湯けむり温泉殺人事件 後編7

 翌朝。机の上は昨日と同じ状態、ある時間で止められた監視カメラの映像と、これから伝える内容が打ち込まれた翻訳サイト。起き上がり、水を飲む。朝食をとりながら翻訳された音声を録音する。待ち合わせ場所を確認し、時計をみる。必要なものを集める。部屋をでて、鹿撃ち帽を頭にのせる。

「どうしたんですか、急に呼び出して。仕事があるので時間をあまり長くはとれませんよ」
「犯人は少年、ふぇんたいです」
「確かに怪しいですが、彼にはアリバイがあり――」
「彼はアリバイを偽装している」
「全部、それで話すんですね。それに、私に話させる気はないと」
 音声を流しながら、監視カメラの映像をみせる。そこで彼はあたりを見渡し、青い服の少年に話しかけにいく。
「見て。黒い服を着ているのが容疑者です。彼が彼とよく似た背格好の少年と話している」
 彼は手を合わせ、なにやら必死に頼み込んでいる。数枚の紙幣を渡すと、少年は頷いた。
「腕時計の付け方を覚えて。黒服は左手に、青服は右手に付けている」
 二人はトイレへ入る。先にでて来たのは青い服の少年。
「腕時計の付け方を覚えていますか」
 映像をとめ、ズームする。腕時計は左手についていた。続いて黒服が出てくる。右手に腕時計を付けている。
「腕時計の付け方が入れ替わっています。おそらく、これは付け方を交換したわけでわなく、無意識、互いの癖が出たものだと思う。つまり彼らはトイレのなかで服を交換した。目立った特徴のない、平凡な外見を利用した。自分と似た少年に同じ服を着させることでアリバイを偽装した」
 黒府の行動を追うと、その後は何度もスマホを確認する様になった。22時になりスマホを確認すると、長い間列に並んでいたにもかかわらずその場を離れ、出口へ歩いていった。
「推測ですが、彼は自分と似た少年にアリバイを作らせ、その間に旅館へ向かいました。そして、機会を待った。被害者が温泉に来たことを確認すると、外から脱衣所へ忍びこみ、サリンを混ぜた。温泉、脱衣所は監視カメラがない唯一の場所。そして、自分が疑われない程度にアリバイが出来たら呼び出して、入れ替わりをもとに戻す。これで完成します」
「確かに、ありえそうな筋ですね。」
「後はあなたに任せます。さようなら」
 そう音声を流し、去ろうとする。
「待って、Wait! You're not going to do anything else?」
「There are people waiting.So I'm leaving.」
 振り向き、答え、歩きだす。足取りは軽く、堂々としていた。