死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈18〉第二章 Another Story-03
Another Story-03
《 斎藤宗明 》
昨日届いた辞令に従い、一週間後までに全ての業務を引き継がなければならない。
通常業務に加えて、引継ぎの準備が入るため、今日からは更に忙しくなる。
これまで斎藤が担当していたエージェントは酒井が引き継ぐことになっていた。
酒井の紹介も含めてエージェントと顔合わせを行う。
通常、担当が変わる際の顔合わせは必須ではないが、コミュニケーションを大切にする斎藤は、必ず会って話をするようにしていた。
酒井とともに担当エージェントのオフィスへと向かう。
扉を開けて中へ入るとダークグレーのスーツを着た目つきの鋭い男が座っていた。
「お疲れ様です。昨日連絡した通り、来週からエージェントに配属されることになったので、そのご挨拶と後任の紹介に来ました」
酒井は緊張した面持ちのまま一歩前に出て挨拶をした。
「酒井と申します、至らぬ点もあるかと思いますが、精一杯サポートさせていただきます。よろしくお願いします!」
エージェントはスッと立ち上がり、深々と頭を下げる酒井の前まで来てそれにこたえる。
「シニアエージェントの榊です。よろしくお願いします。酒井君の噂は聞いてますよ。あの皇と同じく、僅か8ヶ月でシニアに昇格した優秀なオペレーターだって、そこの新記録ホルダーの天才君からね」
と笑いながら酒井と握手を交わした。
酒井はシニアとはいえ、2年目の新人なことには変わりない。
そんな自分に、エージェントとしてトップクラスの実力を持つ男が、丁寧に挨拶をしてくれたことに感激していた。
榊は鋭い三白眼がとても迫力があり、じっと見つめられると思わず目線を逸らしたくなってしまうほどの凄みを持つ。
榊の人心掌握術の根本は礼節にある。
彼は相手が小学生であろうとリスペクトを忘れることはない。
計算ではなく、当たり前のこととして行うため、誰もが榊を信頼し、そして彼の期待に応えようと120%の力を発揮する。
上に立つものとしてこれ以上の才能はなかった。
榊の担当をしたことで、酒井は急成長を遂げ、後にオペ室室長の席を手にすることとなる。
——— 酒井を紹介したあの日から、あっという間に1週間が経過し、斎藤はオペ室を後にした。
多くのオペレーターがオペ室から斎藤がいなくなることを悲しんだ。
そんな中、笑顔で送り出す皇、酒井、そして五十嵐。
斎藤ならエージェントとしても上手くやれる。
そういった確信が3人の中にはあった。
また、彼らがいるからこそ、斎藤は安心してオペ室を去ることができた。
そして斎藤はバディを組むシニアエージェントのオフィスを訪ねた。
...が、鍵がかかっている。
何度ノックしても反応がない。
10分が過ぎ、20分が過ぎ、段々とイライラが募ってきた。
あと5分して来なかったら帰ろう。
そう心に誓ったその時
「わるいわるい」
と言いながら買い物袋を持った男が笑顔でやってきた。
「君が斎藤くんだね、秋山です、よろしく!中入ってれば良かったのに~」
「いや、鍵がかかって、、、」
斎藤が言いかけたときにドア脇にある植木鉢の下から鍵を取りドアを開ける。
「植木鉢の下に合鍵は常識でしょ~」
へらへらと答える。
あぁ、多分俺こいつのこと苦手かもしれない。
斎藤は苦笑いしながらそう感じていた。
そんなことはお構い無しといった具合で秋山は自分のペースで話し続ける。
「オペレーターとして優秀なんだってね~、皇から聞いてるよ!
そんな人がバディとして来てくれて嬉しいよ。ささやかながら歓迎会やろうと思って買い出ししてたら遅くなっちゃったよ、ごめんねー」
そう言いながら袋から大量のお菓子とジュースを出してテーブルの上に並べた。
出てきたものが予想外すぎて思わず大笑いする斎藤。
「いや、男二人でお菓子パーティですか!?
やべぇ、全然テンション上がんねぇ、とりあえず俺スプライト貰います」
そう言って飲み始めた。
「イケる口だねぇ」
と笑いながら秋山はポテトチップスを頬張った。
ジュース飲んで、イケる口だねは初めて言われた。
ふざけた人だが憎めない。
この男も間違いなく、高いコミュニケーション能力を持つ。
警戒する斎藤の懐に難なく入り込み、出会ってわずか2分後にはお菓子パーティへと洒落込んでいた。
そこに斎藤のコミュニケーション能力の高さも加わり、大の大人2人によるお菓子パーティは大いに盛り上がりをみせた。
「噂通り高いコミュニケーション能力があるんだね~、宇賀地が君のことを"人たらしの究極系の原石"だって言ってたよ」
「あのおっさんそんなこと言ってたんですか⁉︎」
まるで居酒屋の様なノリで会話が続く。
そんな調子で夕方までだべって過ごしていた。
そんなとき、秋山のスマホのアラームが鳴る。
「やべっ、これから任務だから片付けろ!食べかけはこのクリップ使って止めて!」
エージェント初日は自身のバディとの顔合わせだけで任務はないはず。
何も聞いていなかった斎藤はポカーンとしていた。
「え、これから任務ですか?」
二人は急いでオフィスを出た。
秋山に連れられるように本部へと向かう。
斎藤も見慣れた、職員専用の食堂へと入っていく。
そこには皇と榊の姿が見えた。
秋山の姿に気付くと二人は時計を指差しながら息ぴったりに指摘する。
「「4分半の遅刻だ」」
「ごめんごめん、歓迎会が盛り上がっちゃって」
秋山は笑いながら席に着く。
意味がわからずテーブル横に立つ斎藤。
「いやいや、時間にうるさいこの2人との約束だ、最早こんなの任務だよ。てことで斎藤くんの歓迎会本番だ、座りな」
秋山は笑いながら斎藤を隣の席へと座らせた。
この三人は同期であり、近い将来、日本のDPAを支えると噂される人物だった。
さすがにこのメンツを前に斎藤も緊張していた。
だが飲み会となると、いつもの厳しい二人の姿とは違う一面が顔を覗かせた。
やはり3人は同期ということもあり、話は盛り上がる。
「こいつはヘラヘラしてだらしないが、エージェントとしては超が着くほど優秀だから安心しろ」
つい先日まで自身が担当していた、超優秀なエージェントである榊が、そこまで他人を褒めることは珍しい。
「任務以外は時間にだらしないヤツだけどな」
皇の言葉が秋山にチクチクと刺さる音が聞こえた気がする。
終始楽しい雰囲気で行われた歓迎会。
明日からはエージェントとして現場に立つことになる。
三人からの激励を受け、期待に応えるべく気を引き締めた。
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