死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈2〉序章-02
序章-02
《 地下室 》
——— この日、一人の男が逮捕された。
日中の繁華街で、無差別に人を襲い9名を殺害。
逮捕時犯人の右手には、真っ赤に染まった刃渡り20㎝のサバイバルナイフが握られていた。
これは平成最悪の通り魔事件として連日報道されることになった。
犯人の名前は寄木遊真(ヤドロギユウマ)。
彼は週刊誌やワイドショーで《平成のジャック・ザ・リッパー》と呼ばれ、テレビやネットニュースで見ない日はないほど取り上げられていた。
しかし、どんな大きな事件でも情報の鮮度が落ちると、途端にメディアは扱わなくなる。
芸能人の不倫、政治家の不祥事、企業の粉飾決算など、新しいニュースは次から次へと出てくる。
それに伴い、古い情報は人々の記憶から徐々に薄れていく。
>>>寄木遊真被告に死刑判決!
ニュース速報がテレビ画面の上部に ピコン という電子音とともに表示される。
しかし、ジャック・ザ・リッパーと呼ばれた男の本名など、被害者の遺族や関係者以外は誰も覚えていない。
さらに、日本において死刑判決が下されてから、執行されるまでに平均で7年9か月かかるというデータが出ている。
当たり前の話だが、執行の瞬間や、死体が公開されることは有り得ない。
そのため、私たちは《死刑執行》という四文字を無条件に信じるほかない。
——— ある朝、寄木は刑務官に教誨室へと連ててこられた。
そこで所持品の処分方法を尋ねられる。
「あんたに任せる」
眉一つ動かさず淡々と答えた。
その後、テーブルの上に置いてあるクッキーに目線がうつると、それに気付いた教誨師は食べていいと伝える。
寄木は小分けにされているクッキーを手に取り、口に放り込む。
その際も表情を変えることはなかったが、人生最後の甘味を脳に焼き付けているかのように見えた。
食べ終えるのを見届けると、刑務官は再び彼の両手に手錠をかけ、
そのまま狭いエレベーターへと乗り込んだ。
2つしかないボタンを操作するとそれに従うようにエレベーターは下って行く。
30秒ほどで動きを止め、ドアが開いた。
そこには薄暗い一本の通路があり、寄木はエレベーターから降ろされ、刑務官は地上へと帰っていく。
寄木は通路の先に鉄製の扉があることに気付き、その前まで行くと扉は自動で開いた。
不気味な部屋がまるで自身の到着を歓迎しているかのように思えた。
通路よりも更に暗い部屋へと、一歩二歩と様子を窺いながら慎重に歩みを進める。
部屋の中へ完全に入ったところで扉が閉まった。
すると壁にある小さな電球がつき、無機質で冷やかなコンクリートで囲まれた部屋が姿を現す。
部屋の中央には椅子が一脚置いてある。
警戒しながら椅子に近づくと、そのすぐ先には一面曇りガラスのような壁があり、恐る恐る触れようとすると、その向こうから突然しゃがれた声が響いた。
「掛けなさい」
少し躊躇したが、言われた通りゆっくりと椅子に座る。
すると目の前の曇りガラスがに透明になり、その奥にはくたびれたスーツに身を包む70代くらいの細身の男の姿があった。
男はこの薄暗い地下室の中でもサングラスをかけていた。
声の主はどうやらこの男のようだ。
「君には選択する権利がある。このまま死刑になるか、それとも夢の国で第二の人生を送るか、どちらか選びたまえ」
寄木は異様な空間の中、謎の男に選択肢を与えられるという理解できない状況に、先ほどまでのポーカーフェイスは崩れ、困惑した表情を浮かべていた。
——— 再び声が響く。
「死刑囚ごときに時間はかけられない。これが最後のチャンスだ、選択せよ。Dead or Dream ?」
先ほどよりも語気を強め、選択を急がせる。
寄木は意味が分からないままだったが、どうせ死刑になるなら、最後に好奇心に任せるのも悪くはないと考え、Dreamを選択した。
次の瞬間、天井からガスが噴出し、あっという間に部屋がガスに包まれる。
意識を失う直前、男が背を向けて部屋を後にする姿が人生最後の記憶となった。
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