湯けむり温泉殺人事件 プロローグ

 とあるカフェで二人の男が向き合っている。柔和な表情を浮かべた紳士然とした男と、髪が後退した半裸の男だ。
「旅行、どこに行きましょうか」
「一緒に風呂に入らないか?」
「いいですね。たしかhalpikaさんが熱海に出張してました。そこにしましょう」
「ホテルはどこにするんだ」
「ここなんかどうでしょう」
 服を着た男がスマホの画面を見せる。旅館からの眺めが写されている。桜と、川と、鳥居だ。
「俺は寝れるならどこでもいいぜ」
「では、ここにしましょう」
 二人は立ち上がり、連れだってレジへ向かう。その後ろ姿には、長年連れ添った夫婦のような趣があった。

 その光景を一人の少年が見ていた。Monsterを握りしめる右手は、小刻みに震えている。彼のスマホには二人の男が見た画像と同一のものが表示されている。
 軽い音が店内に響く。彼は缶を床に叩きつけた。彼はわなわなと震えている。
 店員が近づき、それを拾う。
「お客様。飲食物の持ち込みは困ります」
「あ……すみません」

 海岸線に沿って、何者かが疾走している。馬のようでもあり、人のようでもある。不思議な生き物。それは夕日を見、嘶いた。ひひーん、ネーイ、today's pepsiと、高く高く嘶いた。
「早く帰らなければ。誰かが私のことを話しているかもしれないのに、電池を切らしてしまうなんて。やれやれ、マスコットも楽じゃないな」
 彼は走った。自身の最高速でひたすら走った。どこまでも、どこまでも。

 一人の少女と猫が楽しく遊んでいる。
「HARU~ DAISUKIDAISUKI」
 猫が少女の胸にとびこみ、頬をこすりつける。
「HARU, I wanna travel to JAPAN. What do you think about it?」
 猫は構わずに甘え続けている。
「what? Are you hungry?」
 猫が上目遣いに少女を見上げる。
「oh. Take me a minute. I'll prepare the dinner soon.」
 少女は台所へ小走りでむかう。
「What the fuck!? There is no cat food. oh god.」

 闇のなかに二つの眼球が浮いている
「くそ、くそ。どこだ……どうすれば……」
 その目には白い部分がなく、真っ赤だ。
「最後の一つ。これでトロコンなんだ。これでやっとトゥルーエンドが見れるはずなんだ……」
 そのまわりには幾本ものエナジードリンクが転がっている。
「あと一つ、シークレットトロフィーをゲットすればトゥルーエンドなんだ。どこだ?俺はなにをしてない?」
「まさか……冷蔵庫女?」
「もうすぐ72時間。誰か俺を救ってくれ」