湯けむり温泉殺人事件 中編3


 毒……なんでそんなものが、ゆっきさんのローションに?これは他殺なのか、自殺なのか……。ゆっきさんはなぜ死んだんだ。
「詳しく話せ」
「被害者の持ち物を調べる前に、危険性があるかどうかチェックしたところ、サリンが検出されました」
「サリンだと? それは本当か。おい、みんな早く部屋から出ろ、ドアと窓をしめろ、この場から離れるんだ、今すぐにだ」
 警部が緊迫した声をあげる。
「警部、鑑識の話によるとおそらく部屋の中のはもう無害化されているそうです」
「それでもだ。念には念を入れろ。それから応援を呼べ。次の犠牲者が出る前にサリンを見つけ出すんだ」
 警察官たちがあわただしく動き出す。避難を指揮する者、応援を呼ぶ者、周囲の荷物を回収する者。ゆっきさんを見たときより警察は素早く行動している。誰かの死よりサリンがここにあるかもしれないという可能性の方が警察にとって重大らしい。誰かの死はありふれたもので、サリンが存在する可能性はそうではないのか。
「ボーッとしていないで、早く避難しましょう。ほら」
 いかにも正義感溢れる青年という感じの警察官が私に話しかけてくる。避難した方がいいのだろうが、なんだかここから離れたくない。
 それでも警察官に強く促され、彼の言う通りに移動することにした。
 広く、換気が良い場所ということで近くの公園へ私たちは避難した。この場には私を含め客が六人、旅館の従業員が複数いる。一人一人呼び出されボディチェックを受けている。規制線が旅館と、この公園のまわりに張り巡らされた。
 今度は数人が一度に呼ばれ、かなり長い間警察官と話した。話している間に一人、また一人と従業員とおぼしき人がやって来た。
 最初に呼ばれた人たちが戻ってくる。皆一様に浮かない顔をしている。仕切りに電話をする人、おろおろと辺りを見渡す人。明るい人はいない。
 また名前が呼ばれていく。私の名前も呼ばれる。呼ばれた方へ向かうと、一緒に避難した警察官だった。
「大丈夫ですか? その……御友人があのような目にあって災難でしたね。この事件は必ずや解決して見せますので、安心してください」
 警察官が優しい目で心配そうに話しかけてくる。きっと本当に私を案じてくれているいい人なのだろう。それでも、それでも。どんなに心配してくれても、どんなに優しい言葉をかけられようとも、心は晴れない。