じ、
「海辺のカフカ」のわりと万人受けする感じは、「シン・ゴジラ」みたいな感じ、
「街とその不確かな壁」の読後感の切なさと暖かさが共存している感じと余韻は、「新劇場版シン・エヴァンゲリオン」見た後のような感じだった。
穏やかに汽車に揺られながら、ずっと遠い場所に向かって旅をしていて、沢山の人たちに"さよなら"を告げながら、自分がまもっていた様々な情景を一つ一つを大切に思い起こすみたいに。
また、「騎士団長殺し」とは別ベクトルで、それまでの作品の集大成になってる作品で、
内容的には、感銘と一緒に切実な痛みと切なさを感じる長編だった。
同時に、村上春樹さんの作品と生涯の総決算も感じられて、読んでいて『終り』を感じられてしまい、その部分が個人的に寂しかった。
この作品に散りばめられている、それまでの数々の作品の残像が走馬灯の影のように現れているのが、嬉しくもあり、とても寂しいような。
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」ほどのアグレッシブさはないけど、40年の年月の重みと高みが「街とその不確かな壁」に顕れている。
冒頭と第一部の文章が非常に美しかった。
これが、『象は平原に帰り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。』という事だったのか、と。
「風の歌を聴け」で語られた、語ることの難しさと困難さから40数年を経て、文体や文章は、極限まで洗練されていて、極地の領域に達していた。
***
そして、この作品で、繰り返し、繰り返し、
私が導きの様に告げられる一つのこと。
「今ここでわたくしに申し上げられるのは、ただひとつ──それは、信じる心をなくしてはならんということです。なにかを強く深く"信じること"ができれば、進む道は自ずと明らかになってきます」p384.
「しかしそれを致命的でなくするための方法は、なくはありません」
「たとえばどんな?」
「"信じること"です」
「何を信じるんだろう?」
「誰かが地面であなたを受け止めてくれることをです。心の底からそれを"信じること"です。留保なく、まったく無条件で」p639.
「あなたの分身の存在を信じてください。(中略)
あなたの分身を"信じること"が、そのまま"あなた自身を信じること"になります」p654.
そして、その内容とメッセージは、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の太った娘の
「信じるのよ。さっきも言ったでしょ?信じていれば怖いことなんて何もないのよ。楽しい思い出や、人を愛したことや、泣いたことや、子供の頃のことや、将来の計画や、好きな音楽や、そんな何でもいいわ。そういうことを考えつづけていれば、怖がることはないのよ」 世界の終り〜p442.
というセリフから繋がっている。
このセリフは、自分が村上春樹作品の数ある登場自分たちの好きなセリフの中でも一番大好きなセリフだ。
この疫病や戦争や、沈黙や無や孤独や絶望や不安だとかという、壁のように静かに、しかし切実に強固に蔓延る"その不確かな壁"に対して、ではどうすればいいか….、という、その一つの解とメッセージが、
きっと誰かや何かを確かに信じること、自分を信じること、他者を信じること、この世界で何かを信じて生きてみようと思うようにすること、
何かを、誰かを、自分自身を確かに信じて生きていなさい、
そうすれば怖いものなんて、何もないんだよ、と
そんなふうに著者から言われている様な気がした。
それが、"不確かな壁"が立ちはだかるこの世界での、著者からの"確かなメッセージ"だったのかな、と。
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何度も、何度も、繰り返し続けられた、
禍根を残して来た物語は、きっとここに終りを告げて幕は閉じて、その物語の歌は終わった。しかしメロディーはまだ鳴り響いていて、エンドロールが続いている。
太陽は輝きつづけていて、鳥たちは唄いつづけている。
この物語の先に、そんな世界の果てを信じることができる。
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