11月24日 終わりなき絶望の中国 Netflixドラマ『三体』
いやー、面白かった!
見ましたよ、Netflixドラマ『三体』。感想文の前に、作品の基本概要を見てきましょう。
『三体』作者は劉慈欣(りゅう・じきん)。本業はエンジニアなので、作家は副業。1999年、中国のSF誌『科幻世界』でデビュー。映画にもなった『流転の地球』の原作を書いた人だ。2008年発表の『三体』は劉慈欣の長編SF小説5作目。『三体』は発表後、世界的に高い評価を得て、2015年ヒューゴ賞受賞。アジア人としても初のヒューゴ賞受賞となった。他にも受賞とはならなかったが、ネビュラ賞最終候補、プロメテウス賞最終候補、ローカス賞最終候補……とにかくもSF界隈では非常に高く評価されていた作品だ。
実はすでに映像化しており、2022年にアニメ化し、bilibiliで公開されているが、こちらは非常に評価が低く、なかったことにされている。
2023年にも中国でドラマ化。こちらはAmazon Prime Videoで視聴できる。いま確認すると、視聴可能なようだ。余裕ができたら見ようかな……(でも30話もあるのか……)。
私が今回視聴したのは、2024年に配信されたNetflix版。原作・劉慈欣の協力の下、ストーリーを大幅に改変。主要舞台がイギリスになっている。原作も読んでないし、中国版のドラマを見ていないので、違いはよくわからないが……。中国以外の場所が舞台となったことで、変事が世界規模であることがわかるようになった。
それでは本編を見てきましょう。
『三体』はこんなシーンから始まる。
お話しは1966年。中国をどん底に陥れた『文化大革命』の時代から始まる。
文化大革命――なぜか学校の教科書には掲載されておらず、テレビや新聞でも滅多に取り上げないし、取り上げてもふわっとしか語られないので、詳細を知らない人も多かろう。
毛沢東政権下、あまりにも強引な社会政策が敷かれたために、餓死者が大量に出ることになった。これによる不満分子を抑えつけるために組織されたのが「紅衛兵(こうえいへい)」。
紅衛兵が実行勢力となって、国内の反革命勢力を弾圧。中国共産党に不満を持つ者は当然殺されたし、「文化浄化」の名の下、様々な文化的遺跡も破壊された。芸術、文学などの表現にも紅衛兵の手が入り、科学すらも「不都合なもの」として弾圧の対象にされた。
紅衛兵による弾圧の死者は不明だが、少なくとも数百万人はいるとされる。文化大革命で死んだ中国人は、全体でおよそ2000万人。ヒトラーもドン引きの数字である。
左翼の人々は口癖のように「ヒトラーのようだ!」「ヒトラーの再来だ!」と大騒ぎするが、そのヒトラーより極悪な人間がお隣の国にいる(ナチスによるユダヤ人虐殺は30万人とされている)。どうして「毛沢東のようだ!」と言わないのだろうか。実に不思議だ。
えげつない話ではあるが、中国は歴史的に“そういう国”だった。王朝が変わるたびに、前の王朝文化や文明を破壊する。大量に人が殺される。過去の話をすると、明王朝時代(1368~1644年まで)、おそらく中国は世界最高の文明国だったが、王朝の交代とともに文明ごと破壊されたために、後進国へと転落した。
現在は習近平による一党独裁政治だが(一応選挙っぽいことはやっている)、政権交代になると、また激しい混乱が起きるだろう。その前に戦争が起きる可能性も高いし……。
現実の話は置いといて、ドラマの話をしよう。
そんな文革の時代。舞台上につるし上げにされた挙げ句、公開処刑された物理学者。その娘である葉文潔(イエ・ウェンジェ)。娘も物理学の知識を持っていたために逮捕されてしまう。
そのままモンゴルの強制労働収容所へと送り込まれる。
このドラマ、中国で視聴可能なの?
葉文潔はその後、“不適切”とされている本を所持していたために拘束監禁される。しかし物理学に対する深い知識があったために釈放され、秘密研究所へ送り込まれる。この研究所内に監禁……ということになった。
研究所の目論見は……「宇宙人との交信」だった。すでに西洋諸国も宇宙人との交信を試みている。中国も遅れてはいかん。西洋に先んじて、宇宙人とコンタクトを取るのだ!
葉文潔は“ある方法”で電波を増幅し、メッセージを送れることに気付いた。それを提案するも却下される。そこで葉文潔は他の職員が気をそらしているうちに、こっそりメッセージを送信する。
そして8年後である1977年。宇宙人からのメッセージが届く。
8年もかかった理由は、電波がとある惑星に届き、戻ってくるまでに8年。
そのメッセージが届いた1977年。なぜ1977年なのか?
実はこの年、オハイオ州立大学のジェリー・エーマンが、ビッグイヤー電波望遠鏡で謎の電波信号をキャッチしていた。信号を受け取ったエーマンは、驚きのあまり、書類に「Wow!」と落書き。それでこの一件は『Wow! シグナル(ワオ信号)』と呼ばれた。
この謎の電波信号は、結局のところ、謎のままである。
ドラマで宇宙人からメッセージをキャッチする年も、1977年に合わせられている。中国の研究所でキャッチしていた信号を、アメリカでもキャッチしていた――それがワオ信号の正体だ……ということになっている。
中国共産党が作り出したこの地獄のような社会状況に絶望していた葉文潔は、宇宙人にこんなメッセージを送り返す。
「来て。私たちは自分の問題も解決できない。この世界を征服する手助けをする」
そして50年後……。
画面左側で椅子に座っているのがお婆ちゃんになった葉文潔。なんとあの地獄を生きのびていた。娘が生まれ、その娘も高名な物理学者になったのだが、しかしある時自殺……。孫もおらず、一人娘を亡くして、落胆している。
現代編の主人公は、この人たち。
最初は覚えられなくていいよ。後々、「当番回」がありますから。
ここにいる全員が、葉文潔の娘の教え子たち。物理学の師を亡くした切っ掛けで、同窓生が集まり、ドラマが動き出す。
なんでイギリスが舞台となったのかわからないが、そういえば中国とイギリスは昔から因縁が深い。日本はアメリカと因縁が深いのと同じくらい、中国はイギリスと。アヘン戦争に始まり、香港のイギリス統治……。中国が舞台の作品を西洋に移すなら、アメリカではなくイギリス……という判断だったのかな?
教え子の一人、ジン・チェンは葉文潔の家を訪ねる。
「亡くなる前、娘さんの様子におかしなところはありませんでしたか?」
「特には……でも、あるゲームに夢中になっていたわね」
という感じで渡されるのがこのゲーム機。電源も通信ポートもない。内側のモニターもない。被るだけでゲームがスタートする……というトンデモなゲーム機だ。
ゲーム機を被ると、こんな世界に飛ばされる。フルダイブ型ゲームだ。現代のVRのように視覚だけを提供するのではなく、脳の神経系をジャックして、異世界へ飛ばしていると想像される。
ゲームの内容はごくシンプルだが、超難解。
ゲームが始まると間もなく太陽が昇り、この太陽熱で少女が“乾燥ミイラ”になってしまう。この少女を救い出すことがゲームの命題。
しかし「どうやって少女を救い出すのか?」それが問題。というのもゲーム内の天候が理不尽。太陽が昇ると灼熱地獄になって少女が乾燥ミイラになる。かと思ったら極寒地獄になって、少女が凍死。
問題はこの世界観周辺の“天体の動き”。映像でわかりやすく示されるが、太陽の動きが明らかにおかしい。なぜこんな状態になるのか?
この物語は「三体問題」がベースになっている。私も三体問題なんて、このドラマで初めて知ったんだけど。
地球を例に考えよう。地球の周囲には月が回っている。地球と月は1対1なので、引き合う関係だけど動き方はごくシンプル。簡単に軌道計算ができる。しかしもしもここに惑星がもう一つあったら? 途端に複雑な動き方をするようになる。さらに惑星の数が3つになったら? 3つになると複雑すぎて、現代のコンピューターでは軌道計算できないとされる。これが三体問題。
(主人公のジン・チェンは高名な物理学者なのに、どうして三体問題の解を示せなかったのか? それは誰でも回答不能だから。地上からの観察だけで「これは三体問題だわ」と気付くだけでも、相当な観察力だ)
このゲーム世界、仮に「三体星」はよりにもよって、3つの恒星(太陽)に引っ張られ続ける……という状態になっている。だからある時突然灼熱地獄になるし、突然極寒地獄にもなる。その周期がいつ来るのか解明できない。おそらくは「一日が何時間か」「1年が何日か」という周期すらないのではないか。
我らの神はひたすらに理不尽で残酷だ……きっと三体星人はそう語ったことだろう。三体星人に神様がいるのかどうかわからないが。
予測不能の環境下で生き残らねばならないので、三体星人はヤバそうになったら自ら乾燥ミイラになって、季節が安定するまで仮死状態になる……という進化を遂げた。
こんな状況であるから、宇宙のどこかに周期が安定している惑星がある……と知ったら、なにを差し置いても移住したいと願っていたわけである。
そんな時、はるか彼方からメッセージが送られてきた……。お話しは50年前の時点ですでに始まっていたのである。
ちょっと余談として、この場面を取り上げよう。三体星人の性格がわかるシーンだ。
三体星人と交流する場面で、こんな台詞が出てくる。
「意思疎通すれば、知識はすぐ伝わる」
これはおそらく、言語を発声してコミュニケーションするのではなく、テレパシー的なもので意思疎通ができて、「知識のみが共有できればそれでいい」という考え方なのだろう。「知識が共有されれば充分」という考え方だから、「情」の発想はあまりないのかも知れない。
この後、「地球人は嘘をつく」ということに、三体星人はショックを受ける。これにショックを受ける理由は、テレパシー的なもので意思疎通するから、「何かを偽る」ということができない。「嘘をつく」という習慣がそもそもない、ということだろう。
この場面から、三体星人の「団結」の方法がわかる。
地球人は言語を発声して意思疎通するが、言語って基本的に抽象概念に過ぎない。抽象概念で対話し、団結もしなければならない。そこで地球人は「神」という「物語」すなわち「宗教」を作り出した。「同じ神を信じる同士」――初期の人類は、こういう根拠で大人数の結束を作ったと考えられる。というのはユヴァル・ノア・ハラリの本に書いていたことだけど。
神や宗教という概念を作れるから、「物語」も作れる。一方、三体星人は「物語」の概念がよくわからない。「これは物語ですよ。例え話です」と言われても、ピンと来ていない。神や宗教という概念を持たなくても、三体星人はテレパシーで大人数と協力できるわけだから。「物語という嘘話を楽しむ」という感性もない。
こういうところで三体星人の性格がわかってくる。
お話しはこのゲーム機の話だけではない。世界各地で異常な事態が起きている。科学者達が次々に自殺し、研究所では異常な結果が起こるようになる。さらに「星がまたたたく」という異常な現象が世界中で観測される。
異様な状況と、その背後にうごめく謎の組織。次第に抗争に巻き込まれていく主人公達……。
もう見所だらけ。どのエピソードも面白すぎる。1話ずつ視聴していったのだけど、次が楽しみで仕方なかった。エンタメとして極上。Netflixドラマの中では暫定1位の作品だ。この面白さをどう表現しようか……その言葉に困るくらい、ただひたすらに面白い。
登場人物が多いように思えるが、それぞれの役割がはっきりしている。例えばこの人は、「ドラマ」の担当。この人が作品のドラマ的な締まりを強めている。
もうすぐ死ぬ病気……というのは、いってしまえば「泣かせる作品」にありがちなネタだが、こういうハードなSFミステリーのなかに混ぜるといい味付けになる。ベタなネタも、うまくはめこめばうまく機能する。
このおねえさんは「ナノファイバー」の発明者。ナノファイバーという画期的な繊維の開発に成功したが、ある日から「謎のカウントダウン」という脅迫を受ける。それゆえに主人公達に協力できない……という枷を持つ。それをいかに乗り越えるか……というところもドラマになっている。
ただこの女優さんの演技が、ちょっと弱い気がする……。
『三体』をジャンル分けすると「コンタクト」もの。スティーブン・スピルバーグ『未知との遭遇』、ロバート・ゼメキス監督『コンタクト』、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』。このジャンルの作品は少ないのだけど、「アタリ率」が高い。過去の名作SFと堂々と並ぶどころか、頭一つ抜けた作品になっている。非現実的な要素が一切なく、現代の科学ですべてが説明できる。現代科学でもしも異星人とコンタクトを取るとしたら……それをいかに本当っぽく語るか、ここを恐ろしいくらいうまく作れている。
それでいてエンタメ性。未知の状況を次から次へと提示し、視聴者の関心を引き続けている。そのうえに、ドラマが乗ってくる。末期ガンに冒されるウィル、倫理の問題に悩むオギー。ゲーム機を受け取ったために渦中の人物となってしまうジン・チェン。SF、ミステリー、ドラマ、すべてがバランス良く敷き詰められ、お互いがうまく作用し合う関係になっている。
さらにテーマ性。第5話の終盤、宇宙人からのメッセージが全世界に公開される。
「お前達は虫けらだ」
冒頭、紅衛兵達が毛主席語録を掲げて「お前達は虫けらだ!」と合唱していた場面とリンクする。中国共産党に絶望し、いっそこんな世界は滅んでしまえ……と宇宙人を地球に招き入れるが、それは紅衛兵より凶暴な「人類の敵」を招き入れただけだった。
中国のトラウマから逃れようとして、やっぱり中国のトラウマと向き合うハメになってしまう……。中国人作家としてのジレンマがここに現れてきている。
『流転の地球』という映画を観たとき、中国人しか出てこない作品で、中国人をいかにもな英雄的な存在として描くことに違和感はあった(これじゃハリウッド映画の模倣だ……と思って観ていた)。中国を故郷として、愛国心はあるが、しかし中国政府に対するどうしようもない不審……。中国はご存じのように創作物に政府からの規制が入る国で、文革が終わった後もSFは「非現実的なもの」としてなかなか出版の許可が下りなかった。今でも中国は自由に創作できる国ではない(なので、日本をメインの市場にすることはよくある)。
わりと最近まで中国がご禁制としていたSFの中で、中国への不信や絶望が描き込まれていく。過去の怨嗟が劉慈欣の創作の源泉……とは軽く言わないけれども。そういうところはちょっとありそうな感じだ(劉慈欣は1963年生まれ。文革は体験しているはず)。
こうした現実社会とのリンクのさせ方は、日本のエンタメには滅多に出てこないんだよなぁ……。
ただ、一つ引っ掛かっているのは、三体星人はなぜゲーム機を地球に送り込んだのだろうか?
三体星人は自分たちの状況を知ってもらいたくて、ゲーム機を地球に送ったのではないか。それだけではなく、「三体問題の解」を示して欲しい……がもともとの目的だったんではないだろうか。
そういう目的でなければ、無意味に自分たちの状況を“敵”に知らせるだけで……。もしかして、三体星人は、当初は地球人と敵対関係になるつもりもなかったのではないか……。
ドラマの中盤から、このゲーム機の話がどっかいってしまって、三体星人を支援する謎の組織との戦いが中心になっていく。おや、謎のゲーム機の問題は解明されてないぞ……。
と思ったらドラマの最後に再びゲーム機が登場。そして「シーズン2へ」。あー、シーズン1で終わりじゃなかったのね。そういう情報も入れずに観ていたから、最後に「続く」というのを観て「あ、なんだ」となってしまった。
これはシーズン2も期待。こんな面白いSF、そうそうあるものじゃない。シーズン2が配信されたら、すぐにでも観たい作品だ。いったいこの状況をどうやって解決させるのか、見届けたい。
ただ、ちょっと心配な話も出ていてね。
『三体』のNetflixドラマが決定した後、プロデューサーであり、Yoozooグループ会長の林奇が毒殺。犯人はすでに捕まっていて、どうも人間関係のトラブルがあったらしいが……。
中国の暗部も描いちゃってる作品だから、なにか裏があるんじゃないか……とか思ってしまう。