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メイドインアビス第2期 第8話の度し難感想 絶望の底で見出した、ささやかな楽園
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「約束かなえてくれるなら、ファプタはレグのものそす。体のどこでも持っていくそす」
しかしその“約束”をぜんぶ忘れてしまっているレグ……。ひどいわ、女の子との約束を忘れちゃうなんて!
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ファプタの望みとは……成れ果て村の住人全員を虐殺すること。果たして村の過去に何があったのか……。
こんなのを差し出されると、断れないじゃないか……。
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再び過去話。ベラフは“例のアレ”を食べてしまって息を吹き返したが正気を失ってしまった。絶食していたベラフにとって、“例のアレ”は抗えないくらい“美味かった”そうで。そりゃ抗えんわな……。
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ガンジャ隊が食べていたものは何だったのか……。もうお察しの通り、イルミューイが産んだ子供。
なんという度し難いの連鎖。子供の産めないイルミューイは「欲望の揺籃」によってようやく子供を授かることができたが、でもその子供は翌日には死んでしまう。だったら食べてしまおう……と。倫理観の崩壊する様を描いている。
じゃあ“食べない”という選択肢はあり得たか? それはない。なにしろ第6層では人間が食べられるものはほとんどない。この場所において、唯一まっとうな食べ物で、かつ安全に得られる食べ物はイルミューイが産んだ生き物しかないわけだから。
食べなかったら全員死亡。食べたら人間性喪失。さあ、どっちを取る? これを「究極の選択」という。
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「やってみる? 料理?」
一見平然としているように見えるワズキャン。これは完全に人間性を喪失している姿。すでに情動を喪っている。情動を喪っているから、イルミューイの子供を生きたままさばいても気持ちはまったく動かない。ただガンジャ隊存続のため……という理性的意思だけで動いている。第6層の呪いを浴びるまでもなく、ワズキャンはすでに人間性を喪失しちゃっている。
イルミューイの子供を食べると、なぜか「水もどき」の症状からも復帰することができた。これはなぜなのか?
一番簡単な回答が、イルミューイの子供に水もどきを退ける何かがあったから……。体内の細菌を殺すような、別の寄生虫がいたから……というのが一番わかりやすい答え。
もう少しファンタジックな答えを探すとしたら、イルミューイの子供を食べると「生命力」を得ることができるから。いわば「活力」。「水もどき」は飲んだ人に寄生し、弱らせ、最後には自分の意思とは無関係でねぐらに向かわせ、岩になる。そうなるためには、宿主にはとことん弱ってもらわなくてはならない。
でもヴエコを見てわかるように、イルミューイの子供を少し食べると元気に立ち上がれるようになった。宿主が活力を戻して、「水もどき」を退けられるようになった。実は「水もどき」はまだ寄生したまんまだけど、その影響力を受けないくらいの活力を持ったから、影響を受けなくなった。
でもこの説明だと、イルミューイの子供はものすごい精力剤なみの栄養素を持っているということでもあって……。この回答は微妙にありえないのでファンタジックな回答。
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こんな狂った状況の中、正気を保っているヴエコ。なぜヴエコだけ正気を保っていられるのか。
それはイルミューイへの想いがあるから。常にイルミューイのことを慮っているから、狂気に飲み込まれずに済んでいる。
『メイドインアビス』は、究極的には「愛」の物語。アビスという狂った場所において、どうやって正気を保ち続けるか……その答えがいつも愛。ナナチはミーティの愛情を受けてあの姿になったし、リコはプルシュカの愛情を受けて白笛が授けられたし……。ヴエコが最後まで狂わずに済んでいるのは、イルミューイへの愛がずっとあるから。それは、子供の産めないヴエコにとって、イルミューイが“娘”だったから。娘と思っているから、ヴエコはイルミューイを殺せない。
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復帰したガンジャ隊の一同が、イルミューイの子供の前で祈りを捧げている。すでに宗教っぽくなりはじめている。
神や宗教はどのように誕生するのか? ある例では「死んだ人への後ろめたさ」であると考えられる。例えば菅原道真は天才だったが、周りから妬まれ、島流しにあって死んでしまった。その後、京の都に激しい落雷が降り注ぎ、人々は菅原道真の怨霊だと考えた。なぜ菅原道真の怨霊だと思った? そこには「死なせてしまった人に対する後ろめたさ」があったからではないか。
怨霊となった菅原道真は「神」として祀られることになり、現在に至る。
このブログではよく例に出るブリテンの伝承ティル・ナ・ノーグはどうして生まれたかというと、もともとブリテン島には先住民がいたが、それが後から入植してきたゲルマン民族が虐殺し、生き残った人たちを船に乗せて、海に沈めてしまった。この海に沈んで死んでいった人たちを、神として崇めよう……こうして神の国ティル・ナ・ノーグが生まれた。
神や宗教が生まれるパターンはこれ一つではないが、「死んだ人への後ろめたさ」というのが一つのパターンとしてある。この場合の「神の正体」はなんなのかというと「死んだ人」のこと。
このお話では、ガンジャ隊は毎日イルミューイが産み落とす子供を取り上げて食べるということにどうにもならない「後ろめたさ」を感じている。後ろめたさがあるから、自分たちへのごまかしとして、取り上げる前にお祈りなんか始めてしまっている。
それじゃ、こんな狂った環境で宗教っぽくならずに済む方法はあるのか? ――ない。食料を得る手段がこれしかなく、まだ意思を持っているイルミューイの絶叫を背後に聞きながら、正気でいられるか……というとそれは無理。ワズキャンのように情動を完全に喪失させてしまうか、あるいは宗教を作るか……それしかない。
地獄の底では、祈りを捧げる相手は呪いしかないのだ。ああ、度し難い。
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移動するイルミューイ。
ここが惜しいところで、移動するイルミューイの足元を描いて欲しかった。これだとどれだけのスケールのものが動いているのかわかりづらい。
でもいまイルミューイには無数の足が生えている状態なので、それを作画……となるとものすごく大変なことになる。アニメーターの苦労を考慮したうえでの演出でこうなっているわけだが、やっぱりもっとスケールがわかりやすい構図で見たかった。それをやるとテレビアニメの予算枠では収まらなくなるんだけど。
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ベラフ「……おいていけ……私はもう……」
ワズキャン「いいや君が必要だ。最後まで苦しみになれることがなかった、気高い君がね」
これは驚くような台詞。ワズキャンは自分が情動を失っていることを自覚している。
なぜベラフが必要なのかというと、ベラフのほうが正気だから。ベラフはずっと倫理観を保ち続けたから、イルミューイの子供を食べるということが耐えられなかった。他のガンジャ隊達はもうすでに倫理観が壊れている。宗教を作って、自分たちがやっている後ろめたさをごまかしている。だから平然としていられる。この中で実は正気なのはヴエコとベラフの2人だけ。この正気の人間に、これから起きることを見届けてもらわねばならない。だから連れてきた。すでに正気ではないガンジャ隊の人がこの先の状況を見て、何かに記述しようとして、もまともな内容にならないのは目に見えているから。
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こちらは第2期第1話。船の中で立った1人生存していた老人……のような男(他の乗組員の姿を見ると、みんな若い。もしかすると気が狂って老人のような姿になってしまったのかも知れない)。この男が星の羅針盤を持っていた。
この男はアビスに挑戦して、生きて地上に戻ることができた男だった。でも“呪い”は上昇負荷だけではなく、精神も蝕んでいく……。ガンジャ隊が生存して地上に戻れたとしても、この老人のようになってしまうだろう。
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精神崩壊の限界まできたベラフは、「私を喰ってくれ」とイルミューイに懇願する。
イルミューイは応えるように、腹が開く。
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その腹のなかへ入っていくベラフ……。体に触手のようなものが張り付き……。動きを見ると「注入」されているように見える。
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ついにその体が崩れ、異形に変わってしまう……。
そうだったのか! 成れ果て村の住人達は「上昇負荷」であの姿になったわけじゃなかったんだ。それじゃ上昇負荷の呪いを浴びてナナチのようになった……という例は本当に特別な存在だったんだな……。
それで「イルブル」の意味は「村が5割、ゆりかごが4割、母が1割」だったんだ。母の胎内だったから……。だったら母要素もっと多くてもいいような……。
ベラフの変わり果てた姿を見て、ガンジャ隊の一同が次々とイルミューイの腹の中へと入っていき、異形の姿を受け入れていく。みんな頭がおかしくなって状況が宗教化しちゃっているから、ためらいがない。
でもたぶんこの状況……罠じゃないかな。結果的にイルミューイの体内から出られない。永久に生きていけるけど、逃げ場がない。
もう一つ思うのは、怪物の姿になることで、全員が「イルミューイの子供」になったんじゃないかな……。イルミューイは子供が欲しかったわけだから……。
このシーンのいいところは音楽。
ここで起きていること……というのはひたすらに忌まわしい状況。描写だけを見ると不気味。でも音楽が優しい。ガンジャ隊の生き残りを慰めているかのように描いている。
ガンジャ隊のみんなは、古里がなかった。帰る場所も、行く場所もなかった。そのガンジャ隊が初めて「帰る場所」を獲得した。そのささやかな幸福感を、音楽で表現されている。私たちには絶望に見えるけれど、彼らにとっては希望を見出した瞬間なのだ。
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ヴエコが自殺を選択しようとするのは、正気だから。
でもイルミューイの願いはヴエコが生き続けること。イルミューイは完全に意思を消失した“もの”になったわけではない。
もしもヴエコが自殺したら、イルミューイは生きる活力を失って、死んでしまう。イルミューイの体内に閉じ込められたガンジャ隊のみんなは死んでしまう……。
ヴエコは「そうなるべきだったんだ」と思い至る。そもそもガンジャ隊は第6層の生存に失敗していたのだから。
でもワズキャンには情動がなく、「ガンジャ隊を存続させる」ことしか考えないから、ヴエコを生存させようとする。
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ヴエコが幽閉されたその場所は……ワズキャンが語るには、そこは「イルミューイの頭の中」だという。いったいどこだろう? リコがやって来たときは、穴の深い底の中だったけど……。
この辺りが描写が観念的になってしまっていて残念。たぶん作者の頭の中では立体的な地図があったのかも知れないけれど、漫画の中でそこまで描かれなかった。紙枚数的な事情があったんだろう。ヴエコがどうしてこんな姿で幽閉されるようになったかの経緯もよくわからない。そこまで描いて欲しかったなぁ……。シーンの流れ的に、アニメの尺的にも無理だったけど。
「頭の中」と話しているけれど、これは「脳」というわけではないのだろう。「頭の中」と言っているのは、イルミューイの意識が存在している場所……そういう意味なのだろう。
裸でいるのは「罰」かな。裸というのはその人間がまとっている地位や立場を剥ぎ取ることだから。裸にされたヴエコには「お前には何の権利はない」ということかな。
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ワズキャン「君が持ってきた羅針盤。あれを見たとき、なぜかね“望郷”を感じたんだ」
ワズキャンの語る「望郷」とは、故郷を想う気持ちのことではない。ワズキャンにはそもそも故郷なんてものはないから。
そんな故郷のない男だからこそ、“想い”を抱く憧れがある。
それはもうこの世にないもの、存在しないもの、決して帰ることができない場所……そういうものへの憧れ。それを“望郷”という言葉として語られる。
この言葉の意味、理解できるだろうか。私にも自分の故郷というものはあるのだけど、その故郷を思い描いても、ぜんぜん“望郷”という言葉が指し示すような想いにならない。それはその故郷に、友人なるものは1人もいないから……徹底した排除を受けてしまったから、というのもあるかもしれない。私は「あそこは帰る場所じゃない」とずっと感じている。いいところだとはぜんぜん思わない。
そういう想いを持っているからか、いつしか私は「この世にない場所」に「帰りたい」という奇妙な願望を持つようになった。私の頭の中にしかない場所。決して行くことのできない場所……。そういうものを頭に描くと、不思議と“望郷”のような想いに囚われ、行ってみたいような気持ちになるが、存在しない場所なので行くことができない。
そういう感慨、ある種の作家であれば持っている感覚かも知れない。
そこでワズキャンが「望郷」という言葉を口にしたとき、「ああ、それはわかる」という気持ちになった。つくしあきひと卿も同じように考えることがあるのだろうか。
イルミューイの腹が開いたとき、ワズキャンは「ここが故郷。どんな黄金よりも価値があり、どんなに求めても得られなかった我々の故郷だ」と語った。
ワズキャンは直感で、あそこが自分が行くべき場所、古里にすべき場所だ……と悟った。地獄の底で見出したのは、“古里”と呼べる理想郷。古里がなく、父も母もいないワズキャン。そのワズキャンがもっとも価値のあると見なしているのは、あの場所そのものだった。
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ワズキャン「きっと大穴は呼び続けるはずさ。これからも、ずっと先も。憧れに、挑み続ける者達を」
アビスを目指す人たち、というのは一攫千金を狙っているわけでもなければ、名声欲に囚われているわけでもない。遺物が狙いなら、もっと上層のところでウロウロしているだけでいい。どうしてこんな気が狂ったような場所を目指してくるのか……。
それは本人にもわからない“何か”に惹かれているから。あるいは、行かねばならない……そんな気持ちになるから。好奇心とかそういうものでもない。そこに自分が人生を賭けて欲しているものがあるんじゃないか……。それはお宝とかそういうものですらなく、その人間にしかわからない。そういうものを求める欲求を“憧れ”という言葉の中に示している。
さて、リコは「母親に会いたい」という意思でアビスを目指した。しかし今はなにを目指して奥底へ向かっているのか、自分でもわからないという。でもその歩みを止められない。そういう意識が“憧れ”だ……とワズキャンは語る。
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イルミューイはすでに知性を失っていたけれど、最後に子供を産み落とした。それがファプタ。
ファプタは忘れてなかった。兄弟達を殺して喰った悪い人たちのことを。イルミューイは毎日子供を取り上げて食べてしまうみんなを本当は恨んでいた。だから成れ果て村の人々を虐殺してやりたいと思っていた。
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ファプタの姿を見て、成れ果て達は涙を流す。
でも、なぜ泣いているのだろう?
一つにはイルミューイが信仰の対象になっていたから。ガンジャ隊はイルミューイの子供を食べていたことへの後ろめたさを忘れたわけではない。そのイルミューイが最後の子供を産み落とした。その感動。無事に産み落とせたことへの安堵。ガンジャ隊の人たちは「ああ良かった」と思ったのだ。
もう一つの仮説は自分たちの故郷の一部が外に出てしまったから。ガンジャ隊達が考える「故郷」というのは、その場所と、「欲望の揺籃」という精神が宿る場所だった。それが一体となっている場所を「故郷」だと考えていた。
その故郷の一部が外に出てしまった。今ある場所は、ただの“場所”でしかない。イルミューイの子供という精神も一緒でなければならなかった。それが外に出てしまった。
成れ果て村の人々はもうそこから出ることはできないけれど、ファプタが近くまでやってくるとせめて姿だけでも見たい。なぜなら成れ果て村の人々が求めている「故郷」そのものだから。
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足元のドロドロしたものは……実はイルミューイの腹から生まれてくるはずの子供たちだった。生まれず、死ぬこともなく、ずっとそこに留まっている、子供にもなれなかった子供たち。
ヴエコはずっとイルミューイの代わりに、その子供たちを愛で続ける。
模様がファプタの頭の模様と似ていたのは、同じ一族だったから……。
ここに「信号」が流れてくるのは、イルミューイの頭の中だから。脳神経に電流が走っている感じで、それをヴエコも感じ取れる……というような状態だろう。
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語り終えてなぜか動揺しているヴエコ。話しているうちに情緒を出し過ぎて、恥ずかしくなってきたのかな? それとも「話して良かったのかな」って感じ?
ということは、ヴエコは不老不死になったわけではなく、生身だったんだ。でももしかするとイルミューイの子供を食べていたから、寿命は延びていたのかも知れない。「人魚の肉」を食べたみたいな感じになって。
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一部始終を聞き終えるリコ。
……おい、マァァ、もう傷治ってるのか。どうなってるんだ、お前の回復力。お前が一番訳がわからん。
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ちょっと過去の描写に遡ってみよう。
第5話、レグがイルブルを上から見下ろしている様子。うーん、あれが元イルミューイだったものか……。なんでこんなに大きくなってもうたんやろ……。
周囲で飛翔している鳥は、第8話に出てきたものとは違うようだ。形状が違う。あの時の鳥は食われて、別の鳥がテリトリー内に入ってきたのかも知れない。
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イルブルの入り口。たぶん、イルミューイがファプタを産み落とすために、腹の外に体の一部を出したのだけど、それがその後も発達し続けてこうなったんじゃないかと思われる。
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その入り口のところには、あのサインが書かれている。書かれている素材は、たぶん動物の皮を毛だけを落として広げたものだろう。墨汁っぽい質感だけど、道具はどこで手に入れたのだろう。たぶん何かしらの鉱物に油を混ぜて絵具を作ったんだろうと思われる。筆はファプタ自身の体を使ったのかも知れない。
では書いたのは誰か?
ここはやっぱりファプタだっただろうと考えられる。というのも、後の地上の人たちはこのサインの意味を知らない。あの時アビスの縁にいた未開民族達は間もなくいなくなり、あのサインを継承しているのはファプタだけ。
それに位置が高い。普通の人間だったら、上昇負荷を受けてしまう。
このサインはやっぱり人間を逆さまにしたものだと思うんだ。要するに、「アビスの底に追放する」……という意味。アビスの底で村なんかを作ったイルブルの人たちなんてものは、「堕ちた人間」。そういう意味を込めて、「ここにあの人間達がいるぞ!」という目印でファプタが書いて、ここに貼り付けたんじゃないか。
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そのイルブルへ向かう途中の道。8話では省略されていたが、あそこに行くまでに廃墟が一つあるはずだったんだ。でも、第2話で描かれたこの坂道は、8話で描かれた坂道に近い場所だろう。
ところで、やたらとでかい足跡が謎だったが、ガブールンの足跡だったんだな。
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第2話でのファプタのイタズラ書き。このサインを書いたのは、「レグ、お前憶えてるよな」という意味だったのかも。
よく見てみると、逆さ人間の絵はリコに被っているし、ナナチの顔にも線が一本入れられている。ナナチの存在を否定している。
でも不思議とファプタは、リコとナナチが第6層の生物に襲われないように計らってもいる。人間は嫌いだけど、自分が恨んでいる対象ではない……という自覚はあるんだろう。そういう理性はあるようだ。
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ヴエコは「あなたはどうしたいんですか?」と尋ねられて、こう答える。
「私は、もう、ただ一つだけだよ。ただ、あの子のことを、忘れたくないだけ」
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