死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈36〉Another Story-01
Another Story
ガイド 編-01
《 黒いレンズ 》
凶悪犯が連れていかれる謎の地下室。
ここの存在を知るのはDPAの中でも執行部の人間のみ。
そしてしゃがれ声の老人を知る者は、更にその中でも一握り。
実はこの男、くたびれたスーツからは想像できないが、地位としては日本本部長の秋山と同等の権力を持つ。
DPAには『ガイド』と『off』といった特殊な役割を担う機関がある。
この二つは総本部直属の独立組織という扱いになるため、彼は日本本部の執行部会議に参加することはない。
また、ガイドと直接やりとりができるのは本部長と副本部長、統括部長そして彼らの秘書だけだ。
ガイドのオフィスへ囚人等の資料を持ってくるのは秘書たちの仕事となる。
ガイドは死刑囚達の水先案内人としての役割を担う。
日常的に悲しい事件が報道されているが、毎日死刑囚が送られてくるわけではない。
0人の日もあれば、6人の死刑囚が送られてきた日もあった。
裁判当日に連れて来られる者や、しばらく勾留された後に連れて来られる者など特に決まりはない。
ただ、後者の場合であっても無駄な税金を削減するため多くの場合で一週間以内に地下室行きとなる。
不定期に凶悪犯が送られてくるため、ガイドは本来なら毎日オフィスに来る必要はないが、彼はルーティンを崩すと疲れるという理由で、365日、毎朝9時にオフィスへとやってくる。
仕事がないときはオフィスに来ては小説や新聞を読んで一日を過ごす。
朝は必ずいつもの珈琲スタンドでホットコーヒーをテイクアウトしてからオフィスへとやってくる。
これが彼のルーティンの一つだ。
この店が臨時で休みになると一日中不機嫌という面倒くさい一面も持つ。
そしてこの男、こう見えて極度の猫舌。
そのため、買った直後は勿論のこと、オフィスに着いたばかりの段階でも、まだ熱くて飲むことができない。
かといってアイスコーヒーは苦手で、ホットコーヒーが冷めて人肌程度になったものが好みという少し変わった老人だ。
——— 今日は死刑囚が1人送られてくることになっている。
コーヒーを横に置き冷めるのを待つ間に、デスク上の資料を手に取り目を通す。
「彼が【S】かぁ...まったく何の因果だろうねぇ、寂しくなる」と溜息交じりに呟く。
今日は【S】確保作戦のターゲット一人目である中山望がこの地下室へと送られてくる日だった。
ガイドとしてこの組織に身を置き始めて半世紀近く。
その歴史の中でも【S】確保任務の経験ははじめてだった。
無実の罪を着せて一般人の人生を崩壊させる、この忌まわしい作戦はフランスで過去に一度だけ行われたことがある。
まさかその二回目に自分が関わることになるとは思ってもみなかった。
デスクの一番上の引き出しから、普段使っているものよりも濃い色のレンズのサングラスを取り出し付け替える。
そしてオフィス内にあるガイド専用のエレベーターで地下深くへと潜り、鉄製の扉を開けて中へと入る。
ただでさえ暗い地下室だが、今日は普段よりも更に照明を落としている。
部屋に入り、望と目が合う。
「君に罪がないのはわかっている、こちらの事情に巻き込んでしまった」
ガイドの本音だった。
「M適性ってやつか」
望は静かにこたえる。
ガイドは心を殺し、凶悪犯を相手にする “普段通りのガイド”という役に入り、不敵な笑みを浮かべながら言葉を選ぶ。
「松本周平、彼は予想以上に予想通りの動きをしてくれた。なんとも優秀なエージェントだ。さて、これ以上話していても仕方がない。表向きには君は死刑囚だが、残念ながら今回は選択肢がない」
望は無言のままガイドの真っ黒なサングラスの奥にある瞳がまるで見えているかのようにジッと睨み続けている。
ガイドはその静かな圧に気圧され、予定にない言葉を吐き出した。
「…まぁ、こちらの事情に巻き込んでしまったんだ。せっかくだから要望だけでも聞いておこうか。選びたまえ Dead or Dream?」
その直後ガスが部屋の隅から噴出する。
朦朧とする意識の中で望は「Dead...」そう言ってガスに包まれていった。
ガイドは足早にオフィスへと戻る。
中山望と書かれた書類に【処理済み】のスタンプを押し、赤いファイルに戻した。
横に避けておいた珈琲を口にはこぶ。
「熱ちゃッ」
口をしわくちゃのハンカチで抑えながら涙目を浮かべる。
一杯の珈琲が冷めるよりも早く、無実の青年の人生を壊してしまった。
今日の仕事は、何とも後味の悪いものだった。
ガイドはカバンから一冊の本を取り出し、椅子に深く腰掛け直すと栞の挟んであるページから続きを読み始めた。
しばらくさて読み終えると
「あぁ、続きが読みたいねぇ…残念だ」
好みの温度帯を既に過ぎてしまい冷たくなった元ホットコーヒーをすすりながらポツリと呟き本をデスクに置く。
閉じられた本の背表紙には【昼下がりの満月】というタイトルが書かれていた。
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