8月26日 米国ベーシックインカム実験の結果を見ながら一言。
米国でのベーシックインカム実験の報告です。実施したのはOpenAIのCEOサム・アルトマン。米国でランダムに選出した1000人に、2020年11月から2023年10月までの期間、毎月1000ドルを支払うと、生活や考え方はどう変わるのか……という実験だ。
その報告がこちら(英語)↓
それを取り上げた記事がこちら(英語)↓
英文記事を翻訳して読めるので、いい時代になったもんです。
ベーシックインカムの受け取り条件は、21歳から40歳まで、世帯収入が連邦貧困ラインの300%未満。個人の場合は3万7470ドル以上、4人家族の場合7万7250ドル以上稼いでいること。
もともと「それなりに仕事している」ことが条件となる。
結果は、「Unconditional Cash Study」で報告しているとおり。
1000ドルのベーシックインカムを受け取った人々は、平均、毎月310ドル支出を増やし、67ドルを食べ物に、50ドルを移動に、52ドルを家賃に使い、26%を他者への支援に使った。
健康面の変化は、10%が歯医者に通うようになり、20ドルを多く医療費に使うようになり、問題のある飲酒は20%が減少した。
これについて、ちょっと興味深いデータがあるのだが、給付の支出のなかに、「アルコール、タバコ、マリファナ」の項目がある。しれっと麻薬が入っているのがアメリカらしい。このアルコール、タバコ、マリファナについてだが、低所得、中流は低いが、しかし高収入になると激増する。健康に気を遣っているのは意外と中流以下……ということだろうか。
労働については、全体で1.3時間働かなくなり、10%が就職活動をはじめ、14%が職業訓練などの教育を受けるようになり、26%が新規にビジネスを始めた。
ベーシックインカムについての様々な実験はすでにいろいろあるのだが、今回のケースは意外とポジティブな結果だったといえる。問題のある飲酒が20%減り、26%が新規のビジネスをはじめている。受給者のコメントには、「将来に対する不安が減少した」と語るものもある。実際にベーシックインカムによって将来の不安が減少し、新しい何かに挑戦しよう……という人たちが現れるようになったのだから、ベーシックインカムが良い結果を残したといえる。
前にもベーシックインカムを取り上げたが、
「ベーシックインカムなんて導入すると、人々は怠けるようになり、誰も働く者がいなくなる!」
たぶん、世の中的にはこういう意見が大多数かと思われるが、もともと「それなりに働いている人」を対象にテストしたところそんなことは起こらなかった。
「ベーシックインカムを受けると人々は創造性を喪い、毎日ソファに寝転がってビデオゲームをやるだけの怠惰な人間になる!」
……まあ、そういう人もいるでしょう。しかし少なくとも今回のテストではそういう事例は出てこなかった。
(おそらくこういう発想は、「そうであってほしい」という【願望】が多分にあるのではないかと予想される。「低所得者は人間として駄目なのだ!」……このように考えることで、「見下せる相手」を特定し、自尊心を得ることができる。人はそういう「見下せる相手」がなければ、自尊心を保つことはできない生き物なのだ)
というか、人間心理として、ただひたすらに消費者の生活を続ける……というのは精神的にかなりキツい。自分は何も生産していない……ということに、耐えられる人間は少ない。とにかくも働き、社会に加わっていたい……普通はそう考えるもの。
ただ、私の本音は、「毎日ソファに寝転がってビデオゲームをやるだけの怠惰な人間」は何百人に一人くらいはいてもいいだろう……と考えている。そういう人間が飢えずに暮らしていける社会こそが、「豊かな社会」だからだ。全員が常にしゃかりき働かなくちゃ維持できない社会、というのは貧しい社会でしかない。まあ、今の日本こそ、そういう社会だが。
こちらはアニメ『PLUTO』の場面。ロボット産業・技術が発達したために、ほとんどの人間の労働者が不要になってしまった未来。多くの人間が切り捨てられ、そんな切り捨てられた人々に成功者や富裕層は「自己責任だ!」と踏みつけにしていった。
その結果が……
やがて過激なロボット排斥へと進んでいく。
どうせアニメの話でしょ? と思うでしょ。アニメだけの話ではなく、数十年後にはあり得る未来。AIやロボットが発達すると、ごく普通の労働者は不要になっていく。世の中の大多数の人々というのは、普通の能力に、普通の知性しか持ち得ない。そういう人が、あらゆる職場で「もう要りません」と言われたらどうなるか? つまり平均程度の学力と運動能力くらいの圧倒的多数の人々が全員働けない社会となる。そして中流階級が得るはずだった所得が、少数の上流階級が吸収する。そんなとき、なにもセーフティを考えず、脱落していく人を「自己責任だ」と見捨てて、社会問題化していったらどうなるか?
人は「自尊心」を重要視する。その自尊心が痛めつけられたと感じる人が、数十人、数百人集まると、極端で過激な行動を取るようになる。そして極端で過激な行動を取る政治家に支持が集まるようになる。
そういう状況こそがもっとも危ない。だったら、そのためのセーフティを前もって考えておく……というのは自然な発想だろう。
もっとも、その危ない状況に追い込もうとしているのが成功者や富裕層達。こういう人たちが、セーフティを考えるとはとても思えないのだが……。
本当言うと、そういう時代が来たとき、ベーシックインカム程度では救済にはならないのではないか……と私は考えている。おそらくは「自尊心の問題」が数十年後のメインテーマとなっていく。金では解決できない、自尊心の問題。
まあ、これはその時が来たら、もっと頭の良い人が議題に挙げるようになるでしょう。その時に大いに議論すればいい話なので、ここではそうなるでしょう、という予言だけしておきましょう。
今は取り敢えず、ベーシックインカムで怠け者が生まれるわけではない。むしろ安心感を増やす施策になる……というだけにしておきましょう。