湯けむり温泉殺人事件 後編6
西の空が色づき始めた。雲はなく、遠くどこまでも澄み渡っている。そのなかを黒い影となった鳥が二三羽いっしょになって飛んでいる。青と橙の間を目指してひたすらに飛んでいる。このまま日は沈み、月と星々が空を支配し、空は白むだろう。日本に滞在できる日数には限りがあり、悠長にしていられない。できれば解決、それが出来なくとも何か解決の切っ掛けとなる情報、考え方を残したい。しかし今解決に近づく奇特な情報や考え方を持っていない。普通の、王道のものは警察がより早くより正確に掴むだろう。探偵は突飛なことを考えるから迷宮入りとなってしまうような事件を解決したり、あり得ない速度で犯人やトリックを発見するのだ。
そこに連絡が一つとどく。インターネット上で被害者と関わりがあったかどうか分かったらしい。関わりがあった者の名前を手帳に書き込んでいく。最後に特記事項としてこんなことが書かれていた。
遊園地に行っていた少年はふぇんたいと名乗っており、ranranに入れ込んでいた。何度も会話をしているが、仲がよいという感じではなく、ふぇんたいが一方的に慕っている状況。ranranの方は特別嫌っているわけでも、好いているわけでもない。ranranは基本的に他者とある程度の距離を保ちながら接しているが被害者とは例外で仲がよかったという。そしてその事にふぇんたいが嫉妬しているかのような発言を繰り返していた。行きすぎた恋愛感情から殺人に発展するケースに非常によくにていると。
動機になりそうなものが見つかったのはふぇんたいだけ。ただふぇんたいにはアリバイがある。ここで、考えるべきパターンは二つ。ふぇんたいが巧妙にアリバイを作っているパターンと、犯人が巧妙に被害者との関係を隠しているパターン。後者は推理ではどうにもならない、警察の得意分野。だから、前者の可能性を検討しよう。
遊園地の入場券があり、入場する様子が顔まではっきり写っていることから彼が遊園地にいたことは間違いない。遊園地にいながらサリンを混ぜられる方法があったのか、それともアリバイを偽装する方法があったのか。今ある映像だけで手がかりがつかめるか分からないが、見返すしかない。