湯けむり温泉殺人事件 後編1
「話をまとめるぞ。被害者と行動を共にしていた男、ranranの話では被害者は12時すぎに旅館に入り、13時ごろローションを一度塗った。19時に風呂に入りその後ローションを塗り直したらしい。鑑識はローションのサリンの濃度から考えると全身に塗ってから4時間もすれば死ぬと言っていた。あの男の話が本当ならば、13時から19時の間ずっとアリバイがある者は犯人の可能が少なくなるだろう。アリバイがある者はいたか」
数人の警察官たちが確認しあう。その中の一名が前へ出て口をひらく。
「従業員らにはずっとアリバイがある者はいません。そもそも、範囲が広すぎます。これでは絞れません」
「まあ、簡易的に情報を整理しているだけだ。真剣に議論しようとしなくていい」
「客のなかには三名ほど、アリバイがある者がいました。うち二名は仕事、一名は遊びに出ていたそうです」
「仕事なら裏が簡単にとれるな。遊びに出ていたやつはどこへいったんだ」
「近くの遊園地だそうです」
「そうか。残りはアリバイがないんだな」
尋ねられた警官が手帳を確認し、頷く。
「次に、動機があるかどうか確認する。被害者と面識があった奴はいたか」
今度は誰も口を開かない。手帳を見ることもなく、黙っている。
「旅行でここに来たらしいからな、動機どころか面識がない奴がほとんどだろう。被害者とranranの関係はわかるか」
若い警察官が手帳をめくり、簡単なもので、私もあまりよく理解してはいないのですが、と前置きして話しだす。
「被害者とranranはdiscordというSNSで知り合ったそうです。discordは掲示板に似たような仕組みらしく、そこで独自のコミュニティが形成されています。被害者はそこでは“ゆっき”と名乗っていて、veibaeという配信者のコミュニティに属していました。そこで二人は仲良くなったと言っていました」
「SNSで知り合った人と旅行に来ただと、なんだか怪しいな。本当は地元の友人だったりするんじゃないのか」
「SNSで知り合ったひとと会うことは今ではおかしなことではないですよ。それに、そのコミュニティはかなりオープンな人が多いらしいので、親近感もわきやすいのでしょう」
「そうか、そういうこともあるのか……。SNSでの繋がりか、その線も調べるべきだな。よし、全員にdiscordについて聞いてまわるぞ」
警察官たちが目線を送りあい、公園中央へ向かって走り出す。バレないように、マイクを回収しないと。
地面においたマイクだから全ての会話が聞こえたわけではないけれど、大体の内容はわかった。あと怖いのは翻訳ミス……けれど、それは仕方がないわ。そんな心配はせずに、彼らのほうを見なきゃ。表情も重要な情報になるわ。