【小説】怪人○○女
薄暗い部屋の中、二人の男が話している。一人は真っ黒なケープに体を包み、右目には黒い眼帯をしている。眉間にしわを寄せ気難しそうな顔で、傍らに立つ白衣をまとったもう一人の男に声をかけている。白衣の男は口元に白いひげを蓄えたいかにも学者然とした見た目をしている。
そして、男たちの目の前には怪しい光を放つ大きな装置が一つ。
「なあ、博士よ。今回こそは成功するんだろうな?」
「なあに、心配はいりませんぞ、大総統様。前回から試行錯誤を重ねまして、安全性は格段に上がりました。さらに素体の女も厳選した超一級品。この女怪人が必ずや大総統様の野望を叶える一助になるかと」
「さすがは博士。その言葉が聞きたかったぞ」
大総統のその言葉を合図にしたかのように、目の前の装置はより一層光を強め、大きく振動した。
「大総統様、いよいよですぞ」
大総統は博士の言葉に頷くと、博士から渡された大きな赤いボタンを押した。すると、装置からチーンという少しマヌケな音が鳴り、全身を黒い外骨格で覆われた怪人が現れた。
「やりました、やりましたぞ! 大総統様、立派な虫型女怪人の誕生ですぞ!」
博士は感極まったように叫び、大総統も喜びをかみしめるかのように、何度も頷いている。
「さあ、怪人カミキリムシ女よ。ここにいる大総統様の野望のため、己の力を振るうのだ!」
しかし、カミキリムシ女は装置の前で一歩も動かず、装置に反射して映った自分の姿をじっと見つめている。
「博士よ、なんかこの怪人ずっと自分の姿を気にしてるっぽいんだが」
「おかしいですな。脳改造も一緒に済ませているので、すぐにでも命令に従って、任務へ出かけていくはずなんですがねえ」
博士はそう言って首をかしげた。
カミキリムシ女はしばらく自分の姿をまじまじと見つめていたが、やがて大総統と博士がいるほうを向くと、まっすぐに二人のところへ近づき、見た目に合わない澄んだ声で、
「チェンジで」
と、言った。
大総統と博士はしばらくあっけにとられた様子で、目の前のカミキリムシ女を見つめていた。
「チェンジとはどういうことかね? よもや、この素晴らしい肉体が気に入らなかったということか?」
ようやく我に返った博士がそう問いかける。カミキリムシ女はあの澄んだ声で、「そうよ」と返事をした。
「ちょ、ちょっとだけ、こちらの大総統様と相談しても良いかな?」
博士はそう言って、大総統を後ろに向かせ、小さな声で話しかけた。
「と、言っていますがいかがしましょう?」
「いかがしましょうも何もあるものか。なんなんだ、あの怪人は。脳改造はうまくいったんじゃなかったのか?」
「おそらくは、脳改造はうまくいったけれども、人間だったころの人格に怪人としての人格が引っ張られているのではないかと……」
「なんだそれは。そういうイレギュラーもつぶしておくのが、貴様の仕事じゃないのか」
大総統はいらだったようにそう吐き捨てると、カミキリムシ女のほうへ振り向いた。
「おい、カミキリムシ女よ。どうもこの姿に不満があるようだが、どこが気に入らないいのかね。触角か?それとも胸部を人間だったころと同じくらいのサイズにとどめてしまったことか? それくらいなら、ここにいる天才博士が何とかしてみせるぞ。お前のAAカップがみるみるうちにIカップだ!」
「別にそんな所を変えてほしいんじゃないです。あと胸の話はしないでもらえますか、フツーにキモいんで」
「あ、ああ。悪かった。で、いったい何が気に食わないんだ?」
「この姿、可愛くないじゃないですか。もっと可愛いのにしてください」
カミキリムシ女のその言葉に、大総統と博士は再びあっけにとられてしまった。
「いや、怪人だからあんまり可愛いとかは気にせずに、機能性重視で、その、頑張っていただけたらいいんだが……」
「こんな姿でライブに出れるわけないでしょ。今日も夕方からライブがあるっていうのに」
「ちょ、ちょっと待った。お前ライブって何のことだ?」
「いや、わたし地下アイドルだから。フツーに仕事に支障が出るからどうにかしてって言ってるの」
今度は大総統が博士を後ろへ向かせ、再び小声で話しかけた。
「おい、貴様。なんでよりによって地下アイドルを改造したんだ。大体こういうのはアスリートとかヒーローの彼女とかが相場だろう」
「いや、当然素体としてかなり優秀だったもので。彼女は高校時代にバトミントンで全国大会上位まで行っていますし、ダンスのキレもスピランセスの中では一番と言っていいものがあります。ああ、別に他のメンバーのダンスが悪いってわけではありませんよ。確かにキレではドクダミちゃんに劣る部分があるかもしれませんが、その分一生懸命さが伝わって、それがグループとしてとても良い相乗効果を生んでいるんだと私は思っているんです。あと何といっても声ですね、声がとても良いんです。大総統様もお聞きになったでしょう。あの鈴の音のような凛とした声。いやー、正直改造したせいであの声が失われないかひやひやしましたが、変わって無くて安心しましたよ。あの声が失われるのはスピランセス、いや日本の大損失と言って間違いないですからね。後はスタイル。大総統様は胸の大きさに言及されていましたが、アイドルに限らず女性にそのような話題は厳禁ですぞ。それはそうとして、あの高身長スレンダーな体形。それがドクダミちゃんのクールな印象を際立たせると同時にふとした瞬間の可愛らしいしぐさによるギャップをより引き立ててくれるのです」
「……、貴様ファンだろ」
「そんなことはありませぬ。ただ私は素体としての彼女の優秀さにですね……」
「そんなわけあるか、あんなに長々と語っておいて。あとドクダミちゃんってなんだよ。アイドルに付けていい名前じゃないだろう」
「他にはカタバミちゃんやオオイヌノフグリちゃんなどがいますぞ」
「やっぱりファンだろ。あとそいつらのプロデューサーを呼んで来い。直々に処刑してやるから」
「それはそうと、どうしますか。脳改造をもう一度施して無理やり何とかするという方法はありますが」
「……そんなもの決まっているだろう。もう一度、別の怪人に変えてやれ」
「ですが、大総統様、今回はうまくいきましたが、もう一度うまくいく保証はありませんよ。第一、怪人を怪人に改造なんてやったこともありませんし」
「博士よ、貴様は天才なんだろう? それに、この女は貴様が惚れた女なんだろう? だったら、何とかしてみせるのが漢ってものじゃないのか」
大総統のその言葉に、博士は一瞬はっとした顔をし、大きく一つ頷いた。
「わかりました。やって見せます。ドクダミちゃんが満足いく姿になるまで、死ぬ気でやってやりますぞ!」
◇
「さあ、怪人ウサギ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人モルモット女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人シャチ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人オオサンショウウオ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人タンポポ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人ヘラクレスオオカブト女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人ハト女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人セアカゴケグモ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人ウーパールーパー女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人ダチョウ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人クマ女だ!」
「チェンジで」
「さあ、怪人オオワシ女だ!」
「チェンジで」
◇
「さあ、大総統様。十四回目の改造です。張り切ってボタンを押してくだされ!」
「なあ、博士よ。確かに俺が再改造してやれと言ったが、ここまで決まらないものなのか?」
大総統はうんざりとした顔でそう言った。
「まあ、彼女が可愛いと思うものが出るまで続けないといけないですしね。そもそも何を可愛いと感じるかは個々人の価値観によるところが大きいですからね」
「そんなもん、ドクダミちゃんとやらに何を見て可愛いと思うか聞いて、その姿に改造すればいいだけの話だろうに」
すると、博士は困ったように顔を伏せた。
「おい、どうしたんだ」
「実は大総統様には言っていなかったんですが、この装置、何に改造されるかはこちらで決めれないんですよ。まあ、いわゆるガチャみたいなものですね」
それを聞いて、大総統の顔は真っ赤に染まり、体はぶるぶると震えはじめた。眉間のしわも、お好み焼きのコテを無理やり押し付けたのかというぐらいに深くなっている。
「ガチャみたいものですねじゃねーんだよ! どうするんだ、一生こんなバカげたことを続けるつもりか!」
「大総統様がやれって言ったんでしょう! あと、ドクダミちゃんは、何が可愛いかは自分でも分かんない、結構ひとめぼれしちゃうタイプだからさ。って言ってましたよ」
「知るかそんなもん! こんなポンコツ機械叩き壊してやる!」
そう言うと、大総統は手元に持っていた赤いボタンを装置に向かって勢いよく投げた。ボタンはクルクルと回転しながら、勢いよく装置へとぶつかった。ガチャンと派手な音を立て、装置からは白い煙が出始める。
「ドクダミちゃん!」
博士はそう叫ぶと、白い煙で覆われた装置のほうへ駆け出した。
しばらくしたのち、煙の中から博士と今まで見たことのない奇妙な姿をした怪人が出てきた。
その怪人は、右手はカマキリのような鎌になっているが、左手はタコのような吸盤のついた触手になっている。さらに頭部は可愛らしい猫のようなものになっているが、背中には亀のような甲羅を背負っている。臀部からは馬のようなしっぽが生えているが、両足はゴリラのような筋肉質で太い脚になっている。そして、なぜか全身が虹色に光っている。
「おい、博士、なんなんだこれはいったい」
「おそらくですが、大総統様が装置を壊しやがった際に、内部で誤作動が起こっていろいろ混ざってしまったのだと。もう装置は使えないので、後はドクダミちゃんがこの姿を気にいるかどうか……」
怪人は博士から借りた姿見でその全身をまじまじと眺めている。大総統と博士は、その様子を固唾をのんで見守っていた。
やがて怪人は大総統と博士の方を振り向いた。猫の目がキラキラと輝いている。
「これ、気に入ったよ! わたしめちゃくちゃ可愛くなってるよ」
そう言って怪人はうきうきとした足取りで、薄暗い部屋を出ていった。
「まあ、何はともあれうまくいってよかったよ。博士、貴様のおかげだ。……、礼を言う」
「こちらこそ、私のわがままを聞いていただきありがとうございました。ところで、今まで聞けずしまいでしたが大総統様の野望っていったい何なのですか?」
そう聞かれると、大総統は少し恥ずかしげに頭を掻きながら言った。
「俺はな、特に何も無いのに電車の優先席に座って、注意してきたときに逆切れする不届き者を懲らしめたくて、この組織を作ったんだよ。そのために、博士に怪人を作ってもらったんだ」
それを聞いて、博士は大きな声で笑いだした。
「何がおかしいんだ、博士」
「いやいや、なんにもおかしいことありませんよ、大総統様。最高な野望ではありませんか。正直、これで世界征服とか言われたらどうしようかと思っていましたもの。私も、好きなアイドルに殺人なんてさせてくないですからね」
そう言って大総統と博士は見つめ合うと、また大きな声で笑い始めた。その楽し気な笑い声はしばらくの間、部屋の中を響き続けていた。
その後、怪人ゲーミングリセマラ女と名づけられたその怪人は、鳥鳥県ワカサ町の人口ぐらいの数の不届き者を懲らしめた後、正義のヒーローを名乗る男と結婚し組織を寿退社した。もちろん、元の人間だったころの姿へ戻す手術を施してから。しかし、その手術の際にもひと悶着あったのは、また別のお話。
(2022年2月執筆)
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