死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈15〉第二章-06
第二章
松本周平 編-06
《 後悔 》
——— 初任務を終え、斎藤のオフィスへと戻ってきた。
周平は車内で一言もしゃべることはなく、今も黙ったままだった。
斎藤はコーヒーを淹れて手渡した。
初任務での衝撃は斎藤自身もかつて経験している。
このときのショックは体験した者にしかわからない。
だからこそ斎藤も何も言わず、周平の中で整理がつき、自分から喋れるようになるまで静かに待っていた。
無言の時間がしばらく続いた後、周平はゆっくりと話し始めた。
「俺、どこかでエージェントの仕事をなめていました。これから俺は活躍するんだろうなんて、ヒーローになった気でいました。
でも、今日目の前で人が殺されるのを見て...俺、本当に考えが甘かったです」
言葉に詰まりながらも自分の感情を斎藤に伝えた。
「俺もエージェントを10年やっているが、あんなのを見たら俺だって気が滅入るさ。俺らの任務の性質上、必ず被害者が出る。
だけどそれを当たり前と思うようなやつにはこの仕事は向いてない。俺がお前と違うのはただ、切り替えるスピードだけだ」
俯きながら斎藤の言葉を噛み締めるように聞いていた。
そしてまた、暫く沈黙が続いた。
——— いつまでも、うなだれているわけにはいかない。
深くゆっくりと呼吸をし、見殺しにしてしまった人たちに心の中で頭を下げ、立ち上がった。
「上出来だ。顔洗ってこい、飯でも行こう。食欲ないだろうが、無理矢理にでも食わないとやってけねぇからな」
斎藤に促されるまま、周平は顔を洗いに行った。
周平を待つ間、斎藤はオフィスの外で煙草を吸いながら昔を思い出していた。
——— まだ斎藤がエージェントとして駆け出しの頃。
バディは、現在の本部長である秋山京平だった。
秋山による研修を終えて、任務に加わってしばらく経った頃に事件は起きた。
ある日の任務中、斎藤がターゲットの犯行を未然に防いでしまったのだ。
ターゲットの名前は松永譲。
32歳の料理人で、凶器に使おうとしていたのは自身の商売道具でもある包丁だった。
それを布で包みカバンの中に入れて持ち歩いていた。
尾行中、松永は人通りの多い駅前へと向かった。
キョロキョロと獲物を物色する様な動きを見せる。
そして50mほど先に小学生の集団がいることに気付いた。
引率している先生の姿もあるので、恐らく行事か何かで集まっているようだった。
それをジッと見つめ、カバンのファスナーに手をかけ一直線に小学生の集団へと向かい始めた。
その瞬間、斎藤の拳が考えるよりも先に松永の顔面を力一杯殴りとばしていた。
そして背負い投げを食らわせ、そのままとどめを刺そうとしたところで、間一髪で秋山が静止し、そのまま現場から離脱した。
その後、目撃者が通報し警察が駆け付けた。
松永は料理人という職業、そして安全とは言えないが、布で包んでいたということもあり、包丁を持ち歩いていた事に関しては注意で済まされた。
むしろ、見知らぬ男から突然暴行を受けただけの、通り魔の被害者でしかなかった。
犯行を未然に防いでしまったがために、この男は被害者という立場を獲得したのだった。
松永は犯行を決意した瞬間に突然、謎の男に顔の形が変わるほど殴られたトラウマにより、その後引きこもりとなった。
その為、再度犯行に及ぶ可能性は少ないと判断したDPAは秋山と斎藤を含む全エージェントを引き上げさせ、衛星での監視に戻した。
しかし、その半年後に松永は突然行動しだした。
念のため監視はつづけていたが、一度反応した細胞に変化は現れず、突然路上で中学生8人を殺害し、その直後凶器の包丁で自殺を図った。
予兆もなく突然決意したかのように犯行に及んだため、犯行直後に現場にエージェントが駆けつけることができなかった。
斎藤の行動が原因で8人の若い命が失われ、DPAとしても何も得ることができなかった。
これまで監視にあてた時間と費用、そして8人の尊い命。
全てが無駄に失われてしまった。
その後斎藤は、ルーキーの不祥事はバディであるシニアが全責任を負うというDPAのルールを知らされた。
このルールは自身が失態を犯し、シニアが責任を取ることになったタイミングで初めて知らされる。
それに則り秋山が処分を受ける。
バディは解消となり、秋山は1年間の謹慎処分を受け、その後エージェントから別の部署へとうつることになった。
秋山はその後、別部署にて実績を積み重ね、今では本部長の地位にまで昇りつめた。
しかし、斎藤は自身の軽率な行動により、多くの人を不幸にしてしまったことを後悔し、そこから自身の行動を改め、今ではエースと呼ばれるまでになった。
あの頃の自分と周平を重ねていた。
「まぁ、俺よかだいぶマシだな」
と呟きタバコの火を消した。
しばらくして周平が戻ってきた。
「お待たせしました、もう大丈夫です」
さっぱりとした表情で、なんとか気持ちを切り替えたように見える。
「よし、そんじゃ行くか!」
2人は本部にある食堂へ向かった。
食堂といってもレストランや居酒屋など、ワンフロア全体に様々な飲食店が入っている。
一般人は入ることができない、職員専用のレストラン街だ。
外に出ればミシュランで星をとってもおかしくないレベルの店ばかりだ。
勿論、全てDPAの職員により運営されているため、どんな会話も安心してできる。
本当の意味で職員がリラックスして食事ができる数少ない場所だ。
店に着くと、既に一人の女性が席にいるのが目に入った。
「由美ちゃんお待たせ!」
「あ、斉藤さん!松本さんも初任務お疲れ様でした。改めて五十嵐です、よろしくお願いします」
まさか五十嵐がいるとは思っておらず意表をつかれた周平は、慌てて身だしなみを整えて挨拶を交わす。
DPAの職員は、組織の存在そのものがトップシークレットのため、職員同士の外部での食事は極力控えている。
仮に外部で食事をする際は、アルコールによって判断力が鈍くなり、機密事項を漏らしてしまうことを防ぐために
組織が開発した特殊な錠剤を服用することになっている。
それを服用すると、アルコールの分解が促進される為、ほろ酔いにすらなることができない。
いくらでも飲めてしまうため、お金だけがとんでいく。
だが、職員専用の食堂であれば気兼ねなく酒を楽しむことができる。
どんなに飲みすぎても退店時に渡される、アルコールを分解する注射を一本打つだけで済む。
この日は周平の歓迎会と、初任務のお疲れ会を兼ねて、この会を開いてくれた。
2人の気遣いが憔悴しきった心に沁みる。
一通り食事を楽しんだ頃、五十嵐は私用の電話で席を外した。
斎藤と二人きりになった周平は、気になっていたことを聞いてみた。
「ところでお二人はどんな関係なんですか?随分仲が良さそうですけど...」
「ん?なんだ、興味あるのか?」
斎藤は意地悪そうな笑を浮かべながらこたえた。
「べ、別にそんなことは...」
「まぁ、お前とは長い付き合いになりそうだし、俺の過去について話してやるか」
そう言って自身がDPAに加入する前のことから話し始めた。
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