
新しい葡萄酒に相応しい新しい革袋を探してトルーマン・カポーティ『ここから世界が始まる』
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新しい葡萄酒に相応しい新しい革袋を探して
トルーマン・カポーティ『ここから世界が始まる』
■Truman Capote, The Early Stories of Truman Capote, 2015/トルーマン・カポーティ『ここから世界が始まる――トルーマン・カポーティ初期短篇集』2015 年/小川高義訳・村上春樹解説・2019年2月・新潮社/2022年10月1日・新潮文庫。
■短篇小説集。
■目次
l 分かれる道
l 水車場の店
l ヒルダ
l ミス・ベル・ランキン
l もし忘れたら
l 火中の蛾
l 沼地の恐怖
l 知っていて知らない人
l ルイーズ
l これはジェイミーに
l ルーシー
l 西行車線
l 似た者同士
l ここから世界が始まる
l 編集後記 デヴィッド・エバーショフ
l 作品解題 ヒルトン・アルス
l カポーティ略伝
l 訳者あとがき 小川高義
l 解説 天才作家の天才的習作 村上春樹
■文庫205ページ。
■文庫550円(税別)。
■2023年6月23日読了。
■採点 ★★★☆☆。
副題*[1]通り、トルーマン・カポーティの未発表だった初期短篇を集めたものである。恐らくカポーティ文学のコアな愛好者だと思われる、原著に「作品解題」を執筆しているヒルトン・アルス*[2]や、日本語版に「解説」を寄せている村上春樹の、この作品集に対する評価は比較的辛口である。
例えば、村上はこう述べる。「ここに収められているのはあくまでも「習作」であり、当然ながらそこには少なからず欠点が含まれている」*[3]と。あるいは、こうも述べている。「正直言って、生まれて初めてカポーティ作品を手に取るという読者に、この短編集を奨めることはちょっとむずかしそうだ。」*[4]
しかしながら、村上の言葉に逆らうようだが、わたしのようなカポーティ初心者でも、とても愉しめた。この当時のアメリカ文学の流れや、カポーティの位置関係が全く分かっていないが、とても習作とは思えない。後年の作品なくしても、十分鑑賞に堪えうる作品群だと思う。
ここにあるものは、一般にカポーティの後年の作品が持つと言われる「イノセンスの崩壊」や、或る種のポエジーのようなものではなく、徹底的に小説の技術的な方法論を相当意識的に試行錯誤している、ということである。短篇映画、あるいは、近年で言えば、ネットで放送されているようなテレ‐ヴィジョン用のショート・ドラマのような印象を残す。深夜に偶々テレ‐ヴィジョン受像機のスイッチを入れた。観るともなしに見ているといつの間にか、その世界に引き込まれていた、という感じに近い。
更には、同じバス事故で命を落とすことになる4組の乗客の人生の断片をバラバラに描く「西行車線」や、教師に叱責されながら、自身が有名な女優になっている様子を、断続的に妄想する、表題作「ここから世界が始まる」などのような極めて実験的な方法論に支えられた作品も目につく。
以前、カズオ・イシグロのノーベル賞の受賞講演*[5]を読んで、彼が、自身の作品を次の段階へとブレイク・スルーことのコアになったものが、必ずしも内容や主題ではなく、主として技術的な、すなわち形式的な問題を主として論じていて、怪訝に思ったことがある。しかしながら、よくよく考えてみると、新しい葡萄酒は、新しい革袋に入れねばならぬのだ*[6]。作家たちは自身の新しい酒に見合う新しい革袋をこそ探しているのであろう。
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1,760字(5枚)
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*[1] 原著ではそのままのThe Early Stories of Truman Capote というタイトルである。
*[2] 「このような習作と言えるもの」 [カポーティ、トルーマン, 2015年/2019年/2022年]p.183。アルスは『ニューヨーカー』スタッフ・ライター。
*[3] [カポーティ、トルーマン, 2015年/2019年/2022年]p.204。
*[4] [カポーティ、トルーマン, 2015年/2019年/2022年]p.205。
*[5] カズオ・イシグロ『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー――ノーベル文学賞受賞記念講演 2017年12月7日 ストックホルムにて』2017年/土屋政雄訳・2018年2月15日・早川書房。
*[6] 「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。」(新約聖書・ルカ福音書 5 章 36~38 節)。