【小説】ブラックホールとゴシップガール

「今日からうちに配属されることになったブラックホールくんだ。さあ、ブラックホールくん何か一言」
 宇宙服を身にまとった課長が虚空に向かってそう促した。課長はどうやら奥さんの言いつけは守らないタイプの人間らしい。宇宙服がパツンパツンだ。
「どうも、ブラックホールです。まだまだ分からないことだらけですが、一生懸命頑張るのでよろしくお願いします」
 パラパラとまばらな拍手がフロアに響く。我々総務課らしい、なんとも気だるげな光景である。
 ブラックホールが席につき、各々がのっそりと業務を始めたところで、隣のデスクのミサちゃんがひそひそとわたしに耳打ちした。
「諏訪ちゃん先輩、この時期に異動だなんて、どうにもおかしな話ですよねえ。先輩は、なんか、こう、うわーってド派手なうわさみたいのって知ってたりします?」
 ゴシップガールのミサちゃんらしい問いかけである。わたしは、「知らない」と一言だけ返して、目の前の仕事に精を出す。しかし、ゴシップガールはなおもわたしに探りを入れてくる。ええい、うっとおしい。わたしは懐から課長が不倫相手と密会している写真を一枚取り出し、ミサちゃんに手渡した。ミサちゃんは目をキラキラさせながらそれを受け取ると、お口に入れ、おいしそうに咀嚼する。普段はうざくてうざくて仕方ない後輩だけど、こういう時はとっても愛らしい表情だ。
 ブラックホールは案の定、パソコンとマウスと重要書類とイモタくんを虚空へと飲み込んでしまったようで、さっそく課長に叱られている。ミサちゃん、どう考えてもあれが原因でしょ……。
 ゴシップガールのミサちゃんはおなか一杯になったようで、デスクに突っ伏してうたた寝を始めたみたいだ。
 幸せそうに眠るミサちゃんを見ながらわたしは、今日は定時に帰れたらいいなとぼんやりと思った。

(2022年9月執筆)

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