ショートショート「焼け」
『焼け』
父と息子。二人は丘の上にある小さな公園から景色を見ている。
「ねぇお父さん、向こうの山の方を見てよ、夕焼けがすごい綺麗だね」
「ああそうだな、とても綺麗な朝焼けだ」
「夕焼けでしょ?」
「いや、あれは朝焼けだ」
「そんなの嘘だよ、僕は騙されない」
「騙すも何もそう決まったんだ」
「誰が決めたの?」
「国の絶対最高機関だよ、テレビのニュース見てないのか?」
「何それ、どういうこと?」
「さぁ詳しくはよく分からん、でも俺たちは何も考える必要はないんだとさ、ただ今日から昨日まで夕焼けと呼んでたものは朝焼けと解釈するそうだよ。」
「でもそれはおかしいよ、お父さん。だってそれじゃあ国の絶対最高機関とやらが言葉の意味を全く逆に出来てしまうってことじゃないか。勝手にそんなことしていいの?」
「そんなことお父さんに聞かれても考えたことがないし分からないよ。別に解釈を変えるだけだし、みんなもそういうふうに従ってるんだから、お前も合わせていかないと変な人だと思われて、バカにされるぞ、そんなことになったらみっともないだろう。何も問題はない。ほらごらん、朝焼けがきれいだろ。世界は美しいじゃないか」
「確かにきれいだけど、そもそも夕焼けを朝焼けとすることに何の意味があるのだろう」
「意味は…無いんじゃないか?」
「意味がないのにやるの?」
「さぁ、お父さんは考えたことがないしそんなこと聞かれてもわからないよ。それにみんな解釈が変わったところで生活に困るわけじゃないし普通に暮らせてるだろ、それでいいじゃないか。」
「でも明らかにおかしいよね。もしこういう言葉の解釈の仕方を自由に変えることが当たり前になったら、あらゆるものの定義が揺らいでしまうのではないかな?」
「うーん。なんかお前考え過ぎじゃないか。もっと気楽に生きたほうがいいぞ。俺たちは目の前を真っ直ぐ見てただひたすらに自分の人生を歩く、何も悪いことはしてないんだから、もし何か悪いことが起こったとしてもそれはお前のせいでもお父さんのせいでもない。だからお前はお前の人生を歩けば良いんだよ。」
「その無関心が僕らを殺すんだよ」
ショートショート
終