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死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈29〉第五章-01


第五章
芳田裕介 編 Ⅱ-01

《 閃き 》


——— 時刻は10時34分。


アラームに設定している曲が2周目に入ろうとしたとき、布団から手が伸びてきて、手探りでスマートフォンの位置を探り当た。


その手は画面を見ないまま、器用にアラームを止め、しばらくしてから本体がゆっくりと起き上がった。



——— なんだか変な夢を見た。
頭をボリボリとかきながら夢の内容を思い出す。



暗闇の中で、ただひたすらに名前を呼ばれるだけの夢。
何度も俺の名前を呼ぶ懐かしい声。


あれは今は亡き恩師である荒井端望の声だった。


確か以前も似たような夢を見た気がするが、思い出せない。




今日は2月17日。
2年前の今日、師匠である荒井端望の死刑が執行された。


その後、空っぽになった作業場のマンションへと引っ越し、今も小説家になる夢を追いながらアルバイトで食いつないでいる。


気付くと、初めて会った時の望よりも年上になってしまった。

しかし、30歳を目前にしても未だに花開くことのない情け無い作家人生を送っている。


あの手紙を読んだ後は、望の期待に応えるべく心を燃やしていたが、いつしかその炎も落ち着いてしまった。



今では掛け持ちしているアルバイトで忙しく、執筆作業の時間がどんどん削られ、しばらく続けていた閃きを得るための散歩もやらなくなってしまった。



それというのも、作業場を裕介名義で借りなおしたが、そもそもここはファミリー向けのマンションでオートロック式。

そして駅からも徒歩圏内で築年数の割にかなりきれいな物件だ。

前に裕介が住んでいた部屋はワンルームで家賃も今の半分以下だった。


正直、家賃と生活費を稼ぐだけでも大変で、小説とは無関係の疲労により、次第に熱量が削がれていった。



今日は久しぶりにバイトが休みで、明日のシフトも夕方からなので、珍しくゆっくりと過ごすことができる。


起きたらコーヒーマシンのスイッチを淹れて、パンをトースターへ放り込み、焼いている間に顔を洗って歯を磨く。


そうしている間に熱々だったコーヒーが好みの温度帯まで下がり、トーストがちょうど焼きあがる。
このルーティンはいまだに健在だった。



歯を磨きながらテレビをつけると、芸人が司会を務める番組がやっていた。

《ツウが教える、東京ドリームランドの本当の楽しみ方》という企画のロケが始まる。


自称ツウの中堅芸人『仲林』と、昨年のお笑いコンテストがきっかけで人気急上昇中の若手コンビ、『らいノックす』の2人。

更に来月公開の映画で主演を務める女優『香林マリナ』の計4人でドリームランドに来ていた。


仲林がアテンドし、他の3人が玄人の楽しみ方を体験するといったものだった。



ちなみに香林マリナが主演を務める映画は松長明星原作の推理小説。

望が天才と称した小説家だけあって、裕介もこの映画を観に行くつもりでいた。




本来なら望の映画が先に公開されるはずだったが、あんな事件があったため、白紙になってしまった。


ロケが始まり、マイキーとペットのプラムが4人を出迎えてくれた。


らいノックすに2人は爪痕を残すべくマイキーとプラムに絡んだ。


「マイキーお前、どうせ中はおっさんやろ?」


すかさず仲林が止めに入る。


「お前らそれは御法度やねん。マイキーごめんやで~、あいつらの分の仕事俺にまわしてくれてええから!ちなみにギャラの話なんやけどな〜ナンボいける?」

次々に笑いを生んでいく仲林。


らいノックすの2人も負けじとツッコむ。

「いやいや、一番夢ないこと言うてますや~ん」



「もう夢の国でそんな話やめてくださいよ~!!」
とマリナが止めに入る。

マイキーとプラムがマリナの後ろに隠れるようなポーズを見せている。


その後も和気あいあいとした空気で楽しいロケといった印象だった。


いつもならもう歯磨きを終えてトーストとコーヒーに手をつけはじめている頃だが、
何故か今日はテレビから目が離せずにいた。



もともとお笑いは嫌いじゃなかったが、こんなに見入ってしまうほど好きというわけでもない。

何か別のことで惹き込まれているように感じた。



ロケのVTRが終わり、スタジオに画面が切り替わる。
ロケのメンバーもひな壇に座っており、司会の芸人がそれぞれに感想を聞いていく。



そんな中マリナが
「何回も行っているけど、あんな楽しみ方があったなんて知らなかったです!夢の国の裏側を見た感じでした!」


他の芸人たちが
「いや裏側って、表現もうちょい他にあるでしょー」と突っ込んでいた。


この後も掛け合いが続いて終始にぎやかな番組といった印象だ。


だが裕介はマリナの発した『夢の国の裏側』という言葉がどうも気になっていた。



そのとき、ふと望の手紙に書いてあった 『次に会えるのは夢の中ぐらい』という言葉を思い出した。




——— 頭の中で次々にピースが埋まっていく。




中の人はおっさん...夢の国の裏側...巨大な組織の陰謀... ...

首筋がゾワッとする感覚とともに閃きが生まれた。

歯ブラシをテーブルに置き、慌ててノートを開き殴り書きで設定を書いていく。


アイディアが滝のように溢れていく。
書き洩らさないよう必死でペンを走らせた。


気付くと設定や展開を書いたノートは30ページを越えていた。




今までに感じたことのない程の閃き、そして早くこの小説を形にして読みたいという感覚が裕介の呼吸を荒くしていた。



コーヒーはキンキンに冷め、トースターの中にはかつてパンだった黒い物体が不貞腐れたように転がっている。


しかし、裕介は焦げ臭さすらにも気付かないほどに夢中になっていた。


そのままパソコンに向かい、書きだしたアイディアを整理しながら小説の骨組みであるプロットを作成していく。



気付くと窓の外は薄暗くなっており、裕介だけ朝のまま置いてけぼりを食らっているようだった。


伸びをすると体中からバキバキと悲鳴が響いた。



口の周りには歯磨き粉がついたままカピカピになり、喉はからっからに乾いていた。


キッチンに向かうと、コーヒーマシンに一口も飲まれることなく冷え切ったコーヒーと目が合う。


そこでハッと思い出すように、慌ててトースターを開け、パンの亡骸の第一発見者となった。



火事にならなくてよかったと胸をなでおろしながら、パンだったものをゴミ箱へそっと埋葬した。



何かに没頭して周りが見えなくなるのは久しぶりだった。
だが、今回はそれに見合うだけの成果を得られた。



小説を書くことがこんなにも楽しいと感じたのは初めてだった。


いや、学生の頃はこの楽しさを知っていたはずだが、いつしかこの楽しさを忘れてしまっていたようだ。



思い返せばずっと閃きばかりをもとめて、小説を書くことと苦しさがセットになっていた気がする。


自分の小説の一番のファンは自分自身と言った望気持ちが今ならわかる。


裕介が書き始めた小説は...

【 Dead or Dream -死刑囚リサイクルプロジェクト- 】

国家を裏で操っている巨大秘密結社が、世界的なテーマパークであるドリームランドと結託し、死刑囚を洗脳し労働力として扱っていた。


そんな中、特殊な才能を持つ主人公の兄を、凶悪犯罪者として罪をでっちあげ、逮捕した後に死刑判決が下される。

その後ニュース速報にて国民は死刑の執行を知らされる。
しかし、本当に死刑になったかどうかを確かめる術がないことを利用し、
死刑判決を受けた囚人は執行を待たずに、すぐに洗脳し、ドリームランドでキャラクターとして働かせる。

囚人はランド内で徹底管理した生活を送らされ、死ぬまで“中の人”をやらされる。

更にはそこで働く多くのスタッフも皆、死刑判決を受けた囚人で、審判の部屋とよばれる真っ暗な部屋に連れてこられ、
そこで『ガイド』と呼ばれる男から人生最後の選択を迫られる。

——— 『Dead or Dream?』

このまま死刑になり生涯の幕を閉じるか、夢うつつのままに新たに第2の人生を送るチャンスを得るか。

ここで『Dream』を選択した囚人は、洗脳と整形手術を施され、ランド内で管理されたまま労働力として使われる。

完全な秘密保持を可能とした凶悪犯のリサイクルと、テーマパークのブランド戦略の犠牲となった主人公の兄。
そしてその秘密を暴こうと奔走する主人公。

この秘密結社の名前は『Dream project Agency』通称DPA。

本来、人々を笑顔にするはずの夢の国であるドリームランドの裏の顔と秘密結社による国家ぐるみの陰謀を描いた作品。


その日を境に全てのバイトを辞めた。

既にシフトが決まっているにもかかわらず、電話で突然辞めるといった連絡をしたため、案の定、怒り心頭の店長。

聞いたこともない怒号が電話から響く。

「なんと言われようと、俺は今日をもって辞めます!お世話になりました!」

一方的に電話を切った。
その後他のバイト先にも電話をかけるが同じような反応が返ってきた。


その後、何度も店長から着信があったが、五月蝿いのでスマホの電源を切った。


それからというもの、すぐに家賃の安いアパートへと引っ越し、バイトは全て辞めたため、
貯金を切り崩しながら最低限の出費で抑え執筆活動を中心にした環境に身を置いた。



望と過ごした作業場に執着していたのが嘘かのように、あっさりと引き払った。


今は全てのベクトルが小説へと向いている。
その為に足枷となるようなものは全て捨て去った。


貯金が尽きるまでに小説を書き終え、出版社へと持っていく。
これでダメなら諦めて普通の職に就こう。


そうして裕介は背水の陣で執筆を続けた。

あとのない状況にありながらも、怖さは全くなかった。
生涯でこれ以上の作品は書けない、そう確信していた。


だからこそ小説家という職業に対する執着はなくなっていた。


このときは夢中で気付いていなかったが、今の裕介はかつて望が言っていた小説家の姿そのものだった。



概算でいくと、貯金が尽きるまでのタイムリミットはあと一年半。

これまで生活は苦しかったが、望から送られてきた100万円には一切手を付けてこなかった。


そんなことで手を付けてはいけない気がしていたが、今回の人生をかけた作品。

その執筆のために望の想いのこもったお金を活用することに決めた。



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