嗜好

大学に入学し、一年目の頃。
「早く人間になりたあい。」というフレーズを自虐的冗談として気に入っていた。
自己イメージの世界で、私はモンスターだった。
理学部のキャンパスにある図書館の二階はいつもひとけがなく、ハードカバーの文学全集が並んでいた。
理学部において場違いな学生だった私は、そこに入り浸った、おそらくは数少ない一人であった。
そしてある日、瀬戸内寂聴と出会った。
瀬戸内寂聴は魔王クラスの怪物であった。
偉大な怪物による本という軌跡を知ることによって、私は自分がちっぽけなモノだと気付き、少し力が抜けた。

挿入はしていないという意味で私は確かに処女であったが、そんな自分を薄汚い化けモノだと感じていた。
キチンと汚れれば人間になれる。
でも、私だって、好きで処女と呼ばれるモノである訳じゃなかった。

一線を越えれば私の愛が終わることを、そうする前から私は知っていた。
嗜好とは、そういうモノである。

あの頃から今まで、瀬戸内寂聴の名前を知らない人はいないと思われるものの、 その作品を読んだ人を知らない。
思うに、作家瀬戸内寂聴の主要テーマはプラトニックラブだ。
そんな物語を紡ぐ相手とは未だ出会っていない。