【小説】溺れるアロサウルス藁をも掴む

 アロアロアロアロ。アロ。アロアロンアロアロア、アロロアロアロ。アーロアロアロ。アロサウルス、アロアローロアロロアロ。アロロ、アロアロロ。アロンア。
 アロアロアロ。アロロ、アロロンアロアロ、アローアロー。アロアロアロ、アロンアロンアロン。アローアーロ。アロンアロンアロンアロアロン。
 アロロ、アロン。アロアーロアロアロロアロ、アロアロアロアーロ。
「アロロロ、アロアロアロロ、アロアロ。トリケラトプス、アロロロロロロロ」
 アロロアロロ。アロアロアロアロ、アロロ。トリケラトプス、アーロロア。アロンアロンアロアロアロ、アロロアロアロアロアロンアロアロン。
 アロンアロン、アロアローロアロアロロア。アローロアロロンアロン。アロ。アロアロン、アロアローアロアーロアーロ。
 アロサウルス、アロアロロアロアアロロ。アロアロ、ン、アロンアロンアロロ。

「アロロ、ロロ。アロアロアロアアロアロアロロ。アロアロアロ」
 アロアロアロ、アロンアアロロ。アロアロアロアロアロ、アロアロ、アロンアロアロンアローアロ、アロンアアロンア。
 アロアロアロ、アロ、ロロロロ、アアロロ。「アロ!?」
 アロアロアロアロ、アロ、ロロアロロ。アローアロアロロ。アロロン。アロア。
 アロアロ、アロ。
「アロ! アアロ! アロ!」
 アローアロアロ、アロサウルス、アローン。アロン、アロアロ、アロ。
「アロ! アロ!」
 アロンロ。アローアロアロ、アロサウルス、アローン。
 アローロ、アロ、アロンアロ。アロアロアロアロ。アロンアロンアロン。アローアロ。アロンアロンアロンアロン。
「アロロアロ! アロ、アロ……」
 アロロ。アロンアロ。アロロ、トリケラトプス、アロンアロ!
「トリケラトプス! アロンロ! アロサウルス! アロン! アロ!」
「トリケトリケ。トリリ。トリトリ、ケラット、ケラトリ。ケラケラケラケラ」
 トリケラトプス、アロアロ。アローロアローロ、アロアロア。アロン。アロサウルス、アロアロアロアロンアロロンアロンアロ、アローロ。
「アロ! アロ! アロッロ、アロー!」
 アロサウルス、アロロ、アロ、アロンアロアロアロン。
「アロ! アロ! アロ。アロ……」
 アロ、アロ、アロン。アロロッロ。アロン。アロサウルス、ロ。

   ◇

 午後三時。T大学文化学部第一会議室は重苦しい雰囲気に支配されていた。
「なんだって、藁野教授はこんなことに時間を割くんだろうか。もっと早く決めてしまえばいいのに」
「しょうがないだろう。なんせ、今回の新種恐竜の発見は藁野教授生涯の悲願だったんだからさ。そりゃああの変わり者のことだ、『絶対に後世に残るようなインパクトのある名前を考えよ!』くらいのことは言うさ」
 そんなもんかねぇ、と男は手元の資料をペラリとめくった。没になった新種恐竜の命名案がズラリと並んでいる。
 それからしばらくもしないうちに、白髪に白衣という「いかにも」といった風貌の藁野教授が会議室へと入ってくる。
 藁野教授はわざとらしい咳払いを一つすると、鹿爪らしい表情で会議室の面々に語りかけた。「諸君、今回の大発見に際して、恐竜の名前一つ考えられんとは非常に嘆かわしい! そもそもなんだね、やれ私の名前から取って『ワラノザウルス』だの、ティラノサウルスのちっちゃい版だから『ティラノサウルス・ミニ』だの、そろいもそろってまともな案を出してこない。挙句の果てに、溺れてるような格好で発見されたから『シンクロナイズドスイミング失敗ザウルス』なんて名付ける輩まで出てくる始末」
 言葉を一つ区切り、藁野教授はじろりと会議室中を見回した。若い研究者たちはみな一様に押し黙っている。
「もはやお前たちには頼ってられない。私にとっての世紀の大発見なのだからな。そこで今日はあるお方をお呼びした」
 そう言うと藁野教授は「どうぞお入りください」と声を張った。
 ガチャリとドアの開く音がし、全身黒のドレスを身にまとった若い女が藁野教授の隣に並ぶ。会議室内に喧騒が戻ってくる。
「おい誰だあれは」「見たことあるぞ、前教授の部屋に入っていった奴じゃないか」「駅前で教授と手をつないで歩いていたぞ」「噂の不倫相手……ってコト!?」
「静まりたまえ。このお方は私が懇意にさせてもらっている霊能力者のえりりん様だ。えりりん様は前世があの邪馬台国女王の卑弥呼であり、またラスプーチンの生まれ変わりでもあり、キリストの一番弟子でもあるのだ。霊験あらたかなお方で、この世のすべてをつかさどる全能の神の使いとして私たちの前に姿を現してくださっておるのである。さらに六次元世界との通話によって、私たちの知らない知識をもたらし世に安寧を与える知の女神でもあるのだ。今からえりりん様に霊視をしていただき、化石の中に眠る記憶を呼び覚まし真実の名前を解き明かすのだ」
 いつもと変わらぬ真面目くさった表情の藁野教授がそこにいる。しかし若い研究者たちはみな、かの名教授の見たこともない姿に戸惑いを隠せなかった。
 静寂の中、えりりんと紹介された女がおずおずと口を開く。
「えー、マサヒコくん……、じゃなかった藁野正彦氏の依頼を承ることになった吉田……。すみません、えりりん様、違うな……、えりりんである。今からこの名もなきもの? 化石か。化石の中に眠る記憶を呼び覚まします……。いや、呼び覚ますのである」
 すると、えりりんは肩にかけたカバンから白木の棒を数本取り出すと、あっという間に机に組み上げた。上に白布をかけ、筮竹や天眼鏡、水晶玉を並べていく。最後に黒いドレスにはとても似つかわない茶人帽を頭に乗せる。
「では、まいります」
 えりりんは筮竹を持ち、ジャラジャラと音を立てる。
「一人で泣いている。いや溺れている……。皆、彼の姿を見ても助けようとしない……。アローン、アローンという声が聴こえる……。見えました、この恐竜はアローンサウルス、いやアロサウルスです! 独りぼっちだった彼をマサヒコくんが助け出したのです!」
 おお! と声を張り上げ涙を流す藁野教授とぽかんと開いた口が塞がらない若い研究者たちと恥ずかしそうに顔を伏せる霊能力者えりりん。

 リンゴンと講義の終わりを告げる鐘の音が校内に響く。時刻は三時半になろうとしていた。

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